第三話・下 『思惑』
3
人間の運命というものは、本人の知らぬ場所でこそ決まる。
ラーズとの交渉を終えた後、ミネルヴァがどこで何をしていたか。そこにラーズの人生を変えうる重要な要素が含まれていた。
ベルノー地上基地にある小部屋にカードキーで開き入るミネルヴァ。その中には多数のコンピューター、そしてモニターが設置されている。
更にそれら機械類を用いて作業を続けている部下が一人。金髪で軍服を着た青年。それはアイン・ベールマンであった。ミネルヴァ少将直接の部下で、ラーズの財布を盗った者である。
「少将。お早いお帰りですね」
「ああ、存外素直なやつだった」
「堅苦しい男に見えました」
「私の色香に屈したのかもな?」
ミネルヴァはアインに対し言った。
一方、アインは一度立ち上がり、敬礼をしてミネルヴァを迎えた。しかしすぐに椅子へと座り直し、キーボドの上に両手を戻す。
「で、どうだ? 例の情報は?」
「は。諜報部より受け取りました。尋問中の映像となります。この場で直ぐご覧になりますか?」
「見ない理由はない。流してくれ」
「は。それでは再生いたします」
そしてミネルヴァはアインの後ろで前方のモニターを覗き込んだ。
すると、アインが機械を操作して映像をモニターへと映し出す。
尋問用の部屋を上方から撮影した監視カメラ映像。写っている人物は二人だけ。軍人と囚人服の男だ。
無論、軍人が囚人に対し尋問をするという構図である。
再生されたのは、その尋問が開始されてしばらく経った地点。故に退屈する心配はない。必要な部分のみが流される。
『それでは次の質問へと移る。ファルファリア軍の研究計画、シャーマン計画についてだ。話せ』
尋問官は職務に忠実で、淡々と男へと問いかけた。
一方、捕虜の男は作戦の名前を聞いて顔が青ざめる。まるで目の前に悪魔が現れ、殺される寸前のような顔だ。
通常、隠すべきことがあっても人は表面上は取り繕う。しかし、その様子すら見られない。これはやや異質なことだと言えた。たとえ長時間の尋問により、捕虜の男が疲弊していてもだ。
『君たちは何も理解していない。人には逆らえない摂理がある』
それでも何かは言わねばならない。
捕虜の男は震えながら言った。
だが、それで尋問は終われない。これは尋問官の職務なのだ。
『話したくないならばそれで良い。ただ、もう少し具体的にしろ』
『無理だ! 天は全て見られている! 我々ががががががあああ!!』
しかし、結局尋問は終わった。
捕虜の男の体が痙攣し、その意識が絶たれたためである。
当然映像も終了であり、アインがそこで一時停止させる。
「以上です」
「奴はどうなった?」
「諜報部によれば死亡しました」
「死因は?」
「現在調査中です。ただし、現時点では自然死と……」
そして、ミネルヴァの疑問に答えた。
しかし、それで解決はしていない。
「これが自然死ならロケット弾で吹き飛んでも自然死と言うことだ。赤子ですらも毒物を疑う。あるいは電子機器によるものか」
「だとしても検知は難しいかと。特別な技術かも知れません」
「だが、ますます興味が湧いてきた。隠されれば暴きたくなるだろう?」
ミネルヴァは言ってニヤリと笑った。
さて、このシャーマン計画であるが、ラーズと密接に関わっている。
「あのラーズに与えられたハウンド。ヴェインはこの計画の産物だ」
「なら、調べれば何か出るのでは?」
「それがこの件の不思議なところだ」
アインが思いつくようなことなど、ミネルヴァが試さないはずはない。
つまり調査は行われているが、結果は暁光とは言えなかった。
「昨夜部下によって調べさせたが、ハード面で特異なところはない。運動性や操縦性能が多少高められてはいるらしいが、せいぜい言ってカスタム機程度だ。機密にするような兵器ではない」
「それなのに隠蔽はされている」
「ああ、だから、あの男を部下にした」
だが、ミネルヴァは諦めてはいない。そのことは誰にも明らかだった。彼女の愉快そうな表情と、口調が如実に物語っている。
「ヴェインにはラーズ以外の操作を弾くようロックがかけられている」
「そのような物はフィクションだけかと……」
「だが事実ある。よって炙り出す」
ミネルヴァの目つきはまるで獲物に狙いを定めた猛禽のようだ。
その爛々と輝く瞳には部下のアインですらも気圧される。
「あれを側に置き戦場に出せば、隠された物はいずれ暴かれる」
「失われる危険性もあります」
「その時は──それまでということだ」
最後に『もう少し調査を頼む』──そう言ってミネルヴァは部屋を出た。
以上がラーズの命運を握る、数多ある情報の一つだった。
4
光度を下げられたライトの下で、木がナイフによって削られてゆく。
その日の夜。ラーズは与えられた個室の中で夜を迎えていた。地下室であるため窓などはなく、虫や動物の声も聞こえない。
そんな環境でベッドに腰掛け、ラーズは木をナイフで彫り続けた。
目指す物は四足の哺乳類。颯爽と駆け抜ける馬の像だ。その完成図を思い描きつつ、器用に木の塊を彫っていく。
ラーズは心を落ち着けたい時、彫刻をする趣味を持っていた。子供の頃、ジャンクパーツを加工、修理するために身につけた技術。それが今では精神統一の手段となり、ラーズを支えている。
だが、今日はその精神統一も心を鎮めるには不足だった。
「ダメだな。これ以上続けても」
ラーズは彫刻をやめ、持っていたナイフと木を枕元へと置いた。
ナイフは当然鞘へと収めて、抜けないようロックをした上でだ。
そしてそのままベッドに寝転がる。
しかし当然、眠れるはずもない。
戦地に在る以上、常に命が失われるという緊張はある。
だがそれを上回るざわめきが、神経を昂らせ眠らせない。
「何かが起きると感じられるのは、事実、何かが起きるからである。いつか聞いたことわざだが、真だな。せめて生き延びられることを願う」
ラーズは独り言を呟くと、両目を閉じ無理やり眠りにつく。
せめて体を休められるように。脅威に対し備えられるように。
第三話の後編です。感想評価お気軽に〜。




