第二話 『隷属』
1
軍による刑罰は免れた。極限の戦闘を生き延びた。それでもここが戦地である以上、安寧を手に入れることはない。特に、今ラーズを取り巻いている状況は混迷を極めていた。
十六時五十二分。大空が青く見える最後の時間帯。資源惑星ベルタでも時間は二十四時間に定められていた。一分が七十二秒だという違いはあるが、たったそれだけだ。故に間もなく夕暮れ時となり、空は茜色へと変わるだろう。
ラーズとしては一度帰還して、上官の指示を仰ぎたい所。しかし、現実には木々の間にハウンドをしゃがませて隠している。
その理由はコクピットの通信機能によって繰り返されていた。
『ベルノー地上基地所属機に次ぐ。我々はエイデン共和国軍。諸君らの所属するファルファリアは本日降伏し、消滅した。諸君らは所属の基地に帰還し、新たなる命令を受諾せよ』
「何度確認しても通信は……正規の方法で送られている。ベルノー以外の基地も同様に。真実だと考えざるを得ない」
ラーズはコクピットシートに座り、スパウトパウチ入りの水を飲んだ。
水はカルキ臭くはあるのだが、心を落ち着ける助けにはなる。
貧困の中に生まれたラーズに国家への忠誠はあまりない。だが、軍人としては真面目である。故に、人並みには動揺がある。
しかし軍属である以上、命令に背くことは重罪だ。
「もし今基地へと帰還しなければ、また軍法会議にかけられるか」
よってラーズは帰還するべきだ。たとえ酷いリスクがあろうとも。
ラーズは乗機のハウンド・ヴェインを飛び立たせ、一路基地の帰路に着く。
無論、基地の管制に通信で連絡を取ることも忘れない。
「こちらベルノー地上基地所属、ラーズ・ベリリュート軍曹だ。これよりハウンドにて帰還する。ルートのデータを転送されたし」
「受信した。ベルノー地上基地だ。ルートを転送する。確認を……」
「ルートを確認した。感謝する」
会話は通常通り。指示されたルートにも特段問題はない。
しかし、ラーズが感じたストレスは常軌を逸するレベルだと言えた。
基地に近づけば対空砲火で撃墜される危険性がある。仮に格納庫に辿り着いても、ハウンドに囲まれるかもしれない。
ヴェインの武器はライフルとシールド。一応は応戦も可能だろう。だが、所詮は単騎のハウンドだ。戦闘能力には限りがある。
「目標の格納庫を視認した」
ベルノー地上基地は広大な、小さな町ほどもある基地である。灰色の床。並ぶ軍事施設。そしてエイデン軍所属ハウンド。まだ確実とまではいえないが、敗戦を裏付ける証拠となる。
エイデン軍のハウンドと即座に撃ち合いになってもおかしくはない。しかし、幸いそうはなっていない。少なくとも無事に着陸できた。
「鬼の口に飛び込む気分だが」
ラーズはヴェインをそのまま歩かせ、指示された格納庫へと侵入。目標地点に直立させると、コクピットを開けワイヤーで降りる。
すると、当然のように複数の銃を持った兵士が待っていた。外見からもエイデンの兵士だ。今朝まで殺し合っていた相手だ。
敗残兵の末路というものは悲惨であるとされることが多い。蜂の巣になるのか、リンチにあうか、冷たい収容所で餓死するか。
最善の決断をしたとしても、死を避けられぬことはざらにある。もっとも今、ラーズにできることは両手をあげて待つことくらいだが。
「道を開けろ! 私が対処する!」
そんなラーズの前に現れた、金の髪をもった若い軍人。女性的な顔だが男だろう。ラーズの命運を握る男だ。
彼が首の動きで指示すると、兵士の一人がラーズに近づく。幸い、乱暴するためではなく、ボディチェックを行うためだった。
「クリア。武器は確認できません」
兵士はラーズを撫でまわし、金髪の軍人にそう伝えた。ついでにラーズの財布を抜き取り、それを軍人に投げ渡しながら。
これもラーズが善処したためだ。武器はコクピット内に置いてきた。そう指示されていたわけではないが、生存率を少しはあげられる。
事実、即座に撃ち殺されはせず、ラーズは軍人に問いかけられた。いや、問いただされたというべきか。どちらにせよ、ラーズは返答する。
「名前と所属、階級を述べよ!」
