第七話 『残火』
1
軍人は必要性に応じて、着る軍服の種類を変えている。実用性の高い戦闘服。内勤の者たちが着る制服。そして、パレードなどで用いられる、装飾された美しい礼服。
普段は縁のないその礼服を今、ラーズは渋々纏っていた。エイデン軍の礼服は当然、驚くほどにバリエーションがある。ラーズが着ているのはその中でも、やや派手な濃紺色のタイプだ。
肩や胸には金色の装飾。ボタンですら意匠が凝っている。もっとも、その自らが着る服をラーズが見ることはできないのだが。
現在、ラーズは礼服のままで視覚と聴覚を塞がれている。特殊なアイマスクとヘッドホンで、ここが何処なのかわからないように。その上で車椅子に乗せられて、ミネルヴァにより運搬されている。
唯一、ラーズに感じられたのは、長いエレベーターで降りたこと。それだけは感覚で理解できた。おそらく、今ラーズは地下にいる。
だが、アイマスクを取られたラーズの見た景色は想像とは違った。赤いカーペットが敷かれた廊下。まるで貴族の持つ屋敷のような。
「ここは……?」
「知らん方が幸せだぞ? それでも、知りたければ教えてやる」
「了解です。聞かないことにします」
「なんだつまらん。そこは聞いておけ」
ミネルヴァがため息をついて言った。
だが、ラーズが不幸になってまで、ここが何処かを聞く必要はない。
ラーズには見当がついている。ミネルヴァが、その答え合わせをする。
「ここは、戦時中に将校クラス、貴族や王族が使う施設だ。安全を完全に確保しつつ、会議や通信などを行える」
「それで地下施設──ということですね?」
「ああ。それだけが教えられることだ。貴様では、権限が足りていない」
「は。理解をしているつもりです」
「それで良い。さて、本題に移るぞ?」
そして無事場所の話が終わると、おそらくは職務の話に移る。
前日、バレザント王国の首都、ガルバニアを訪れたラーズ達。その後は待機命令が出たため、地下にある軍の宿舎に泊まった。
だが、翌日の朝にはミネルヴァに呼び出されて今はこのザマである。ラーズはほぼ訳のわからぬままに、礼服を着せられて今に至る。ラーズが事前に聞かされたことは、これが職務だということくらいだ。
よって、ラーズの知るべき情報が、これより明かされる──ということだ。
ミネルヴァの機嫌が悪そうなので、既に嫌な予感しかないのだが。
「今日、貴様に与えられた任務はあるお方と話をすることだ。聞かれたことは全て回答しろ。嘘をつかず、沈黙も許されん」
「あるお方とは?」
「会ってみればわかる。ただ、立ち振る舞いには注意しろ? そのお方が貴様を消すことなど、赤子の手をひねるよりも容易い」
ミネルヴァの説明は、その予感が的中したと言えるモノだった。
礼服を着なければ会えないほど、立場の高い者からの尋問。しくじれば当然、命などない。それはミネルヴァの忠告どおりだ。
ラーズは全身全霊を持って、自らの身を守らねばならない。
「他に何か助言はありますか?」
「無い。気を引き締めて任務にあたれ」
「了解いたしました。善処します」
「では、ついてこい。待たせるのもマズい」
ミネルヴァは押してきた車椅子を廊下の脇に寄せて、歩き出した。
ラーズはそんな彼女についていく。ただし、目的地はすぐそこだった。
数メートル先の角を曲がると、警備の二人ついたドアが見える。ミネルヴァがそのドアへと近づくと、警備の一人がミネルヴァを止めた。
「氏名と立場、それと目的を」
「ミネルヴァ・ザグ。少将。謁見だ。ただし、私はこの場で待機する。謁見するのはこっちの男だ」
ミネルヴァは警備の者に聞かれて、平然とした様子でそう言った。
相手は銃で武装していたが、慣れていると──そういうことであろう。
ラーズも彼女ほどとは言わずとも、平静を装う必要はある。
「そちらは?」
