第7話「離宮の十年」
——それから、十年の月日が、流れた。
離宮の庭で始まった、たった一人の素振りは。いつしか、二人のものに、なっていた。
「ちっ……今日は、たまたま、近くを通りかかっただけだからな! 稽古に来たわけじゃ、断じて、ないからな!」
そう言いながら、毎朝、判で押したように現れる、金の髪の少年。ユリウスである。
半泣きで逃げ帰った、あの日から。彼は、ほぼ毎日、離宮へ通うようになっていた。「弟と認めたわけじゃない」と言い張りながら、アルフォンスより早く庭に来て、素振りをして待っていることも、しばしばで。
『……いや、もう完全に懐いてるじゃん。ツンデレにも、ほどがあるって』
ひかりの呆れ声も、もう、すっかり日常の一部だった。
母は、健やかだった。
呪い児を産んだと蔑まれ、離宮に閉じ込められて、なお。我が子と、その風変わりな友(と、姿の見えぬ妖精)に囲まれた日々を、心から、慈しんでいた。窓辺で繕い物をしながら、庭で打ち合う少年たちを眺めては、よく、笑った。
そして、アルフォンス本人は。
白銀の髪は、いよいよ深く澄んだ輝きを増し。紅の瞳は、血の色というより、紅玉のごとく、凛と。かつて「呪い児」「化け物」と恐れられたその面差しは——気づけば、思わず目を奪われるほどに、美しい少年のものへと、なっていた。
——もっとも。武士の魂が昂るたび、その美貌が、ひょいと眉太の劇画調にブレてしまうのだけは。ひかりが、いまだに慣れぬ、ご愛嬌では、あったけれど。
その腰には、いつも。あの日、妖精と共に打った、一振りの刀——光丸が、寄り添っていた。
『……ほんと、皮肉だよねえ』
と、ひかりは、しみじみ言う。
『“国を滅ぼす災いの証”だったはずの白髪赤眼が、今や“見惚れるほどの美形”の代名詞。離宮に出入りする侍女たちなんて、最初は怯えてたのに、今じゃ完全に見守り隊だもん。呪いの噂、勝手に、溶けてってる』
そして、ひかりは、いつもの“ゲージ”を確かめるように、ぽつりと、呟いた。
『——執着ゼロ装甲、本日も耐久カンスト。十五年、ただの一度も、削れたことなし。……まあ、当然か。この人、失って困るものを、最初から持たないように、できてるんだもん』
——だが。
その、穏やかな離宮の日々に。終わりの報せが、届く。
十五の、春。
王宮より、一通の召喚状が、離宮へと、届けられた。
差出人は、国王。
記されていたのは——アルフォンスの、王立学園への、入学。そして、これまでの外出禁止令の、解除であった。
『……来た。ついに、だね。武士さん』
ひかりの声が、わずかに、緊張を帯びる。
『王立学園——そこが、“原作”の、本編の舞台。ヒロインがいて、攻略対象が勢ぞろいして、断罪が起きる場所。これまでのは、ぜんぶ前哨戦。本当のフラグの宝庫が、ここから、始まる』
アルフォンスは、召喚状を、静かに見下ろし。
それから、腰の——愛刀、光丸の柄に、そっと、手を、添えた。
「ふむ。——母上と離れるは、名残惜しいが」
紅玉の瞳が、まっすぐに、王都の方角を、見据える。
「義を通し、弱きを守る。やることは、どこへ行こうと、変わらぬ。——いざ、参るとしよう」
『……うん。行こう』
ひかりは、ふっと、笑った。そして、ほんの少しだけ、声を、弾ませる。
『でもね、武士さん。言っておくけど——学園には、たぶん。あなたが、生まれて初めて“失いたくない”って思う人が、待ってるよ』
(はて。それは——異なことを)
意味が分からぬ、と。
そう、首を傾げる白銀の青年を乗せて。
物語は、ついに——“原作”の、本編へと、動き出す。




