第五話 『奇襲』
1
対空ビーム砲が天を向き、飛来するハウンドを狙い撃つ。
ナミド前哨基地の規模はおよそベルノー地上基地の二分の一。だがそれでも制圧するとなれば、激戦になることは避けられない。
基地に接近したハウンドのうち、五機は撃ち落とされてたどり着けず。それでも逃げることは許されず、ラーズのヴェインは基地へと降り立つ。
そこに上空からのミサイルが──これは誘導することはなかった。
エイデン軍所属のバザードから発射された多数のロケット弾。それが炸裂すると桜色の粒子が爆風と共に広がる。
ミサイルはその中を通ることで誘導する能力が失われ、ハウンドの方に向かうこともなく地面に衝突して爆発した。
ラーズとしてはこの兵器の使用、散財には驚かざるを得ない。
「ナノマシン・ジャミング弾!? 贅沢な……」
「所詮、ファルファリアの漬物石だ」
そのラーズにミネルヴァが指摘した。
この兵器は多量のナノマシンをばら撒くことでミサイルを妨害、多面的な手段で無効化し、範囲内にいるハウンドを守る。
非常に高価な兵器ではあるが、鹵獲したモノなら殆どタダだ。友軍を守れるならそれで良い。そのことはラーズにも理解できた。
さて、こうしてナミドに辿り着いたエイデン軍のハウンドは十五機。そのうち大型の箱型兵器ジャミング弾を装備した機が二機。武装補給コンテナを持った二機。そして残りは通常の武装だ。
その中で特殊部隊グルルドにラーズは所属、行動をしている。
グルルドの機体は全機紺色。ミネルヴァ機は金の装飾もある。ダグとマリアの機体は同型で、ヴェインを含めて合計で四機。
ともあれ、ヴェインは塗装を施す時間もなかったのでそのままだ。金属の色。つまりメタルグレー。よって傍目には酷く浮いている。
しかし、ラーズがこの部隊の中でやるべきことは何も変わらない。
「さて諸君、各機ここで散会し、ナミドの防衛戦力を潰す。グルルドの価値を戦場に示せ! とは言わん! 職務を真っ当せよ!」
ミネルヴァの号令でグルルドが、直ちに作戦行動に移る。
ミネルヴァのハウンドのガルムセージ、ダグとマリアがそれぞれ乗るリジル、そしてラーズのヴェインが一斉に動き出しガビア機と交戦する。
今回、グルルド所属の機体は全機武装は揃えられている。ビームライフルと物理のシールド、そしてシールド裏にビームソード。ヴェインにもエイデン軍の仕様のシールドが左腕に取り付けられた。
マリア機だけライフルが左手に、シールドが右腕に付いている。それは彼女が左利きだからだ。それ以外に、特段の差異はない。
四機は低空スライド飛行で滑るように移動し敵を射撃。ヴェインも含めそれぞれの機体が敵ハウンドを撃ち抜き撃破する。
その中でラーズですら気がついた。何故ミネルヴァが奇襲を急いだか。
「ハウンドのほとんどがガビア製。バザードは数えるほどしかいない」
ガビア製のハウンド、マクマドス。ツインアイが特徴のハウンドだ。ナミドを守る機体はこの機種が、実に八割近くを占めている。
ここは本来ファルファリアの基地だ。バザードを置いていないはずはない。だが、それは出撃すらしていない。扱いうる兵士がいないためだ。
「『愛は剣に勝る』──と言うだろう?」
「制圧と降伏は違います」
「確かに。だが捕虜もいずれは降る。よって、そうなる前に助け出す」
ミネルヴァがガルムセージを操り、敵機の胸部を撃ち抜いて言った。
一方のラーズもヴェインを駆って、攻撃を交わしつつ撃墜する。
「素晴らしい作戦だと思います」
「いやー。ま、俺はノーコメントでー」
マリアとダグも敵機を撃墜し、防衛設備を次々に破壊。
だが、グルルド以外の遊軍機に損害が出ることも避けられない。
基地にはハウンドの残骸たちが転がり、施設は壊れ燃えている。
元来、祖国の基地であるナミド。その基地に対して、破壊を尽くす。ラーズが愉快であるはずもない。はずもないが感情を切り離す。
機械のように──敵機を破壊する。焼き尽くし、敵兵を無力化する。効率的に。より効率的に。それが生存に必要なことだ。
事実、ナミドの戦力は低下し、戦況はエイデンの有利だった。