「ラーズ・ベリリュート。少尉。少将の命で参上しました」
「では、ボディチェックを受けてください。両手を上に上げて。動かずに」
ラーズは表情を変えないように、努めながら言われた通りにした。
すると、服の上から念入りに──体を撫でられ、軽く叩かれる。頭から爪先に至るまで。そして、しばらくして解放された。
「確認いたしました。ラーズ少尉。あなたの入室を許可いたします」
警備の言葉を要約するなら、『部屋の中に入れ』ということだ。
この中で何者が待つにせよ、ラーズに拒否をする権利などない。
「了解いたしました。では少将……」
「ああ。終わったら連れて帰ってやる。問題を起こしていなければだが」
「帰れるよう全力で当たります」
ラーズは言うと、開かれたドアへと警備に連れ添われ歩いって行った。
そして、部屋へと足を踏み入れる。地獄の門を潜る気分である。本物の門には『望みを捨てよ』などと、刻みつけられているらしい。
だがこの扉の先にある部屋は、一見絶望とは無縁だった。
中世の王城を想起させる、上品で美しいインテリア。地下であることを忘れさせるほど、明るく優雅さに満ち満ちている。
巨大ベッドも完備しているので寝室を兼ねてはいるのだろうが、それにしては面積が広すぎる。ラーズが驚愕することばかりだ。
しかし、本当に驚愕したのはラーズを出迎えた者にであった。
この部屋の持つ格を上回る、気品と存在感を持つ少女。彼女自身が、神が作り出した、最高峰の芸術だと言える。
「お待ちしておりました。ラーズ少尉」
その彼女は部屋のドアが閉じると、ラーズに対して音色を奏でた。
声も、仕草も、全てが美しい。だが、ラーズが感じたのは恐怖だ。
一兵士であったラーズですらも、彼女が何者なのか知っている。バレザント王国の現女王──リゼット・バレザントその人である。
敵対勢力を治める者を、知らない兵士など存在しない。いや、兵士でなくとも知っている。抹殺するべき対象としてだ。
だが、リゼットにはラーズに対する警戒心をまるで感じない。それがとてつもなく恐ろしいのだ。しかし、それでも、話さねばならない。
「お会いできて光栄です。陛下」
「まあ。私をご存知なのですね」
「は。誰もがあなたを知っています。この惑星の草木に至るまで」
ラーズは緊張しながら話した。
一方、リゼット陛下はと言えば見る限り機嫌が良さそうである。
ただし、彼女は優れた為政者だ。表情から内心はわからない。
「ですが、自己紹介は致しますね。私はリゼット・バレザント。この国の女王を務めています」
リゼットはスカートの端を摘み、ラーズに対し優雅に会釈した。
そして、自己紹介を無事終えると、今度は理由の解説に移る。何故、ラーズをこの場に呼んだのか。ラーズをどう扱うつもりなのか。
「私がミネルヴァにお願いをして、今日この場を設けてもらいました。ファルファリアを統治してゆくために、貴方の知恵をお借りしたいのです」
その理由を彼女が説明した。
だが、未だラーズにはわからない。果たして何を聞かれ、話すべきか。重要人物でもないラーズの情報が何の役に立つのかも。
それでも王の命令を受ければ、ドジョウ掬いでもやらざるを得ない。ラーズには選択の権利はない。それが王政国家という物だ。
だからこそ王という存在には、資質と能力とが求められる。
「とりあえず立ち話も何ですし、こちらにきて座ってくださいな。取って食べたりは致しませんから。お茶とお菓子も用意していますし」
ラーズには、そう言ったこの少女が、王の器かどうかはわからない。
故に、ただ祈るより他にない。生きてまた地上に戻れるように。
2
ファルファリア南部には今現在、【正規軍】を名乗る者達がいる。
彼らはファルファリアの降伏と、敗北とを認めない勢力だ。その主体は元ファルファリア軍の一部であり、軍事力も有する。
