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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

チキン冷めちゃった

掲載日:2026/03/14

「チキン冷めちゃった」

 セシリアの口から小さなつぶやきが漏れる。


 来ないという予感はあった。

 でも本当に来ないなんて、信じられなかった。


 三時間かけて調理したローストチキンは、すっかり冷めきっている。


 それは、美味しく作りたくて一ヶ月研究した集大成だった。

 外側はきつね色にパリッと香ばしく、中はジューシーに。

 彼の喜ぶ顔を想像するたび、セシリアの頬はだらしなく緩む。

 こんな締まりのない顔――彼には見せられない。彼女は慌ててキリッと引き締めた。なのに気づけば、にへらと緩んでばかり。


 それが今は、惨めな気分に押しつぶされそうだった。


 にらめっこし続けた時計は、十二時を回る。

 とうとう待ち人は来なかった。それを認めることに彼女は五時間費やした。


 セシリアの中の何かが、雪崩のように大きな音を立てて崩れる。

 彼女は思いっきり壁にチキンを投げつけた。 生き物を殺したような、嫌な感触が手に残る。

 チキンはぐちゃりと鈍い音を立てて壁にぶつかり、べちゃっと床に落ちた。


「チキンなんてもうたくさん。食べずに済んでよかったわ」

 彼女は精一杯強がった。けれど景色が霞み、大粒の涙がこぼれた。


 ローストチキンは、婚約者の嬉しそうな顔が見たくて、初めての朝の温もりの中に帰りたくて、奮闘した会心の出来栄えだった。

 しかし相手がいなければ、見たかった景色は完成するはずもない。


 部屋の片隅でチキンは、叶わなかった恋の残骸として屍をさらしている。


 空っぽになったセシリアは呆然としながら、転がったチキンを見つめ、過去を思い返し、なぜこうなったのか考えた。


 婚約者ルドルフにとってローストチキンは幸せの象徴だった。

 彼の家は男爵家なのだがとても貧しい。

 セシリアは彼と婚約したての頃、ローストチキンのサンドイッチを差し入れたことがあった。

 ルドルフはサンドイッチを食べながら「せめて祝いの席ぐらい、我が家でもローストチキンを普通に食べられるようになりたい」と寂しそうに笑った。


 セシリアの家は中規模の商家で、食べたいと言えばたいていの物は当たり前のように食卓に並んだ。

 だから彼の気持ちを半分も理解できなかった。

 それでも寄り添えたらと、世界一のローストチキンを焼こうと奮闘したのだ。 


 どうして、どうして、どうして!?

 彼女は自棄を起こし、なけなしの金貨五枚で買った、今日のための特別なワインを何杯も煽る。

「あなたが食べたいと言いながら食べてもくれなかったチキン、壁も食べたくないんですって」と大笑い。

 やがて動力が切れた自動人形のように動かなくなった。


「いっそこのワインが毒ならよかったのに、明日なんて来なければいい……」

 消え入りそうな声でつぶやくと、セシリアはいつの間にか眠ってしまった。


 ルドルフが唯一似合っていると褒めたサテン生地のドレスは、徒花のように、ただいたずらに、眠るセシリアを彩った。

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― 新着の感想 ―
原典と性別が逆転してる ここからルドルフがざまぁされる展開があると尚良しだったのですが 原典を考えるとざまぁを与えるのはそれもまた違う気もしますね
ペコちゃんクリスマス事件ですね。
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