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のぼさん  作者: 鈴木犀角
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資料② 鳩ヶ崎高校文芸部 部誌

   弟の話

         西浦悠真 (二年)


 僕には、歳の離れた弟がいる。元気いっぱいの小学二年生だ。チンコとウンコで大爆笑できるお年頃。十歳も年齢が離れているので、ケンカすることはなく、正直、かわいくてかわいくて仕方がない。最近は、言葉遣いが生意気になってきているが。

 弟は明るくて人懐っこくて、また、どこか不思議ちゃんなところがある。変なことを言って家族を笑わすのはいつものことで、家族の中のいじられキャラでもある。

 

 ある日、リビングのソファに寝転んでいると、弟の話し声が聞こえてきた。夕飯の支度をしている母親にむかって、その日あった出来事を話しているのだった。僕はスマホをいじりながら、なんともなしに耳を傾けていた。漢字のテストで満点を取ったこと、給食のデザートのプリンを三つも食べたこと、放課後のサッカーでシュートをきめたこと。母に話して聞いてほしい気持ちに、紡ぐ言葉が追いつかないようで、ときとぎ詰まってしまったり、言葉足らずだったりして、精一杯、大きな声で話していた。僕はその様子にほほえましくなった。母も手を動かしながら、やさしく相槌をうっていた。

 弟は、小学生のありきたりな話をしていたのだが、ひとつ気になる話題を出した。

 それは、" のぼさん " についての話である。

 のぼさんとは、どうやら学校に住み着いてしまっているホームレスらしい。彼が言うには、子供たちと一緒に遊んだりしているそうだ。

 それは防犯上、大丈夫なのかなと、当然僕は心配になった。

 が、話を聞いている母は、ほかの話題と同様に聞き流しているだけだった。もっとくわしく聞きただすべきだと、不思議に思った。

 弟が僕の方までやってきて、のぼさんを知っているかと聞いてきた。自分のころには、そんな人はいなかったと答えた。でも、のぼさんはずうっと前から小学校にいるっていう噂だよ、と弟。

 小学生だったころの記憶を掘りかえてしてみても、そんな人物は思い出せなかった。しかし、のぼさんという言葉にはどこか、聞いたことがあるような、懐かしいような響きがするのだった。

 あとで、母と、のぼさんについて話をしようと考えたが、なぜかすぐに忘れてしまって、その日は夕飯を食べて眠りについた。次の日も、その話をせず、抜け落ちたかのように、のぼさんなる人物のことはすっかり忘れてしまっていた。


 放課後、友達の家に行った帰り道、小学校の横を通った。小学校に来るのは久しぶりで、まわりの塀の高さがずいぶん低く感じた。校庭をのぞくと、弟がサッカーをしているのが見えた。小学生たちが元気に駆け回っているのを見ていると、弟から以前聞いた "のぼさん" のことを急に思い出した。僕はその存在が気になって、小学校の中に入ろうと思い、弟を呼びつけた。(ただ、懐かしさのために入りたかったトコロもある)

 校門に回ると、ちょうど校長先生が箒をはいていて、卒業生だと言うと、おかえりと言ってやさしく迎えてくれた。試しにその先生にのぼさんについて尋ねてみたが、先生はきょとんとして首をかしげるばかりだった。校長先生は僕が通っていた頃からいた先生なので、この学校のことで知らないというのは、とても不思議なことだった。

 僕は弟と一緒に、のぼさんなる人物を探し回った。弟はサッカーを中断させられたことに不服を唱えつつ、協力してくれた。

 校舎の中に入ると、その懐かしさはことさら強くなった。背の低いカラフルな下駄箱と、忘れられた黄色い小さめの傘。掲示板の、つたない文字で書かれた校内新聞。外で遊んでいる子供たちの歓声が、廊下をこだまして聞こえてきた。

 弟のクラスの教室にいくと、机と椅子の小ささに驚いた。座ってみると、机の下に足が入らなかった。弟は窓の外を見ていて、抜け出してきたサッカーの様子をうかがっていた。窓を開けて、友達にむかって「バーカ」と叫んだ。窓から涼しい風が吹き込んで、壁に掲げられた書道の半紙がバサバサッとゆれた。

「あっ、今、外にのぼさんがいた」弟が言った。

 僕らは急いで教室を出た。外にいた女の子に尋ねると、のぼさんは中庭の方にいったとのこと。

 A棟とB棟の間の中庭はそれなりに広く、ウサギ小屋やブランコがあったけれども、子供たちはいなかった。僕もここで遊んだ記憶はあまりない。むかしから、なぜかあまり人気のない所だった。日当たりが悪く、陰鬱なドクダミやシダ植物が生い茂っていたし、ブランコがひどく錆びついていたからかもしれない。あるいは、ウサギの獣臭さのためかもしれない。

 僕は、中庭に植えられた、ある一本の木を見た。そこには、男の子が一人、根元にうずくまって泣いていた。それは、小学生の僕だった。

 僕は、思い出した。

 なぜ泣いていたかまでは、わからない。その時の僕は、友達に泣きっ面を見られないように、こっそりここまでやってきたのだ。そして、隣に座って、僕の背中をやさしくさすってくれた人がいた。のぼさんだった。

 僕は、思い出した。のぼさんの大きなてのひらを。嗚咽しながら吸い込んだ、草木のにおいを。コオロギの鳴き声を。僕をあたたかく包み込んだ、美しい夕日のかがやきを。

 そうだ、僕ものぼさんとは友達だった。僕らは一緒に、この小学校で楽しくすごしたはずだった。

 でも、いつの間にか彼とは会わなくなって、そして、忘れてしまった。

 なぜ彼を忘れてしまったのだろう。僕は、たまらなく、のぼさんと会いたくなった。

「あそこにいるよ!」弟が指し示した。

 少し離れた所にある西門の前を、それらしい影が横切っていく。太陽は地平線に近づきつつあり、そのまぶしい光線を地上に投げかけて、その人影をおぼろげにしていた。

「のぼさぁぁぁぁん!」

 僕は大きな声で呼びかけた。


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