第八話 『表裏』
1
それはクラスター爆弾に近い、兵器を利用した作戦だった。
ロケット弾が曇天化を飛行。途中で小型カプセルをばら撒く。だが、クラスター爆弾とは違い、カプセルはパラシュートで降りてゆく。
カプセルの中身は火薬ではなく、種々の菓子と様々なメッセージ。一見、平和的な作戦だ。その様子を男は眺めていた。
サバル地上基地の屋外に立ち、飛来してくるロケットを見上げる。それらは撃ち落とされているのだが、その前にカプセルはばら撒かれる。
大量に開かれた落下傘は、それだけで不気味な光景である。よって──と、いうわけではないのだが、男の表情はとても険しい。
男の名前はゴードン・エッガー。元ファルファリア軍の中佐である。いかにもという迷彩柄をした、軍服を纏った厳つい男。今は特に険しい表情だが、通常時でも子供なら逃げ出す。
そのようなゴードンの背後から、慌てた軍人が駆け寄ってきた。
「ゴードン中佐! 何故こんなところに!? 地表は今危険な状態です!」
「ふん。この程度で死ぬならそれまで。それに、奴らは愚か者ではない。カプセルは全て例の食料だ。このようなものは兵器とは呼べん」
だがゴードンはその彼女に対し、振り返りもせずに対応をした。
彼に声をかけた女性軍人──それは彼の直属の部下である。長い銀髪を後頭部で編み、纏めている若い女性軍人。彼女はミナ・ブレックファスト中尉。ゴードンと同じ元ファルファリアだ。
そのミナが何故彼の元に来たか。ゴードンには見当がついている。
「で? 私に用があったのだろう? ミナ中尉。必要なことを述べろ」
「は。あのカプセルの中身について、中間報告が纏まりました」
ミナの発言は予想の通りで、ゴードンが驚くべき点はない。
それは彼女がこの後に続けた、中間報告も同様である。
「まず、カプセルの内容物ですが、糖分の含まれた食料品。それと文章の記された紙が、一から二枚封じられています」
「文章の中身は?」
「数十種類。ただし集計、精査したところ……」
「当然、傾向が見られるはずだ」
「は。系統は三種類あります」
言ってミナはファイルを取り出して、三枚の紙を読みながら述べる。
「一つ、カプセルへと同梱された食料品の詳細な解説。二つ、戦況等のプロパガンダ。三つ、投降を促す文面」
「影響は?」
「小さくありません。逃亡する友軍兵が増加。中には拠点ごと武装解除し、エイデンに降った例もあります」
ミナの表情は深刻なものだ。
理由は、ゴードンにも理解できた。
一見、子供のような作戦が、軍に出血を強いることもある。
「敵は我々を研究している。ファルファリア分裂以降、我らは、兵站不足に陥りつつある。また完全な不足を避けるため、節制を命じている状態だ」
ゴードンはそう冷静に語った。
「兵は今も飢えと戦っている。大義のみを心の支えとして。そこに食料品をばら撒けば、折れずとも混乱は避けられん」
マグマのような憤りはあるが、それを表に出すことはできない。指揮官が感情に流されれば、その先にあるのは崩壊だけだ。
必要なのは合理的な対処。ゴードンは自らを戒めた。
しかし、彼はまだ理解していない。この作戦の真の恐ろしさを。
「ミナ。他に報告をすべきことは?」
「は……学者から預かってきました」
答えながらミナが取り出したのは、ビニールに包まれた物体だ。
その中にあったのは今し方、降ってきた物たちと同じである。
それは複数の種類に及んだプロパガンダ食料品の一つ。半分に折られたフィナンシェである。フィナンシェとはインゴットの形に焼き上げたハンドサイズのケーキで、クリームやチョコなどは用いないが素朴な甘さがある菓子である。
無論、ゴードンはこの瞬間までフィナンシェというものは知らなかった。