施設から現れたバザードも、戦況を変えうる力などない。
しかし戦況は変化した。たった四機のハウンドの力で。
「救援と聞いて駆けつけてみれば。さすがだね。バレザントの女豹は」
「バレザントの虎かと思います」
「女豹の方が、格好いいだろう?」
その指揮官機に乗る仮面男。
彼はただ愉快そうにそう言った。
2
救援機到着の数分前──
仮面の男と彼の部下たちは元ファルファリア基地の一つにいた。
早朝であれ、兵士である以上、命令に従う必要はある。だが、それはそれとしてあくびは出る。仮面をつけた男であろうとも。
男の名前はクロ・ブルーバード。金髪ボブヘアの軍人である。正確に述べればガビア帝国、諜報機関バーズ構成員。黒い仮面で顔を隠している、側から見れば不審な人物だ。
だが彼には複数の部下がおり、その内の一人を連れ立っていた。
「こんな朝から敵も熱心だね」
「クロさん……本当に行くんですか?」
「ああ、見捨てたらかわいそうだろう?」
「軍は完全に見捨てていますが」
その部下は救援に否定的だ。
部下のベイト・セクレタリは普通の、ごくごく普通の青年軍人。無論仮面など身につけていない。二十六歳。常識人である。
「仮に我々が向かったところで、ナミドを守り切ることはおそらく……」
「不可能だな。しかし、時は稼げる。基地からの撤退を支援する」
その彼はこの救援作戦に明らかな反対を表明した。
しかしそれはクロも理解している。している上で決断をしている。
クロは言うと自らのハウンドにワイヤーを使用して乗り込んだ。
バーズ所属の特殊部隊員が、操るハウンドには規定がある。ワインレッドに染められた装甲。翼を広げた鳩のエンブレム。この諜報機関とは思えない派手すぎる外観には意味がある。
クロはコクピットのシートに座り、ハウンドのシステムを起動させた。
そして、別のハウンドに乗り込んだベイトに対し通信を行う。
「私たちには裁量権がある。有効利用しても良いだろう?」
「特殊な作戦を行うために付与されていると理解しています」
「たとえば斬首作戦とかだろう?」
「ええ。友軍ですら知るべきでない」
ベイトの言う事は尤もである。
クロやベイトが階級を使って名乗らないのも機密保持のためだ。知られずに作戦を実行し、敵の意識に恐怖を刻み込む。
だが、その部隊の指揮官はクロだ。
つまり決定権はクロにある。
「そんなんだから我々は強面。仲間からも陰口を叩かれる。たまには普通に彼らを助けて、感謝されてもバチは当たらないさ」
「そこまでおっしゃられるのなら、私も出撃には同意します」
「まあそうむくれるなよ。ベイト君。後でカレーのレーションをあげよう」
クロはしかめっ面をしたベイトに言うとハウンドを歩かせ始めた。
「そう言うわけで諸君、出撃だ。友軍の撤退を支援する」
こうして計四機のハウンドが、屋外に出て次々に飛び立つ。
そしてナミド前哨基地に向かう。これが、ラーズ達には不幸だった。
3
ナミド前哨基地へと飛来するワインレッドカラーのハウンド達。
この四機が出現した事で、戦況は一気にカオスに落ちる。
「ベイト君は退路を確保して。残りは敵ハウンドを撃破する。目的は兵士たちの救援だ。彼らが離脱する時間を稼ぐ」
などと言っているクロのハウンドがスピードを上げて基地へと接近。付近にいたエイデンのハウンドを瞬く間に二機ほど撃破した。
驚くべきは稲妻にも見える、鋭さを持った運動性能。そしてそれを軽々使いこなす、神がかり的操縦の技術だ。
ジェネレータが発生する力場で、パイロットが感じるGは弱い。ほぼゼロだと言っても良いモノだが、それでも脳は混乱状態だ。
速度を維持しながら、ほぼ真逆の方向へと切り返す出鱈目さ。体を軸にした高速スピン。側宙。それらを織り交ぜた軌道。
もし常人がこんなことをすれば、たちまち混乱して墜落する。だが、クロは混乱をするどころか、その中で正確な射撃もした。
クロのハウンド・レイスはクロが乗り、操ることで力を発揮する。
武装はシンプルにライフルと盾。それで十分、敵を翻弄する。
