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ベルタ戦記 〜整備長が整備を辞めるとき〜  作者: 谷橋ウナギ


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第九話 『祖国』


    1


 雨音が断末魔すら掻き消し、雷鳴が轟き、大地を揺らす。

 過酷な環境だと言えるだろう。だが戦争が止まることはない。兵はいかなる環境にあろうと、敵を殺すため全力を尽くす。

 ラーズもその兵士の一人であり、ヴェインを駆り戦場に飛来した。


 場所はファルファリア南部の草原。殺し合いは既に始まっている。元ファルファリア製のバザードが、ビームを放ち、そして貫かれる。

 祖国を同じとする者同士。だが、銃口を向け合い殺し合う。


 この凄惨な戦場にラーズも参戦し、戦う必要がある。しかし、人は戦うだけではない。故に、ラーズは苦痛を秘めていた。


    2


 時間は一日前に遡る。

 ラーズを含むグルルドの部隊はバレザントからファルファリアに飛んだ。ミネルヴァ、ダグ、マリア、そしてラーズのハウンドが等速で飛行する。


 この場所には制空権がある。本来、多少は気が楽なものだ。だが、ラーズの気分は沈んでいた。あのマリアがそれに気づくほどには。


「ラーズ少尉。気分が悪そうです」

「大尉。お気遣い……痛み入ります。ですが、問題はありません。体調は常に管理しています」


 そのマリアにラーズは返答した。

 実際、体調には問題ない。気が重いというそれだけのことだ。


 マリアはともかく聡いミネルヴァはその理由を既に理解していた。


「こいつは元ファルファリアの兵士だ。友達を殺すのが嫌なのさ」

「そんな言い方……良くありません」

「まあそうだ。が、軟弱ではある」


 マリアに指摘されてもミネルヴァは、一切全く怯むことはない。

 それに、ラーズもミネルヴァに賛同──とまでは行かなくとも、理解はある。


 迷いを抱えたまま戦えば、思考は遅れ敗死へと近づく。冷徹であることが求められる。鉄のように。それが軍人である。


 と、ここでダグが嫌な雰囲気を変えるため、ミネルヴァに質問した。


「そもそもなんでファルファリアなんです? ガビアはほっといてもよろしいので?」


 それは非常に真っ当な疑問だ。

 現在、バレザントはガビア軍とファルファリア領を奪い合っている。そのガビア軍を一時放置して、なぜ反乱軍に注力するか。


 ミネルヴァは当然、理解していた。

 だが、彼女自らは語らない。


「ラーズ少尉。二人に教えてやれ」

「は。少将、了解いたしました」


 ラーズが拒否する理由などはない。権利もない。そして、能力はある。

 ラーズは現時点で二人よりも情報を多く持っているためだ。


 それでもラーズの推測となるが、確度はそれなりに高いと言える。


「あくまでも、私の考えですが……」


 ラーズはそう前置きして続けた。


「まず反乱軍の現状ですが、士気低下、混乱しています。プロパガンダが功を奏しており、投降、反逆、脱走が増加」

「あーあのお菓子配布大作戦?」

「そうです。それだけではありませんが」


 リゼット女王がラーズと話して、発想した例の作戦である。

 それは即座に、実行に移され、驚くほどの効果を発揮した。


 正常な軍隊ならばおそらくなんと言うことはない策だろう。だが、彼らは正規の軍ではない。しかも、領地は限られた地域だ。


「で、です。混乱し追い詰められた──彼らが次にどう行動するか」

「全くわからん」

「窮鼠猫を噛む。彼らは賭けに出るのではないかと」


 追い詰められればネズミであろうと、猫に襲いかかり命を守る。

 その恐ろしさは言わずもがなだが、予測していれば対処は可能だ。


 そして対処する部分まで、この作戦には織り込まれている。


「混乱を引き起こし、焦らせて、攻めて来た相手を罠へと落とす」

「あー……もしそれでもせめて来なければ?」

「攻めて来るまで、追い詰めてゆきます。ガビアと安心して戦うにも、後顧の憂いは断たねばならない。弱体化をさせて殲滅します。」


 窮鼠猫を噛む場面でネズミが、猫に反撃をしてこなかったら? 普通に、猫に捕食されるだけだ。特別なことは何も起こらない。


 よって、いずれにせよネズミは足掻く。

 猫は──バレザントはそれを潰す。


 と、ここでダグも理解したらしい。この作戦に潜む狡猾さを。

 苦し紛れに攻めてくる相手を正確に迎撃し、粉砕する。敵には絶望的戦いだ。そして、その敵は元ファルファリアだ。