食べ物というのは見ればわかるが、味については想像がつかない。
「それは……?」
「食料のサンプルです。半分は分析に使いました」
「念入りだな。結果はどうだった?」
「有毒物は含まれていません」
ミナは言うと、フィナンシェを差し出した。
ゴードンはそれを手に取り眺める。
そして、徐に口へと運ぶと歯を使って小さくかじり取る。
その刹那、ゴードンは理解した。これをばら撒くと言うことの意味を。
「なるほど。強烈なプロパガンダだ。言葉よりも、よほど有効だろう」
ゴードンはフィナンシェを睨みつける。
ファルファリア人ならただの一口、かじっただけでも衝撃を受ける──美味い食べ物を多量にばら撒く。それだけ豊かなのだと言うことだ。
もしエイデンの庇護を受け入れれば、その豊かさを享受できるだろう。そう言っているようにすら感じる。しかし、悪魔の囁きに過ぎない。
「だが、我らは大義で立っている。惑わされず、膝を折ることもない」
ゴードンは言って、結論を出した。
敵が策を講じてきたのなら、可及的速やかに対処する。それも的確な手段を持ってだ。誤れば、ダメージは拡大する。
「可能な限りこれを回収させ、テキストごと火にくべて焼き尽くせ」
「不満は避けられないと思います」
「理解している。だが、やらねばならん」
兵糧の不足が危惧される中、食糧の破棄は愚策にも見える。
だが、この菓子を保管するだけでも【正規軍】には凄まじいリスクだ。
完全な管理など何処にもない。故に、全てを消し去る以外ない。
だがミナの考えは違っていた。それは彼女の表情からわかる。
「ミナ中尉、不満があるなら言え」
「不満ではなく、代案があります」
「代案?」
「投下された食料に、毒があると情報を流します」
ミナがその考えを具申した。
だが、ゴードンはそれを良しとしない。
「確かに、有効な作戦だろう。市民も兵も、敵を憎むだろう」
「では……」
「だがそれは、一時のことだ。嘘と分かれば信用を失う。彼らが敵に向けていた憎しみ。それが今度は我らを焼き尽くす」
ゴードンは大義が育むものを、その効能を重要視していた。
卑劣な手段は有効に見える。だが、重要なものが失われる。そして、一度失われた要素は、二度と戻ってくることなどはない。
人は時にそれらを軽視する。結果、組織は崩壊を迎える。
これは無論、ゴードンの考えだ。しかしミナも納得をしたらしい。少なくとも、表面的にはだが。今はそれで良しとせざるを得ない。
「私の考えが浅過ぎました」
「いや、私は君を評価している。ただ現状には適さないだけだ。怖けず、これからも助言を頼む」
「は! ファルファリアの栄光のために!」
ゴードンへとミナが敬礼をした。心が籠って見える敬礼だ。
それを見て、ゴードンもこの場を去る。彼女の身を守ってやるためにも。
「よし。では地下に戻る。着いてこい」
ゴードンは言って、踵を返した。
天にある雲は太陽を隠し、消えるどころか雨を降らしそうだ。
それは【正規軍】の明日を暗示し、警告するようにも感じられた。
2
翌朝。天候は大きく崩れ、雨粒が落下して音を立てる。
ゴードンはこの荒天の最中に、抜き差しならない状況にあった。
彼はハウンドのコクピットにあり、それ故に雨に濡れることはない。だが、彼のハウンドの装甲には雨の滴が当たって跳ねている。
つまり、ハウンドは格納庫を出て屋外に立っているということだ。それは彼のハウンドだけではない。計八機が地表に並び立つ。
ゴードンが号令をかけたなら、彼らは敵地へと飛び立つだろう。
しかし、未だに命令は待機だ。彼にはまだやるべきことがある。
「ミナ中尉、これは個別通信だ。聞こえていたら他の通信を切れ」
