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ベルタ戦記 〜整備長が整備を辞めるとき〜  作者: 谷橋ウナギ


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第四話 『蠢動』


    1


 二十機余りのハウンドの群れが、青い空を切り裂いて飛行する。その攻撃目標は帝国に奪取された地上基地の一つだ。

 ナミド前哨基地──その規模は、ベルノー地上基地に匹敵する。それ故に、戦闘は苛烈となり、激烈なる砲火が交わされる。


 ラーズはまさにその戦場に在り、ヴェインで前哨基地に降り立った。対空砲火を掻い潜り、防衛機を射撃、撃ち抜きながら。


「臆するな! ガビアを叩き出せ! ナミドをエイデンの手に取り戻せ!」


 ミネルヴァが兵たちを鼓舞している。

 彼女はこの作戦の立案者、同時に指揮官をも務めていた。


 ベルノー地上基地の激戦から、三日で実施された強硬策。

 その準備は一日で行われ、とても従前だとは言えなかった。


    2


 前日。ラーズはミネルヴァによって地下格納庫に呼び出されていた。

 その服装は指定されており、黒い軍服に身を包んでいる。戦闘機パイロットが着るような、ゴツいと言っていいような軍服。

 当然、ラーズは着慣れない物だ。整備士の服が性に合っている。


 格納庫では多くの整備士が慌ただしく職務をこなしており、ラーズは彼らを羨ましそうに眺めながら指定地点に歩く。

 そこには既に、ラーズと同様の軍服を纏ったミネルヴァがいた。


「存外、似合っている」

「光栄です」


 そのミネルヴァに冗談を言われて、ラーズは敬礼してそう返した。

 今やラーズは彼女の部下である。彼女に従うことこそ職務だ。軍人とはそういう物であり、規律は保たれなければならない。


 もっとも、その規律を定めるのは軍の上位に座る存在だ。ラーズはこの一日のやり取りで、その真理を思い知ることとなる。


 ラーズが出頭したその直後、一両のジープが近づいてきた。広大な地下格納庫を走り、効率的に移動する手段だ。

 そこから、ラーズ達と同じ服の軍人が計二人降りてくる。


「はっはー! お久しぶりです、少将!」


 一人はスキンヘッドの大男。

 サングラスで瞳こそ見えないが、いかにも陽気そうな人物だ。


 軍人としてこのようなタイプは特別珍しいとは言い難い。

 ただし、もう一名は別だった。ラーズが呆気にとられるほどには。


「グルルド所属マリア・アキレウス。命令に応じ参上しました」


 マリアと名乗った彼女の見た目は十五、六歳程度に見て取れた。

 ふわりとした金の長髪をもつ、場違いなほどに美しい少女。完全に軍服に着られている。不可思議な存在と言えるだろう。


 だが、二人は幻などではない。そのことをミネルヴァが証明する。


「ダグ少佐、それにマリア大尉、良く私の元に参じてくれた」

「呼ばれれば地獄でも駆けつけます!」

「はい。共和国の栄光のために」


 ダグとマリアがミネルヴァへと言った。

 そしてラーズはその様子を眺め、情報を脳内に刻み込む。


 二人の階級、性格、能力。その全てがラーズには重要だ。

 味方として、あるいは敵として、情報は生存の助けとなる。


 無論、可能であれば良好なる関係を築く事が望ましい。だがラーズは元ファルファリア兵だ。それを果たしてどう伝えた物か?


「うむ。そんな君たちに朗報だ。グルルドに新顔が加わった。紹介しよう──ラーズ・ベリリュート。元ファルファリア軍のパイロットだ。階級は君たちの下の少尉。だが、優しく接してやるように」


 心配する必要などなかった。

 ミネルヴァがラーズの出自について、早速ぶちまけてしまったからだ。


 それでも、ラーズが自分の言葉で自己紹介をする必要はある。


「改めまして、元ファルファリア軍、パイロットのラーズ・ベリリュートです。新参者の身分でありますが、共和国と軍に身を尽くします」


 生き抜くためには今の立ち位置で、軍務に邁進する以外ない。

 天涯孤独のラーズではあるが、先日祖国すらも失った。ラーズには逃げ帰る場所もない。ならばここで足場を築くまでだ。たとえ昨日の敵と協力し、昨日の仲間と殺し合おうとも。


