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破滅する悪役王子に転生した武士、生後三秒で腹を切ろうとして妖精に泣いて止められる  作者: めるしー


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第5話「刀無き国」

それは、アルフォンスが六つになった、ある日のこと。


離宮の庭で素振りに励む彼の目に、門を守る衛兵の、腰の得物が、ふと、留まった。


(あれは……真剣、か)


木の枝での稽古に、飽いていたわけではない。ただ、武士の性として——本物の刃の、重さと間合いを、一度、確かめておきたかった。


母を通じて、衛兵から、訓練用の一振りを、借り受け。

アルフォンスは、生まれて初めて、この世界の「剣」を、手にした。


そして——固まった。


「…………これは」


まっすぐな、刀身。両の、刃。反り、というものが、まるで、ない。


(——剣。これは、剣だ。刀では、断じて、ない)


「ひかり殿」

『ん? どしたの』

「……この国には。刀が、無いのか」

『刀? ……あー』


ひかりの、合点のいった声。


『そっか。この世界、西洋風のファンタジーだもん。剣しか、ないよ。あなたの言う刀——片刃で、反ってて、引いて斬る、あれ。たぶん、この世界には、存在しない』


ふと、アルフォンスは、庭の隅へと、目をやった。

そこでは、衛兵たちが、剣を、振るっている。——大きく振りかぶり、上段から、力任せに、叩きつけ。あるいは腰を据え、まっすぐに、突き穿つ。


(——なるほど)


その太刀筋を見て、アルフォンスは、得心した。


(鞘走りの一閃で斬り抜ける、抜刀の刀に、あらず。力を込めて叩きつけ、あるいは突き通す。——この剣は、そう遣うように、できておるのだな)


まっすぐな刀身も、両の刃も、その理ならば、頷ける。だが、それは——アルフォンスが生涯を懸けて磨いてきた、刀の理とは。まるで、別の、ものだった。


刀の、無い、国。

その事実が、じわりと胸に染みた、その瞬間。

アルフォンスの面は、これまでの断罪フラグの、どれを前にしたときよりも——深く、深く、沈んだ。


『え。ちょっ、武士さん!? なんでそこで、世界の終わりみたいな顔すんの!? ただの剣でしょ!?』


アルフォンスは、借りた剣を、すらりと、構える。

一振り。風が、鳴いた。衛兵が、思わず息を呑むほどの、見事な太刀筋。


『……ほら! めちゃくちゃ強いじゃん! その剣で、じゅうぶん——』

「斬れる。——だが、違うのだ」


ひかりの言葉を、静かに、遮って。


「刀は、ただの得物に、あらず。武士の、魂よ。引いて斬る一刀に、抜刀の間合いに、刃に映る己の生き様に——魂が、宿る。諸刃のこの剣では……それがしの魂は、乗らぬ」


『……武士さん』


「魂の在処なき、地で。それがしは果たして——武士で、あれるのか」


ぽつり、と。

落とされた、その本気の嘆きに。

ひかりは、しばし、黙り込み——やがて。


『……よし』


ぱちん、と。指を鳴らすような、声を、出した。


『作ろっか。刀』

「……は?」

『だーかーら! 作るの! あなたの、刀! 私の力、貸すからさ!』


ひかりが、早口で、まくし立てる。


『言ってなかったけどさ、私、これでも一応"妖精"なわけ。案内役の下っ端だから、大した力はないんだけど……一回こっきりの、大盤振る舞いなら、なんとか。"確かなイメージ"さえ、あればね——それを、形に、できる』


『でも、問題は——私、刀のことなんて、アニメとなろうで読んだ知識しか、ないの。反りがどうとか刃文がどうとか、正確には、作れない。だから——』


「——案ずるな」


アルフォンスの声が、わずかに、熱を、帯びた。


「それがしの裡には。刀の姿が、ある。重ね、反り、刃文の一筋まで。——目を、瞑ってさえ、描ける」


『……うん。だと、思った』


ひかりの声が、ふっと、優しくなる。


『じゃあ、合わせよ。私の力と、武士さんの、魂と。——いくよ』


アルフォンスは、庭の中央に、静かに、座した。

両の手を、揃え。瞼を、閉じ。己の魂に刻まれた、ただ一振りの——理想の刀を、思い、描く。


刹那。

彼を中心に、淡い光が、集い、始めた。


ひかりの妖精の力が。アルフォンスの魂が描く、刀の形へと——流れ込み、凝り、かたちを、成してゆく。


やがて、光が、収束し。

アルフォンスの手の中に、残ったのは——


一振りの、刀。

緩やかに反った、美しい片刃。その刃には、淡く、妖精の光を宿したかのような、涼やかな刃文が、一筋、走っていた。


「——あい分かった」


その重さを、その間合いを、確かめるように。

ゆっくりと、抜き、構え——アルフォンスは、ようやく。

心の底から安堵したように、長い、息を、吐いた。


「これぞ、刀。……これで、それがしは。いずこにあろうと、武士で、あれる」


『……よかったね』


ひかりの声も、ほんの少しだけ、潤んで、聞こえた。


——と、感慨に浸ったのも、束の間。

アルフォンスは、ふと、手の中の刀と、己の腰とを、見比べて。


「……ところで、ひかり殿」

『ん?』

「これでは、差せぬ」

『……は?』


「刀は、腰に差して、こそ。だが——腰紐が、無くば。腰に、帯びることが、できぬ。それに、この鞘。……下緒が、無い」

『さげ……お?』

「鞘を帯に、しかと括りつけ。刀を、固定しておくための、緒よ。これが無くば——ふとした拍子に、刀が、鞘から、抜け落ちて、しまうやもしれぬ」


ひかりの、間の抜けた声が、響いた。


『……えっ、ウソでしょ!? せっかく魂込めて刀打ったのに、紐が無いだけで、腰に差すことすら、できないわけ!? そんなオチ、ある!?』


「武具とは、そういう、ものだ」


『細かァ——!! ……っていうか、本物すぎるって、その設定ぇ! 私、刃のことばっかり調べてて、そこ、完全にノーマークだったよ!』


ぶつくさ言いながらも。

ひかりは、しぶしぶ、残った力を、ふり絞り——丈夫な腰紐と、鞘に結ぶ下緒までを、どうにか、こしらえて、やったのだった。


そうして、アルフォンスは。

得たばかりの、その一振りに——武士の習いとして、名を、与えることにした。


「この刀。——光丸ひかりまる、と。名付けよう」


『……え』


「そなたの光が、生んだ刀ゆえ。これ以上、ふさわしき名は、あるまい。——ひかり殿の、光丸だ」


『……っ』


しばしの、沈黙。

それから、脳内に響いたのは、思いきり、上ずった声だった。


『——なっ、なんで、そこで私の名前、入れちゃうかなあ!? もう、武士さんってば、そういうとこ! そういうとこ、だからな!』


照れ隠しの、その早口を。

アルフォンスは、意味も分からぬまま——けれど、どこか、嬉しそうに。

「はて?」と、首を、傾げたのだった。


——こうして、武士は。

刀無き国で、ただ一振りの、己の魂を、取り戻す。


その名は、光丸。

妖精と武士が、共に打った——世界に、たった一つの、刀である。


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