その圧倒的な能力を持つクロが次の標的と決めたモノ。それが不幸にもその近くにいた、ラーズの駆るハウンド・ヴェインである。
この時点でラーズはこの敵機の恐ろしさをわかったつもりでいた。実際にはわかっていなかったが、それでも交戦する以外にない。
「化け物だが! 奴は撃墜する!」
「ほう? この機体は……レアモノだ」
レイスは稲妻のような機動で接近しつつ高度を下げてくる。
ラーズはライフルでレイスを射撃。接近の速度こそは緩めたが──
「どうやっても! 堕とせる気がしない!」
ラーズの偽らざる本心だ。
ラーズは確かに回避運動と比較して攻撃が苦手である。しかし仮に射撃が得意でも、この敵を捉えられる気がしない。
ハウンドが二機。パイロットが二人。そう違いがあるとは思えない。しかし、現実にはカエルとカラス──と、言えるほど能力に差がある。
それでもラーズはなんとかかんとかヴェインを操り反撃を交わす。低空でスピンし躱すヴェインの、側をビームが掠めて飛んでゆく。
それでも応戦をやめた瞬間、ラーズは熱と衝撃に飲まれる。故にライフルの引き金を引いた。必死に敵を狙って、闇雲に。
「よっ……と」
それをレイスが躱す動きを見て、ラーズはまた驚くことになった。
低空スライド飛行の最中、片足で地を蹴って跳躍する。それも側宙するような動きで。そこから稲妻の挙動に移る。
ラーズはこの動きを知っていた。整備のために研究したからだ。地を蹴る際の細やかなる動作。蹴った後に側宙をする動き。幾度もその動きを確認し、ハウンドの調整に苦心した。
『俺のクセだな。無理をさせすぎたか?』
かつてジル大尉がラーズに言った。
彼の言うように、彼がハウンドに強いる動きは凶悪たるモノだ。それ故、敵は対応できないが、機体には恐るべき負荷がかかる。
ラーズはその負荷を逃がせるように、あるいは耐えられるよう処置をした。ジルがかつて駆っていたハウンドに。全身全霊の努力を持って。
結果、動作不良を引き起こし──裁判にかけられる羽目になった。
それはそれとして目の前の敵に、ラーズは対処しなければならない。
「ジル大尉!? 他人の空似とは……!」
「狙いが正確になってきている」
知っていれば動きの先は読める。
困惑しながらでも不思議なほど、ラーズは動きを予測できていた。
だが、ラーズの予想が正しければ、相手は百戦錬磨のエースだ。容易に勝利できるはずもない。ラーズは直ぐ思い知る事となる。
「なら、選択肢を潰させてもらう」
レイスがヴェインの射撃を交わして、基地の床に向かってダイブした。
そして着地と同時に床を蹴り、ヴェインに向かって突撃してくる。
ラーズはヴェインのライフルを発射。これを迎撃しようとしたのだが──結果から見ればこれは罠だった。
「ここだ」──レイスは体を捻って、その上でスラスターを起動した。
胸の上部分にあるスラスター。前方に向け噴射されるモノだ。つまり体は後ろにそらされる。ただし、レイスは無理に横を向いた。
結果、ラーズが目撃をしたのは信じられない姿勢のハウンドだ。
相手は膝を九十度折り曲げ、のけぞった状態になっていた。いや、膝から上の機体はもはや地面とほぼ水平になっている。地面に接触していないものの、寝ていると言う表現が正しい。
問題なのはこの姿勢のままで、ヴェインに近づき続けていたこと。そしてこの姿勢になった理由が、回避運動であったことである。
ヴェインの射撃を躱しつつ、尚ヴェインに対して接近する。右手に持ったライフルの銃口、それをヴェインに対して向けながら。
マズい──ラーズの脳内はここから超高速で回転を始めた。今までよりも更にということだ。世界がスローモーに感じられる。
だが、スローモーに感じたところで決定的な解決策が無い。
ライフルの発射間隔はおよそ一秒弱で短縮はできない。ライフルを捨てて、ソードを引き抜き、切り付ける? 間に合わないだろう。残された武器の頭部バルカンもハウンドには貫通力不足だ。
となれば、ラーズの取りうる手段は、回避かあるいはシールドで防御。つまりは敵がやったことと同じ。それをラーズがやってのけられるか?
