第30話「大夜会」
建国祭の、夜。
王城の、大広間は。
かつてない、きらびやかさに——満ちて、いた。
無数の、シャンデリアの、光。
着飾った、王侯貴族。流れる、優雅な、調べ。
国中の、名だたる者が、一堂に会する——一年で、最も、華やかな、晴れ舞台。
その、奥には。
玉座に、腰掛けた——国王の、姿も、あった。
◇
広間の、片隅に。
アルフォンスと、ロザリンドは。並んで、立って、いた。
純白の、礼装に、身を包んだ、アルフォンス。
深紅の、ドレスを、纏った、ロザリンド。
呪い児と、罪人の娘。
——いわくつきの、二人へと。遠巻きの、視線が。ちらちらと、突き刺さる。
「……来た、わね」
ロザリンドが、小さく、呟いた。
その横顔は——硬い。
あの夜の、再演。その予感に。
彼女の、指先が。わずかに——震えて、いる。
「ロザリンド殿」
アルフォンスは。
静かに——その、震える手に。そっと、己の手を、重ねた。
「——それがしが、おる。案ずるな」
「……っ」
たった、それだけで。
ロザリンドの、強張りが。ふっと——ほどけた。
(……ええ。そう、だった)
(——わたくしは。もう。ひとりじゃ、ない)
◇
広間の、あちこちに。
味方は——静かに、配されて、いた。
壁際で、鋭く、目を光らせる、ユリウス。
柱の陰から、じっと、見守る——イザベラ。
そして。
出入り口の、近くには。
ローランを、先頭に——婚約者連合の、青年たちと。弟子たちが。ずらり、と。静かに、並んで、いた。
……ただ。その、顔つきが。
きらびやかな、夜会には、およそ、似つかわしくない——うっすらと、眉の太い。引き締まった、"武士の、面構え"に、なって、いる。
雅やかな、礼装に。武骨な、面構え。
その、奇妙な一団は。声ひとつ、立てぬまま——ただ、静かに。成り行きを、見据えて、いた。
『……ねえ、武士さん。あの、一団。なんか……すごい、顔して、並んでるけど』
ひかりが、そっと、呟いた。
『……みんな、お貴族様の、はずなのに。ああして、揃うと。完全に……討ち入り前の、武士じゃん。……武士ウイルス。じわじわ、広がってるなあ……』
そして。
人々の、輪の、外れに。ぽつんと、立つ——アンジェの、姿も。
その表情は、今も——固く、強張った、まま、だった。
◇
——宴も、たけなわを、過ぎた、頃。
ふいに。
音楽が——止んだ。
ざわめきの、引いていく、広間の、中央へ。
つかつかと——歩み出る、影が、ひとつ。
——セドリック・メルツ。
「——皆様。御歓談の、ところ。失礼、いたします」
涼やかに、よく通る、その声が。広間に、響き渡る。
「この、晴れの夜に。……どうしても、皆様に。お聞き、いただきたい——"由々しき、事態"が、ございます」
ぴり、と。
空気が、張り詰めた。
セドリックの、視線が。——まっすぐに、ロザリンドへと、向けられる。
「ロザリンド・ヴァレンシュタイン嬢。——かつて、謀反の咎で、取り潰された。ヴァレンシュタイン家の、生き残り」
どよ、と。
広間が、ざわめいた。
「我らは、掴んで、おります。——その方が。亡き生家の、再興と。王家への、報復を、企てている。その、確たる、証を」
「なっ……」
ロザリンドの、顔が、青ざめる。
——身に、覚えなど、ない。だが、それこそが。あの夜と、同じ——"仕組まれた"、断罪。
「そして——」
セドリックの、矛先が。
今度は、アルフォンスへと、転じた。
「アルフォンス殿下。——あなたは。その、謀反人の娘と、知りながら、これを匿い。あまつさえ、学園にて。騎士や、貴族の子弟を、私的に束ね——徒党を、組んでおられる」
「危険分子を、囲い込む、呪い児の、王子。——これを、見過ごせば。やがて、王国の、災いと、なりましょう」
広間が——大きく、揺れた。
(……始まったな)
アルフォンスは、静かに、思う。
——これが。ロザリンドの、家族を、焼き。今また、同じことを、繰り返さんと、する。"影"の、正体か。
◇
玉座の、傍らで。
宰相が、重々しく、頷いた。
「——宰相たる、この私も。両名への、この訴えを。正式に、取り上げる。……国王陛下の、御前にて。今宵、ここで——裁こう」
その、一言で。
場は——"公の、断罪の、場"と、化した。
(……くっ。正式な、手続きに。宰相の、権威。——これでは。私の、生徒会長権限など、無力に等しい)
壁際の、ユリウスが、歯噛みする。
——彼が、誰より、恐れていた。最悪の、かたち。
◇
「——さて」
セドリックの、唇が。
薄く——弧を、描いた。
「我らの、訴えを。何より、雄弁に、裏づけて、くださる——お方が、おられます」
その、冷たい、瞳が。
ゆっくりと——ひとりの、少女へと、向けられた。
「——聖女候補。アンジェ嬢」
びくり、と。
アンジェの、肩が、跳ねる。
「あなたは。かつて、ヴァレンシュタイン嬢から。直接——害を、受け、かけた。……そう、でしたね?」
セドリックは、優しく——けれど、有無を、言わさぬ、声で。
「さあ。——皆様の、前で。あなたが、見た"真実"を。お話し、ください」
すべての、視線が。
——アンジェ、ただ、ひとりに。集まった。
王も。貴族も。
アルフォンスも。ロザリンドも。
そして——息を、呑んで、見つめる、イザベラも。
『……来た。——ここが、山場だ』
ひかりが、固唾を、呑む。
『原作だと……ここで。アンジェが、ロザリンドを、告発して。何もかも、決まっちゃう。……でも』
『——もう、原作は、白紙。アンジェが、何を、言うのか。……わたしにも。分からない……!』
しん、と。
静まり返った、大広間の、中央で。
アンジェは。
震える、唇を——ゆっくりと、開いた。
——その、ひと言が。
すべての、運命を。決める。