「まあまあ! そんな硬くなりなさんな! 考えすぎると頭が禿げるぞ?」


 そんなラーズの肩をバンバンと、ダグ少佐が両掌で叩く。


 一方、マリア大尉はラーズへと警戒心を抱いているらしい。

 右の拳を胸の前に置き、ラーズを探るように見つめていた。


 しかし、ミネルヴァはそんな様子など気にかけずラーズ達に指示を出す。


「さて、顔合わせも終わったところで、ダグは私と一緒に来てもらう。その間マリアは……まあそうだな、ラーズ少尉に教えを乞うといい。彼は元ファルファリア整備兵だ。ここにある兵器には慣れている」


 雑に指示を出した風ではあるが、その実理に適った命令だ。

 ベルノーに存在するハウンドの何割かはファルファリア製である。それを扱うのには知識がいる。乗るにも、整備するにも、バラすにも。


 無論、これは軍事機密であって本来解説など許されない。だが、今は解説せざるを得ない。たとえ裏切りと取られるとしても。

 幸い、ラーズは軍法会議で裁かれた経験を持っている。その結果はご覧のとおりだが、また同じ事があれば役にたつ。


「そういうわけだ。ダグ、ついてこい」

「へいへいっと。じゃあ少尉、また今度」

「このジープは私が運転する」

「シートベルトってついてましたっけ?」


 二人は掛け合いを楽しみながら、ジープに乗り颯爽と立ち去った。


 ラーズは取り残された形だが、命令は遂行せねばならない。


「あの……ラーズ少尉。どうしましょうか?」

「整備済みのハウンドを借ります。実物があった方が良いでしょう。それをお見せしつつ説明します」


 ラーズは即行動を開始した。マリアはまだ困惑していたが、呆けているわけにはいかなかった。


    3


 FHM―092Lバザードはファルファリアのハウンドだ。頭部に並んだ三つのカメラが特徴的と言える人型機。

 ベルノーに配備されている物は、加えて森林迷彩であった。つまり緑色系マダラ模様。全てではないが大抵はそうだ。


 この地下格納庫にはバザードが、まるで石像のように並び立つ。ラーズはマリアと共にその内の、借りられた一機の足元にいた。


 ラーズは手近にいた整備兵に機体を借りられるか聞いたのだが──


『は! 今すぐに用意いたします!』


 意外なほどすんなりと借りられた。

 ラーズからはその兵士がラーズを恐れているように感じられたが、その理由は全くわからない。わからないが問題はないはずだ。


 少将に命令された以上は、エイデン軍正規の任務である。ラーズはこの任務を完遂する。それがラーズが生存する道だ。


「これはファルファリアのミツメですよね?」

「正式な名称はFHM―092Lバザードです。Fはファルファリア、Hはハウンド、Mは量産、Lは地上型。092は型式番号で、正式なハウンドの連番です」


 そこでラーズはマリアへと答えた。

 マリアはまだ警戒しているのか、それとも他に思惑があるのか、極端に消極的にも見える。

 よって、ラーズが進めねばならない。。


 ラーズは近くにあるキャスター付きコンピューターに向かって手を伸ばす。正確には収納もついている通常整備用ツールキットだ。その一番上の引き出しを開け、タブレットPCを手にいれた。