「は。中佐。了解いたしました。有効な通信はこれだけです」
「よし。ではこれより指令を伝える。中尉は必ずこれを厳守せよ」
ゴードンはミナに通信を繋げ、彼女に対し命令を伝える。
ミナもまたハウンドに乗っており、共に出撃をする部隊にいた。故に、ゴードンは彼女へと託す。その必要があると感じていた。
「もし私が指揮を執れなくなれば、指揮権はミナ中尉に譲渡する。中尉は残存する兵を率い、彼らを生きたまま基地へと戻せ」
ゴードンの指示はシンプルなもので、ミナも内容は理解したはずだ。
だが、彼女はイエスと言わなかった。代わりにゴードンへと具申する。
「敗北すると考えているなら、この作戦は中止するべきです」
「結果は何者にも保証できん。それに、友軍が出撃している」
中尉の指摘は真っ当だ──ゴードンもそれは認識していた。
だが戦略的にも作戦は、実行する以外選択はない。
「彼らはこの数日の混乱を、この作戦で取り戻すつもりだ。勝利を得れば士気も上がるだろう。それほど追い詰められたとも言える」
「中佐はそれを?」
「無論、制止した。だが、彼らのことも理解はできる」
【正規軍】とは厳密に語れば、複数の組織の集まりである。
サバルをはじめとする軍事基地。そこにいた元ファルファリアの兵士。彼らがそれぞれに組織を作り、連携しているのが【正規軍】だ。
それ故、士気や統制のレベルは、組織によって大幅に異なる。
脱走に暴動、そして反乱。統制のない軍隊は悲惨だ。放置すれば見る間に崩壊する。故に、勝利が必要となるのだ。
「彼らを見捨てることなどできない。戦略的にも。心情的にも。故に、彼らを救わねばならない。中尉には、その仕事を任せたい」
「中佐がなすべきことと思います」
「ああ。可能なら無論、私がやる。だが、最悪は想定するものだ」
「わかりました。そこまでおっしゃるなら」
「感謝する。では、話はここまでだ」
ゴードンは言うと通信を切った。
だが、すぐに次の通信に移る。回線を切り替えて語りかける。この基地に立つハウンドの部隊に。
「サバル基地に集いし勇士たち! その勇気を表す時が来た! 友を救い! 裏切り者を倒し! ファルファリアに大義を取り戻す!」
出撃の前には演説をする。様式美であり、効果的である。
「先行するものに遅れをとるな! 防衛線を裂いて、破壊せよ! ファルファリアの栄光を、取り戻す! 全機飛翔! 私の後に続け!」
ゴードンのハウンドが舞い上がる。降り頻る雨の中を切り裂いて。
そして、ゴードンの演説通りに──彼の部下たちがそれを追いかけた。
3
ゴードン率いるサバル【正規軍】。彼らのハウンドが飛来した時、戦場は苛烈となりつつあった。
エイデン軍に所属する敵機と、【正規軍】所属の友軍機とが、草原の土を撒き散らしながら、雨の中で互いを壊しあう。
ゴードン達もこれに混ざるのだ。今更逃げることは許されない。
「全機散開! 敵機を撃ち落とせ! 残して進めば挟撃を受ける!」
ゴードンは部下達に指示をしつつ、自らの乗機も前進させる。
ハウンド達がライフルを撃つたび、光が雨天の闇を照らし出す。
幸い、現在の戦況はまだ、【正規軍】に不利とは言い難い。
しかし、戦況は変化する。刻一刻と。あるいは、速やかに。
ゴードン達が援軍であるなら、敵にもまた援軍があるものだ。
それが理不尽なこともある。戦場に平等なものなどない。
「あれは……エイデンの特殊部隊! 全機警戒! 単騎ではあたるな!」
紺色の機体は死神である。この状況において尚、更に。
だが、ゴードンは死ぬつもりなどない。死神を殺す、腹積りだった。
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