「ラーズ・ベリリュート軍曹。ファルファリア軍第十七師団、第八計画実験部隊所属です」
「実験部隊だと? 珍しい」
金髪の軍人はそう言いつつ、財布の中の身分証を見る。
嘘をつけば、あるいは嘘つきだと彼に判断されたなら、終わりだ。故に、聞かれたことには正確に返答した。無駄口も叩かない。
その誠意が通じたかは謎だが、軍人がラーズに解説をする。
「まあ、良いだろう。ではラーズ軍曹、君の置かれた立場を教えよう。本日午前八時〇五分、ファルファリアは降伏、消滅した。それに伴い現在この基地も共和国の指揮下に置かれている」
彼によれば祖国は消滅した。真実なら憂慮すべき事態だ。
しかし、逆にこうも考えられる──ラーズの罪は有耶無耶になったと。
それに、彼の話した内容には歓迎すべき点も存在した。
「共和国……」
「エイデン共和国だ。まあ、正式な名前ではないが。ネイド・ザバルク・バレサンドおよび、善良圏連合共和国。すぐに覚えられはしないだろうが、頭に入れるようには努力しろ」
ファルファリアが降伏した相手はエイデン共和国であったらしい。本日、ラーズが交戦したのはガビア帝国。つまり別の国だ。そしてラーズが知っている限り、エイデンの方がガビアよりマシだ。
生き延びられる可能性もある。少なくともまだ撃たれてはいない。
だが、うまくことが運ぶはずもない。ラーズはそれをすぐに痛感した。
「さて、本来お前は敵兵だ。つまり捕虜になったと言うことだ。通常なら取り調べを行い、それによって対処を決定する」
通常なら。彼はそう言った。つまりこの話には続きがある。
「だが、幸運なことにエイデンは──帝国と戦争状態にある。お前が望むならば、志を同じとする兵にもなれるだろう」
エイデン共和国の兵士となり、結局殺し合いは続いてゆく。
それを拒否することはできるのか? ラーズには判断材料はない。
「丁度今、少将がお前たちを集めて演説を行なっている。お前もそれを聞いてくるが良い。おい、ラーズ軍曹を案内しろ」
その判断基準を与えると、金髪の軍人はそう言った。
ラーズはただそれに従うだけだ。敗戦とはそういうものだった。
2
二人組の兵士に導かれ、ラーズが来たのはまた格納庫だ。ただし、おそらくこの基地の中でも最も広く人の集まれる。
実際、ラーズが入った時には多くの兵士が並べられていた。ラーズと同じ元ファルファリア軍、それは軍服からも明らかだ。
そして、その前にある台の上で一人の女性が演説していた。
赤い長髪に長身、極度にスタイルの良い軍服の女性。そして高圧的、攻撃的だ。ある種の男性は喜ぶだろう。
「貴様らの国は貴様らを見捨て、政治家どもは皆保身に逃げた! だが、我々エイデンが貴様らを正義の軍として導くだろう!」
その彼女は今まさにファルファリア軍を旗下に加えようとしていた
エイデン共和国軍、バレサンド王国勢力軍陸軍少将ミネルヴァ・ザグが彼女の名前。美しくも恐ろしい人物だ。恐竜的と言っても良いだろう。油断すれば即座に捕食される。
「もし、貴様らが我らがエイデンの勇士に加わるなら歓迎する! 共にこの資源惑星ベルタに平和をもたらすために戦おう!」
そんな彼女の提案は特段、驚くべき内容ではなかった。
他国との戦争が継続して行われている状況にあれば、制圧した勢力の人間を兵士に変えるのは一般的だ。それがもともと兵士であるのなら、訓練などを施す手間もない。
無論、反発する兵士もいるが、彼らは彼らで使い道がある──
「これは強制ではない。あくまでも諸君の善性に頼ったものだ。よって刑罰もない。拒否しても、真っ当な業務に割り当てられる」
真っ当な業務。『真っ当』と付いた業務が真っ当であるはずがない。それはミネルヴァがかすかに浮かべた笑みからもありありと見てとれた。
「このベルタは資源惑星であり、資源を得ることこそが真っ当だ。従軍を拒否する者は資源の採掘の業務を斡旋しよう! 素敵な鉱山労働だ! ベルタの経済に貢献できる!」
斡旋といえば聞こえはいいが、実際には強制されるだろう。鉱山の労働は過酷であり、肉体に悪影響を及ぼす。そんな場所に放られると言うのだ。これは誰が見ても脅迫である。