 そして、ラーズは慣れ切った手つきでそれを起動、パスワードを打ち込む。


「パスワードは……? 以前のままか。だが不用心とは責められないな」


 するとタブレットのロックが外れ、普通にホーム画面が現れた。

 ラーズが打ち込んだのはパイロット、整備兵共用のパスワードだ。それもファルファリア時代のものだが、問題なくログインできている。


 おそらく、パスワードを変更する余力もベルノーにはないのだろう。事実、今もこの地下格納庫で整備兵達が駆け回っている。


 ともあれ、ラーズの手間は省かれた。ラーズはタブレットを操作する。そしてそれをマリアに見せながら、本格的解説に移行する。


「この画像がバザードを二次元に落とし込んだ平面図となります。お聞きになりたいことはありますか?」

「えと、ではエイデン機との違いを……」

「差異はさほど大きくはありません」


 ラーズが見せたのは正面、背後、それぞれからバザードを描いた図だ。

 その図に対しタッチペンを用い、ラーズはポイントを書き込んでゆく。


「まずはサブセンサーの位置が黄色。サブスラスターの位置が……赤色」

「ジェネレーターは?」

「腹部に位置します。出力は七千二百TPF。誤差範囲二百TPF。出力臨界までおよそ二秒」


 この時のラーズは自分自身が驚くほど多弁になっていた。

 水を得た魚とはこのことだろう。整備兵とはやはりオタクなのだ。


「精製ベルタイト・コアのサイズは従来機の四分の三ですが、エネルギーのロストを減らすことで出力の値は上がっています」


 解説はジェネレータの出力へ。


「力場の瞬発力も向上し、低空スライド移動が安定。回避運動の反応速度も、従来機より改善しています」


 そしてハウンドの運動性能。

 なお低空スライド移動とは──ハウンドのよく使う機動である。ハウンドは力場とスラスターとの合わせ技で難なく飛行できる。だが、無駄に飛んでも撃ち落とされる。そこで地面スレスレを移動する。