敵はまだ接近を続けている。銃口をヴェインへと向けたままで。回避するにせよ、防御するにせよ、しくじれば確実にあの世行きだ。
しかし、幸い、レイスが引き金をヴェインに向けて引くことはなかった。
「おっと? 横槍か……。無粋だな」
レイスがのけぞっている状態で、両足で地を蹴って舞い上がる。背部メインスラスターも起動し、一瞬でだ。それにはワケがあった。
遠距離から発射されたビームがレイスの居た地点を貫いた。レイスが飛び上がっていなければ、直撃を受けた可能性がある。
「あそこから躱すか。あのハウンド」
「女豹自らのご参戦とはね」
レイスを狙い撃ったのはミネルヴァ。彼女のハウンドのガルムセージだ。
どのような強者であれ、勝利を確信した瞬間、隙ができる。そこを正確に狙い撃ったのだ。しかし、それでも仕留められなかった。
ともあれ、ラーズがこの援護により命拾いをしたことは事実だ。
だが、状況は好転していない。この敵を前にしている限りは。
「貴女を殺せば士気も低下する」
その敵であるクロはターゲットをヴェインからガルムセージへと変えた。
指揮官であるミネルヴァを殺せば、戦況はガビアに傾くだろう。
そんなことは馬鹿でも思いつく。問題はその実行能力だ。
「ちい!」
数発撃ち合いした結果、ガルムセージのライフルが壊れた。
ライフルに光線が命中し、一瞬で主要な部分を溶かす。それでも、不幸中の幸いだ。直撃を受けるよりはずっと良い。
「少将! 後退を!」言いながら──ラーズはクロのレイスを狙い撃つ。
たとえ撃墜ができないとしても、楽に攻撃をさせてはならない。
非常に、絶望的な状態だ。ラーズは内心そう思っていた。
しかし、事実は想定と異なる。敵機はレイス一機だけではない。
「クロさん! 限界です! 撤退を!」
ベイトがクロに対しそう言った。
続いてバーズに所属する機体、その一つがソードで斬り裂かれる。
ベイトの乗っている機体ではなく、あくまでクロの部下が乗る機体だ。
そのちょうど腹部に当たる部分が横一線に斬られ胴が落ちる。
「グルルドを舐めるなっていうことだ!」
やったのはダグ少佐の駆るリジル。右手に持つビームソードで斬った。
残されたバーズの機体は三機。それを知ったクロは決断をする。
「熱くなりすぎたか。撤退する! 全速で領域から離脱せよ!」
その言葉で、バーズ所属機体は一斉に飛び立って撤退した。
クロのレイスも少し牽制し、その後同じくナミドから飛び去る。
彼らの目的は撤退支援。エイデン機の殲滅などではない。
その目的は達成されていた。それは部下のベイトが証言する。
「で、友軍は撤退できたかな?」
「はい。まあ。ジープで八台以上は」
「それはよかった。部下一人やられて、成果なしでは流石にやるせない」
ベイトが確保していた地点には地下施設からの脱出路があり、そこから出てきたジープや兵員輸送車が森林に逃れていた。
無論、追撃される危険もある。だが、ミネルヴァはそれをしないだろう。
事実、ミネルヴァ少将は味方に、エイデン機に新たな指示をした。
「全機追撃はいい。ナミドを獲る。残存する敵戦力を潰せ。地表部分を確保でき次第、歩兵を基地内に突入させる」
少将による指揮は的確だ。文句のつけようなどありはしない。
だが、ラーズにはやるべきことがある。危険だが、一瞬で終了する。
「あれがジル大尉かを、確かめる」
ラーズはコクピットの内部にあるコンソールを操作し、送信した。
「ほう? この形式は。面白いな」
それを受け取ったクロは驚くが、仮面で表情は隠されている。
その仮面の下は何者なのか? 気がついたのはラーズだけではない。
「少将! 無事ですか?」
「問題ない。たかがライフルを失っただけだ」
ミネルヴァはまず、マリアへと答えた。
そして次にダグにも回答する。
「いやー、とんでもない奴でしたね」
「あれは、ファルファリアの……亡霊だ」
「亡霊?」
「ああ。死んだと聞いていたが、地獄から蘇ってきたらしい」
ミネルヴァは言ってため息をついた。
未だ戦闘は終わっていないが、ナミドの運命は決定された。だが、当初想定されていたより激戦となったのは間違いない。
地に倒れ伏すハウンドの骸が、その事実を静かに語っていた。
4
人がどのように殺し合おうとも、自然の営みには変化がない。
ラーズはナミドでの激戦の後、ベルノー地上基地に帰還した。それから数時間が経過して、現在は深夜の十二時となる。