──と、ミネルヴァ少将の演説が熱を帯びていたその折であった。その演説に水を差すが如く、一人の兵士が彼女に駆け寄る。
そして耳打ちをしたその直後、けたたましい警報音が響く。
基地で鳴らされる警報音には内容によって種類があるが、仮にそれが理解できぬ者でも警報の意味など想像できる。
無論、ラーズは軍人であるのでその警報の意味は理解できた。
「敵襲……!」
基地が攻撃された。あるいはその前段階にある。
次にミネルヴァが発する言葉がその理解を裏付けることになる。
「戦士達よ歓喜せよ! 貴様らの力と意志を見せる時が来た! 共和国と共に戦う者は、行動で自らの勇を示せ!」
ミネルヴァは言うと台から飛び降り、指揮を取るため即座に走り出す。
それが合図だ。この場にいる者は、誰であれ選択を迫られた。それはラーズですら同様であり、時間的な猶予は一切ない。
「ぼさっとするな! 死にたくないのなら貴様も自分のハウンドに戻れ!」
ラーズを護衛してきた兵士からそう言われては拒否のしようもない。
「了解……!」
結局、ラーズは先ほど通ってきたルートを引き返した。
3
ラーズが格納庫に戻った時、ヴェインは手付かずの状態だった。それだけが幸運と言えることだ。戦闘は既に開始されている。
格納庫の外からは爆音と、同時に振動が伝わってくる。それがいつラーズに直撃するか? わからぬ以上、急がねばならない。
ラーズはヴェインへと一直線に駆け寄るとワイヤーに足をかけた。そうするとワイヤーが巻き上げられ、ラーズをコクピットへと持ち上げる。
「スクランブル起動!」
ラーズはそこでシートに着席しつつ操作した。
スイッチを三つ連続で上げて、ボタンを押して体を固定する。
すると、コクピットの壁面全てモニターに変わり、周囲を映した。同時に、ラーズの意識に対してハウンドの感覚が重なり合う。
仕組みとしてはラーズの体内に存在するナノ技術の賜物。よってコードを差し込んだりだとか、ヘルメットを被る必要もない。手も目も口も使うことはなく、考えた通りに機体は動く。
まるで巨人になった気分なのだ。だからこそ、気を使うこともある。
「ハウンドが通るぞ! 気を配れ!」
ラーズはスピーカーで呼びかけた。
それと同時にヴェインを歩かせて、格納庫の出入り口へと向かう。コクピットのハッチを閉じること。格納庫のドアを開かせること。全て同時にやる必要がある。事態はそれほど切迫していた。
ヴェインがたどり着くとほぼ同時に格納庫のドアがスライドをする。時間は何時の間にか夕暮れに。その下へとヴェインが歩み出る。
その瞬間、ラーズは感じ取った。言いしれぬ強烈な不安感を。それが何か確かめる暇もなく、ヴェインに回避運動をとらせる。
「う……!?」
スラスターを利用して、スピンしながらの乱数運動。
そのヴェインのいた場所を光線が、ビームの光が掠め飛んでゆく。
もしボケっと突っ立っていたのならビームの餌食になっていただろう。その危険はなんとか回避した。だが、状況は改善していない。
「森林地帯から!? 反撃を……!」
ラーズが言った通り敵機体は森林から射撃を仕掛けていた。
おそらく格納庫が開くのを待ち、狙撃で仕留めようとしたのだろう。
敵機は身を隠しているだけあり、ラーズからはその姿は見えない。しかし攻撃してきてはいるのだ。ある程度の位置は推定できる。
「目に見えないのならば、誘い出す!」
ラーズはヴェインのライフルを使い、予測で敵機付近を射撃した。
二発、三発と撃てば敵方も、回避運動をとらざるを得ない。
しかし、ラーズの策が成就する──その前に別機体が現れた。
紺色の装甲に黄金の装飾を持った派手なエイデン機。
「なんだ!?」
「はははははは! 手ぬるいぞ!」
その機体は低空を複雑な軌道を描き敵機へと接近。
二機をライフルで撃ち抜き、残りの一機をビームソードで切り裂いた。
それを見て面食らうラーズへと、映像が付いた通信が届く。
「射撃は下手くそだが勘は良い。そこの機体、我が直掩に回れ」
表示されて言ったその人物は、ラーズが知っている軍人だった。