「鹵獲されたエイデンのハウンドを解析、比較テストもしましたが、少なくとも反応性においてバザードは勝るとも劣りません」


 と、ラーズは勢いに乗りすぎてここで重大なるミスを犯した。

 一つはエイデン機を鹵獲したとマリアに対し言ってしまったこと。もう一つはバザードの性能を誇るような発言をしたことだ。


 無論、ラーズは技術者であるので客観的視点に立っている。しかしエイデン軍人からすれば、面白くない話に違いない。

 それに気づいたラーズの脳内が超高速で思考を開始する。だが、マリアが次に言った言葉でその脳内はさらにカオスとなる。


「なるほどです。参考になります」


 彼女はラーズの失言を無視し、むしろ作り笑顔でそう言った。

 マリアが何を考えているのかラーズには全くの謎である。しかしそれでも思考を読むべきだ。読めないものには危険が伴う。


 そこでラーズは可能性を三つ、自らの頭脳から捻り出した。


 一つ、彼女は内心怒ったが卓越した演技で隠し切った。

 二つ、彼女はラーズの発言をそもそもあまり聞いていなかった。

 三つ、彼女はラーズの想定を超越した危険人物である。


 どれが正解であるにせよ、ラーズには判断のしようがない。

 そしてたとえ危険を感じても、解説は続けねばならない。


「ラーズ少尉? どうかしましたか?」

「いえ、なんでもありません。続けます」


 これ以降、ラーズは慎重となり言葉を選んで仕事を続けた。

 しかし、根本的な脅威には──ラーズはまだ気づけていなかった。


    4


 情報管理室は一日前、ミネルヴァが映像を見た部屋だ。

 ラーズ達と別れたミネルヴァは、再びこの部屋へとやってきた。


 中ではまたアインが待っており、とある映像を確認している。しかしミネルヴァに気がつくと、素直に一つ疑問を口にした。


「ダグ少佐が一緒にいたのでは?」

「奴には仕事を押し付けておいた」


 するとミネルヴァはその疑問を受け、笑顔でアインに対しそう返す。

 実のところダグの仕事の方がエイデン軍にとっては重要だ。だが、ミネルヴァはあえてここにきた。それには政治的な理由がある。


「で、どうだ? 二人のお見合いは?」

「情報工作……の間違いでは?」


 そう言ったアインは不機嫌だった。


 彼のこういう態度は珍しい。だがそれにも特別なワケがある。彼の前のコンピューターに映る、景色がその元凶となるものだ。


『なるほどです。参考になります』


 と、映し出されたマリアが言った。

 この映像は監視カメラによりラーズとマリアを隠し見るものだ。音声もラーズの服のボタンについたマイクで盗み聞きしている。


「マリアには、『ラーズの持つ情報は貴重である』と暗に伝えてある。可能ならその情報を得るため、ラーズと友好を深めろともな」

「ラーズ少尉には?」

「もちろん秘密だ。その方が面白……うまく運ぶ」


 ミネルヴァが実行した作戦は一見、非効率的にも見える。

 しかし、実のところは巧妙だ。無論、成功すればの話だが。


「マリアにラーズを監視させ、ラーズからマリアの情報を得る」

「趣味が悪いとしか思えませんが」

「諜報とはそういうものだろう?」


 ハニートラップにも代表される人を介し情報を得る手段──ヒューミントと呼ばれるその手段は現代でも未だ有効である。

 強固なセキュリティも権力も、成功すれば意味をなしはしない。愛、友情、恐怖、焦燥、正義。感情が情報を吐き出させる。


「第一、君もあのアキレウスにはさんざ苦杯を嘗めさせられている」

「あくまでも……彼女の実家にです」

「そうだが、面白くはないだろう?」


 ミネルヴァは言って脚を組み替えた。

 まるで悪女を演じているようだ。事実、悪女であるのかもしれない。


 しかし、ミネルヴァにも思惑はある。正しいと信じている事柄も。


「アキレウス家はバレザントにおける腐敗の頂点だと言っていい。マリアはその最高傑作だ。広告塔として極まっている」

「完璧な容姿。明晰な頭脳。聖人すらも舌を巻く善性」

「その上、家が陰からサポートだ。勝てるライバルでもゴミ箱に行く」


 ここでミネルヴァは顔を曇らせた。

 正確には、眉間に皺を寄せた。


「だからマリアは私の下に来た。グルルドなら奴らの部下はいない」

「それは……初耳です」

「そうだろう? 天才にも悩みはあるものさ」


 ミネルヴァがタバコを吸うタイプなら、ぷかぷかと吹かし始めるところだ。

 だが、ミネルヴァはタバコ嫌いである。よってチョコレートバーを頬張った。


 一方、アインは未だ混乱し、真っ当なる疑問をぶつけてくる。


「それなら何故、彼女に諜報を?」

「今のはあくまで彼女の主張だ。私は完全に信じていない。だから、確かめるために利用する」


 スパイか確かめられるのなら良し。情報を得られるなら更に良し。

 ラーズにもちょっかいをかけられる。だが、アインが懸念を表明する。


「しかしそううまく運ぶとは……。ラーズ少尉はお堅く映ります」

「男は生娘が好きなのだろう?」

「一概に言えないと思いますが」

「私も生娘だが?」

「は!? それは……」

「狼狽えるな。ただの冗談だ」


 人を揶揄うのが彼女の趣味だ。それは否定のしようのない事実。

 だが、ミネルヴァはここで目を細め、急に軍人のような顔をする。


「それに、ここに篭っていた方が、明日の作戦についても隠せる」

「元ファルファリア兵の一部には、裏切りを画策する者もいる?」

「そう言うことだ。奪還作戦を知れば敵も守りを固めてくる」


 情報は時に兵士の多寡より強大な影響を発揮する。

 それは敵にとっても同じことだ。ゆえに情報は秘匿されている。


「だから部下への指示はダグ任せだ。奴も作戦の詳細は知らん」

「少佐なら予測はつきそうですが?」

「まあそうだが、それはどうにもならん」


 そこまで言ってミネルヴァは再び、ラーズ達の映るモニターを見る。


「しかしまあ……なんとも動きがない。結婚する時には老い果てるぞ」


 その様子を確認した彼女は、大袈裟にため息をついてみせた。


    4


 そして決行の時は来た。

 朝特有の清らかな冷気が、集められた兵士の芯を冷やす。彼らはまだ作戦を知らないが、緊張により表情は険しい。


 その彼らにコクピットの中から、ミネルヴァが激しい演説を打つ。


「聞け! エイデン軍の精鋭よ! 我々はこれよりナミドに対し、奇襲奪還作戦を仕掛ける!」


 極端に堂々とした態度で、兵達に動揺が無いように。


「貴様らには青天の霹靂か? だがそれはガビアにも同じこと! 後はどれだけ勇を示せるか! 貴様らにならそれができるはずだ!」


 冷え切った兵士たちを発火させ、内に眠るエネルギーを引き出す。

 ミネルヴァ・ザグ少将はそれを成す。兵士たち以上の熱量を持ち。


「さあ雄叫びをあげよ、戦士達! 帝国の弱兵を殲滅せよ! 我らにあるのは勝利のみ! その勝利を自らの手で掴め! ミネルヴァの名において宣言する! ナミド奪還戦を開始する!」


 ミネルヴァが指示すると兵士達が、大気を震わす雄叫びを上げた。

 そして各々仕事に取り掛かる。一斉に。まるで嵐のように。


 それをコクピットの中で見ていた、ラーズにもついに命令が下る。


「では、グルルドの諸君。出撃だ。本日も我らの武勇を示す」


 そう言ったミネルヴァのハウンドが、数歩歩いて蒼穹に飛び立つ。

 ラーズはヴェインにてそれに続いた。他、二機もだ。作戦が始まった。


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