とは言えあくまでも一部であって、大部分はエイデンへと降った。しかし、彼らは諦めることなく、今日も攻撃を繰り返している。
本日の舞台は森林にある、元ファルファリア軍通信拠点。二機のバザードがアンテナを守る、最小の軍事拠点だと言えた。
その拠点に森林の木々を避け、飛び出したハウンドが襲いかかる。そのハウンドもまたバザードであり、同じ機種の機体が交戦する。
「信念のない臆病者共が! ファルファリア軍を語るなど笑止!」
三機のバザードが奇襲を仕掛け、エイデン側バザードが迎え撃つ。
かつては友軍であった者達。共に飯を食い育った者達。それが互いに銃口を向けあい、ハウンドを操って殺し合う。
小規模な戦闘である以上、決着にそう時間はかからない。今回はエイデン機が全滅し、襲撃者が勝利を掴み取る。
だが、この場で勝利を得たところで、根本的な不利は動かない。それに、三機いた襲撃者側のハウンドの内、一機は堕とされた。
「中佐! ドルネーを……!」
「撤退する。奴が生きているとは思えない」
残った二機のパイロットが二人。やられた仲間について話し合う。
彼らも軍を名乗っている以上、決定の権利は上官にある。しかし、そのプロセスを排除しても、救助を行わない理由がある。
一つは、ドルネー機はコクピットにビームの直撃を受けていること。そして、もう一つ、これが重要だ。指揮官はそれを部下へと伝えた。
「それに、この場に留まり続ければ、救援の部隊に攻撃される。貴様もそれは理解しているな? 故に、批判なら後にしてもらう」
そして返事を聞かず撤退する。
部下の機体も続かざるを得ない。
一見、非常にも思える策だ。だが、同時に合理的判断だ。特に戦力で劣る【正規軍】──余裕などない彼らの部隊には。
3
ラーズが女王に呼び出されてから一時間弱程経過した頃。基本的な情報のやり取りは、概ね終了していると言えた。
王女からはファルファリアの現状、抵抗組織【正規軍】について。ラーズからは人生の中で得た、ファルファリアという国家についてだ。
だが、情報交換が終わっても、ラーズの仕事は終わってはいない。ラーズは円形の机を前に、椅子に座って口を開けていた。それは女王陛下の指示を受け、忠実に実行をした結果だ。
リゼットは今、机の向こうにて、椅子の上に脛で乗り立っている。これなら彼女でもラーズに届く。故に、ラーズは口を開けたのだ。
「はい。あーん、してくださいね」
すると、リゼットにより口の中に筒状のお菓子が差し入れられる。
ラーズはそれを口でキャッチすると、歯で噛み潰し味を確かめた。
味は甘く、香りはとても良い。食感は軽く、多層構造だ。噛むとサクサクという音が響き、美味しいだけでなく楽しさもある。
ただ一つ問題があるとすれば──
「とても美味しいとは思うのですが、少しパサついていると思います」
ラーズは正直に女王に告げた。
信じられないことかもしれないが、これは立派な任務なのだという。
「では、紅茶をどうぞ」
「いただきます」
しかし、香り高い紅茶でさえもラーズの疑念を洗い流せない。
ラーズは意を決してリゼットから、彼女の意図を聞き出すことにした。もちろん最新の注意を払い、言葉を一つ一つ選びながら。
「ところでなのですが……お聞きしても?」
「はい。何なりと聞いてくださいな」
「それでは、そのお言葉に甘えます。このお菓子には、意味があるのですか?」
ラーズは重圧を感じながらも、許可を得た上でシンプルに問うた。
一方、それを聞いたリゼットは、可愛らしい仕草で悩み出す。
「うーん。そうですねー……」
悩んでいることには悩んでいる。ただ、深刻そうな様子ではない。
そして、たった数秒間のことだ。直ぐ、元に戻り疑問に答える。
「これは軍事機密になりますので、外で口外しないでくださいね?」