「少将!?」
「ほう? ファルファリアの兵か。幸運だな。手柄をくれてやる」
ミネルヴァ・ザグ少将。先程まで、演説をくれていた人物だ。
それが今ハウンドを駆っている。階級から、俄かに信じがたい。
しかし、たとえ信じがたいとしても、ラーズの選択肢は一つだけだ。
「ついてこい! 敵機を蹴散らすぞ!」
「了解……としか、言いようがない!」
ミネルヴァのハウンドが飛んで戻り、そのまま別の敵へと飛んでゆく。
ラーズはヴェインを飛ばしそれを追い、敵機を射撃、味方を援護する。
基地は既に友軍と敵軍が入り乱れて混乱状態だ。互いにハウンドが十五機以上。炎上した建造物もある。
ラーズはその様子を確認し、一つ重要なことに気がついた。
「……! 通常時より、守りが薄いっ!」
それは元整備士のラーズですら、一目で理解できることだった。
防衛用の砲台が動かず、味方機の連携も取れていない。エイデンが制圧した影響だ。防衛能力が低下している。
「ガビアは知っていて攻めてきたのか!」
「ふん。火事場泥棒だ。気に入らん!」
ラーズが言い、ヴェインが敵を撃つ。
それを聞いてミネルヴァが吐き捨てた。
その間にも敵機を撃墜し、そしてまた三機敵が飛来する。
キリがない──ラーズはそう思った。だが、転機は直後に訪れた。
「砲台が起動した!? なぜ今更?」
基地の防衛施設が起動した。先程まで頭を垂れたままで、眠りこけていた迎撃砲台。既に破壊された物もあったが、無傷な物が砲撃を始める。
そしてその直後、ミネルヴァに対し一人の男から通信がくる。
「お待たせして申し訳ありません! システムの設定を終えました!」
「アインか! 実によくやってくれた! 奴らの慌て顔が目に浮かぶ!」
アインというのは、ラーズの財布を取って行った金髪の軍人だ。
どうやら基地の防衛システムを掌握しきれていなかったらしい。その状態で砲台を使えばエイデン機もターゲッティングされる。
逆にいえば設定を終えた今、ガビアは一方的に不利となる。
「聞け! エイデン軍の兵士たち! 防衛システムの起動によって、我々の勝利は確定された! 卑怯者どもを叩き出せ! ガビア兵に地獄を見せてやれ!」
とは言っても、殺し合いの最中に演説を打つのは驚きである。
しかし、その演説の最中すらミネルヴァ機は敵機を落としている。
「実力は賞賛せざるを得ない!」
ラーズもそんな彼女を讃えつつ、そして呆れつつ戦い続ける。
ただし、敵兵も不利を悟ったか敵機はすぐに撤退し始めた。
戦況が変化したことを察し、即座に撤退の決断をする。その去り際は鮮やかにも見える。とはいえ、勝利したのはエイデンだ。
唯一、気になるのは敵機のうち一機が放置していった球体。逃げ去る前に切り離して捨てた、金属製のボールのような物。
ラーズは爆弾かと思ったが、それはどうやらスピーカーであった。
『元ファルファリア兵士達に告ぐ! この惑星ベルタを統べるには──圧倒的力こそが必要! 我々ガビアこそがそれを持つ! 来れ、我々帝国の元に……!』
球体からは勧誘とも取れる音声が爆音で流れ出す。
だが、それも直ぐに停止させられた。ミネルヴァ少将の機体によって。
「ふん。逃げ帰りながら情けない」
ミネルヴァ機がライフルの引き金を引いて、その球体を破壊した。ビームが球体を貫いて爆ぜ、勧誘の音声が停止される。
そして、代わりにミネルヴァ少将が新たなる言葉を兵士に送る。
「追撃は必要ないが、各機は警戒度を維持しつつ待機せよ! 我々は卑劣な奇襲を凌ぎ、ガビアの弱兵どもを追い出した! 新たなエイデン軍の勝利だ! 貴様らの奮戦に感謝する!」
命令と謝辞──と、いうよりもプロパガンダ的な発言だろう。
エイデンもガビアも根っこは同じ。新たなる兵力を求めている。
「何も変わるはずがない。知っている」
それを聞いてラーズはつぶやいた。
ラーズの立場では生き残るため、選択の権利は制限される。
せめて整備士に戻れれば良いが──それがささやかなる望みであった。
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