スラッシュ・ゼロの記憶 〜斜線が消えた日と、僕らの泥臭いコード〜
※GeminiProに書いてもらいました。
コンピュータの数字ゼロに斜めの線が消えたのは、いつからだっただろう。
黒い背景に緑色やオレンジ色で浮かび上がる文字。
奥行きのあるブラウン管モニターの奥で、
アルファベットの「O」と数字の「0(ゼロ)」を厳格に区別するため、
かつてのゼロには右上から左下へと斜めに一本の線が引かれていた。
それは、機械に対して「これは間違いなく数字である」と宣言するための、
人間側からの切実なサインだった。
手元の薄型ディスプレイに目を落とす。
滑らかなアンチエイリアスがかかった高解像度の文字たちは実に美しく、
そして完璧に丸い「0」を描き出している。
無骨な斜めの線などなくても、文脈や進化したフォントデザインによって、
今の私たちはオーとゼロを間違えたりはしない。
「佐倉さん、この部分の古いログなんですけど」
声をかけられ、私は顔を上げた。
入社三年目の若手エンジニアである新海が、ノートPCを片手に立っている。
「どうした?」
「マイグレーション用に古いオンプレのサーバーから引っ張ってきた
データなんですけど、なんか文字化けっていうか……
数字のゼロの中に、全部ノイズみたいな斜線が入ってるんですよ。
エンコードの問題ですかね?」
新海が指し示した画面を覗き込む。
そこには、私が二十年以上前に書いたであろうシェルスクリプトの断片が、
当時のプレーンテキストのまま表示されていた。
無数の、斜め線が入った「0」が規則正しく並んでいる。
「……文字化けじゃないよ。それは、昔のゼロだ」
「昔のゼロ?」
新海はきょとんとした顔をした。
「ええと、昔のPCってゼロに斜め線を引いてたんですか?
なんでまた」
「オーと見間違えて、システムを落とさないようにさ。
一文字のタイポが致命傷になる時代だったからね」
私は苦笑しながら答えた。
今の開発環境では、賢いエディタがリアルタイムで
構文エラーをハイライトしてくれるし、
AIが次々とコードの続きを提案してくる。
人間がわざわざ記号を歪めてまで「これは数字だ」と強調しなくても、
機械の方が文脈を読んでくれるようになったのだ。
「へえ、なんかアナログですね、デジタルなのに」
新海は感心したような、
それでいてピンときていないような顔で席へ戻っていった。
斜めの線が消えたのは、
私たちが機械の言語に無理に寄り添う必要がなくなった証なのだろう。
技術は進歩し、インターフェースはどこまでも人間に優しく、滑らかになった。
私は再び自分のディスプレイに向き合った。
丸く、どこまでも滑らかなゼロの羅列。
それは完全な「無」や「空虚」を表しているように見えた。
かつて、私たちが深夜のオフィスで眠い目をこすりながら
叩き込んでいたあの斜め線付きのゼロには、
単なる数字以上の意味があった気がする。
それは「俺はここにいる」
「このシステムを這いつくばって動かしているのは俺だ」という、
開発者たちの泥臭い自我の痕跡だったのではないか。
ふとキーボードに手を伸ばし、
私はこっそりとターミナルの設定画面を開いた。
無数にあるフォント一覧の中から、
あえてレトロなプログラミング用フォントを探し出し、適用ボタンを押す。
画面上の滑らかなゼロたちに、一斉にスッと斜めの線が入った。
カチッ、とパズルのピースがはまったような気がした。
まるで、何年も会っていなかった昔の戦友が、
ふらりと隣の席に戻ってきたかのようだった。
私はコーヒーを一口飲み、小さく息を吐く。
さて、もう少しだけ、
この泥臭い記号たちと一緒に仕事をしてみるとしようか。