太陽は地平線に吸い込まれ、虫たちは求愛の歌を歌う。
そんな時分、ラーズは自室でなくヴェインのコクピットに座っていた。
昼に戦ったあの敵が──ジル大尉か確かめねばならない。そのためにこの時間、定められた周波数で通信を試みる。
ナミドで敵が撤退した時に、ラーズが指定をしておいたものだ。ファルファリアの暗号化通信で。ジル大尉なら解読が可能だ。
そしてついにその時刻が訪れ、ラーズの元へと通信が届く。
「驚いたよ。本当に君とは」
モニターに映し出された人物。彼は黒い仮面をつけていた。
しかし声でもある程度はわかる。それでも、外させるべきではあるが。
「ええ。大尉はお洒落になられました」
「おっと、すまない。これを忘れていた」
そこで、ラーズが促すと相手は、意外にもあっさり仮面を外す。
黒い仮面の下から現れた顔面は果たして──予想通り。見覚えのある青年の軍人。髪型は違うが、金髪である。彼こそはファルファリア軍のエース、ジル・トランペットその人であった。
彼はラーズの整備ミスによって、戦闘中にその姿を消した。軍にとっては死と同等である。
しかし、彼は事実生き延びていた。それもガビア軍の軍人として。
「どうかな? 君の考えた通り、私はジル・トランペット大尉だ。と、言ってもその名は捨てている。今の名前はクロ・ブルーバードさ」
彼はクロ・ブルーバードと名乗った。
だが、ラーズにとってはジルのままだ。そしてそのジルには質問がある。
もし、ラーズが政治に長けていれば言葉遊びで罠を張っただろう。だが、ラーズにはそんな技はない。故に、ただ実直に問いただす。
「ジル大尉……貴方は機体が壊れ、行方不明になったと聞きました」
「ふむ。確かに。しかしそれは演技だ。おそらくは君が予想した通り」
するとジルはそれに対し答えた。
彼も茶化したりせず真剣にだ。だとしても許されることではない。
「ガビアに寝返るため、芝居を打つ。行動としては理解できました」
「感情としては理解できないと?」
「ええ。私も貴方も軍人です。軍人である以上、裏切りなど、何者であれ決して許されない」
ラーズはジルの行動の煽りで、罪に問われ結果今ここにいる。
だが、それは重要なことではない。軍隊という大きな組織には。
問題はジル大尉が裏切って、ガビア軍に尻尾を振ったこと。これは銃殺刑にも値する、軍人としては最大の罪だ。
「しかし君も今はエイデンにいる」
「ファルファリア軍が降伏したので」
「確かに。なら私にも罪はない。罪に問う者など存在しない」
ジルの言い分にも一理はあるが、ラーズには納得はできなかった。
よってこれからなされる提案もラーズが承諾することなどない。
「そこでだ、もしも君が望むなら、ガビアに来てはもらえないだろうか? パイロットでも整備士でもいいし、待遇はこの私が保証する」
ジルは痛いところをついてくる。
ラーズがパイロットをしているのも、エイデン軍に身を置いているのも、自らが望んでのことではない。
しかし、それでもラーズは軍人だ。
それに、ガビアとて信用できない。戦場にいるラーズは知っていた。何も信用できないならせめて、自らの決定は遵守する。
「そのお気遣いは痛み入りますが、私はエイデン軍の少尉です」
「君のその真面目さには驚くよ。だから得たかったのだが、仕方ない」
ラーズが誘いを断ると、ジルは残念そうに息を吐いた。
それで、ラーズの要件は終わった。だが、ジルの話は終わっていない。
「なら、せめて忠告を聞いてくれ」
ジルは優しげな声でそう言った。
そして続ける。ラーズには理解が、及ばない真偽のわからぬことを。
「君の扱っているその機体。それはシャーマン計画の遺物だ。早々に手放した方がいい。深入りすれば、命にも関わる」
「シャーマン計画とは?」
「言っただろう? 深入りすれば命に関わると」
ヴェインの情報は軍事機密だ。故に、ラーズも詳細は知らない。
ただ乗ることを強要されただけ。よって今、判断のしようがない。
「気には止めておきます」
「それで良い。では、もう出会わないことを祈るよ」
ラーズがいうとジルはそう言って、通信を完全に切断した。
ラーズは知りたかった真実を、無事に知ることができたというのに──どのような感情を持てば良いか? 今のラーズには処理できなかった。
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