そう忠告して彼女は続けた。
「先ほど、正規軍を自称する……勢力についてお話ししました。彼らに対抗する手段として、お菓子を用いようと思いまして」
「は。お菓子をですか?」
「ええ。そうです」
だが、ラーズには彼女の発言の真意を汲み取ることなどできない。
菓子は美味いがあくまで嗜好品。敵兵を殺す力などはない。毒でも混ぜれば話は別だが、そのままでは甘い食料である。
それでも、ラーズの目にはリゼットがふざけているようには見えなかった。
そしてそれは直ぐに証明される。リゼットの解説は続いていた。
「ファルファリアは首都を含めてすでに、エイデン軍の支配下にあります。よって、抵抗勢力は現在、補給を断たれている状況です。まだ食料は尽きていなくても、節制を強いられているでしょう」
まずは敵対勢力の分析。
「そこで、彼らにお菓子を配布して、投降を促そうと思います。もともと呼びかけてはいたのですが、より有効な一手にはなるかと。彼らの制圧化にある地域に、一般市民も残されています。その市民がお菓子を食べていれば、軍人も我慢はできないでしょう?」
次に、結果を元にした作戦。
それを聞いて、ラーズは驚いた。彼女はあまりにも聡明である。これまでもそう考えてはいたが、更にその上をゆく聡明さだ。
たかだか十代前半の少女──と、侮っていたつもりなどない。だが、ラーズには理解できなかった。どう生きれば彼女のようになるか。
「優れた方策だと考えます」
「それを聞いて安心いたしました」
ラーズに対して微笑む彼女の、どこにこんな狡猾さがあるのか?
そうラーズに考えさせてしまう。それもまた、彼女の能力である。
ラーズはそんな彼女を前にして、聞かずとも良いことを聞いてしまう。
「ただ、少しだけ心配になります。陛下は無理をされているのではと」
普通に考えるなら、失言だ。軽く見ていると思われかねない。
だが、ラーズは若年者に対して、特別な思いを抱いてしまう。かつて送った幼少期における喪失がおそらく原因だろう。
貧困の中、生き残った者は幸運であると言わざるを得ない。多くは餓えや、病に殺された。その姿が今も焼き付いている。
軍人のラーズが思うことには自己矛盾を感じざるを得ないが、それでもラーズはこう思っていた──子供は幸せに生きるべきだと。
それに対し、リゼットは目を閉じた。思考しているのは明らかである。
そして、目を再び開けた時には少し寂しげな表情を見せた。
しかし、やはり彼女は女王である。立場ではなく、その本質として。
「私も人間です。女王として、重圧を感じる時もあります。ですが、定めに背を向けたくはない。私は民のことが好きですから」
リゼットはラーズにそう言い切った。
そして更に、彼女はこう続ける。
「それに楽しいこともあるんですよ? 例えばこんな風に。はい、あーん」
リゼットは言いながらチョコを持ち、ラーズの口元へとそっと運ぶ。
当然、ラーズはそのチョコを食べた。すると、香りと甘さが襲いくる。
その様子を見ていたリゼットが、ラーズの変化に即、気づくほどだ。
「あ、このチョコは当たりみたいですね」
彼女はそう言ってまた、微笑んだ。
ラーズに気を遣ったわけではない。少なくとも、ラーズはそう感じた。
「ふふ。少尉は面白い人です。ミネルヴァが気にいるのもわかります」
だからこそこの後の提案も、快く受け入れることができる。
「もしよければ、また呼んでいいですか?」
「ええ。少将の許可があるのなら」
「ミネルヴァは──私の部下ですから。でも、困らせすぎてはいけませんね」
そう言ったリゼットは笑顔だった。
無邪気な少女と偉大なる女王。リゼットは二つの性質を持つ。
ラーズは彼女のような者になら、心から仕えられると思った。
感想評価お待ちしております。
お気に召しましたら、お気軽にー。