「なるほどな。少尉、大丈夫か?」

「ええ。私はエイデン軍人です。それに、彼らには賛同できない。彼らが、正当だとは思えない」


 ラーズを気遣うダグ。そのダグに──ラーズは気遣った発言をする。

 無論、嘘などつかず正直に。それでも、エイデンが正当なのだ。


「ファルファリアの第三十八代大統領マグナス・ガンランド。彼は降伏を宣言しました。身柄もエイデンの側にあります」


 まずはシステム的な正当性。


「それに降伏を行う以前に、ファルファリア経済は死んでいた。極限に達した貧富の格差。汚職。利権。貧困。スラム街。その状態で、戦争の継続。崩壊は時間の問題でした」


 次に、現実的正当性。

 ラーズの半生からも明らかだ。ラーズですら憤りを感じる。


 しかし、可能であれば救いたい──ラーズはその言葉を飲み込んだ。

 一見、砂漠のようにも思えるラーズの孤独な人生であるが、彼の人生にも友人はいた。少なくとも、それに近しい者は。訓練生時代の同期生。そして、整備長時代の部下たち。


 彼らは今何をしているだろう──ラーズがそう考える時もある。

 だが、ラーズに知る術などはない。知ったところで、対処しようもない。自らが死なぬよう尽くすだけだ。自らの無力を噛み締めながら。


 ラーズは俳優などではないので、その心痛は表情から滲む。

 それを理解した上で、なのだろう。ミネルヴァが上辺だけ賞賛する。


「理想的なエイデン軍人だ」


 皮肉である。驚くことではない。ミネルヴァは、そういう人間である。

 むしろラーズのことを庇うマリア。彼女にこそラーズは驚いた。


「いくら少将でも……ひどいです」

「すまない大尉。悪気はなかった」


 それに謝罪をしたミネルヴァにもだ。

 ラーズはマリアが良家の子女だと知らないので無理からぬことである。

 言葉遣いや動きの端々に、感じ取れる部分はあったのだが。


 なんにしても、マリアは善人だ。軍人として不向きであるほどに。

 だが、ラーズは感謝をすべきだろう。そこから、一同は静かになった。


    ====


 そして一同は元ファルファリアの都市部にある基地へと到着した。

 ファルファリアの首都は計画都市で、道路は格子状となっている。アスファルトで固めた黒い道。コンクリートで作られたビル群。無機質さを徹底した景色だ。美麗ではないが、圧倒はされる。


 今回ラーズたちが目指している基地はその一角に存在した。基地施設の多くは地下にある。故に、地上部分は平坦だ。上空から見ると目立って見える。そこに、ハウンド達は着地する。


 そして地下へと続く入り口へ。管制から許可を得て、歩かせる。

 無骨な格納庫。その中で、指定地点にハウンドを立たせる。


 そこでようやくハウンドを停止し、ラーズはワイヤーで地面に降りた。

 すると、整備兵が駆け寄ってくる。作業用のツナギを着た女性だ。亜麻色の髪をした少女であり、その顔にラーズは覚えがあった。


「ラーズ整備長! お久しぶりです!」

「ソフィア伍長か? 良く無事でいた」


 彼女はソフィア・グルーマン伍長。整備長時代のラーズの部下だ。

 それが今、ラーズの目の前にいる。嬉しいと同時に出来過ぎている。


 ラーズは感情の動きを抑え、冷静に思考を巡らしてゆく。


「なぜここに? 他の整備士は?」

「エイデン軍所属になりました。みんな、元気に仕事しています。ここにいるのは私だけですが」


 一方のソフィアは、嬉しそうだ。

 彼女は嘘をつくタイプではない。良くも悪くも素直な人物だ。故に、その言葉は信用できる。元部下としても、人間としても。


「私は整備経験を買われて、グルルドに配属となりました。役職は専属の整備兵。階級は変わらずに伍長です」


 その彼女がこう言っている以上、ラーズとして疑う理由はない。

 そして、グルルドはミネルヴァの組織。つまり、ソフィアを招き入れたのは──


「どうだ? 少しは気が晴れただろう?」


 ミネルヴァ少将だということだ。

 彼女はダグとマリアを引き連れて、ラーズたちのもとへと歩いて来た。


「できる女は、行動で示す」


 恩を売るような言葉を言うのも、いかにもミネルヴァだとそう言える。

 一方、マリアはソフィアに対して警戒心を抱いているらしい。


「彼女は少尉の元部下、ですよね?」

「ええ。整備の技術は保証します」


 そこでラーズはソフィアをフォローした。

 だが、マリアは警戒したままだ。そのワケはラーズにはわからない。

 直後に、ミネルヴァがマリアに対し耳打ちしたがその中身も謎だ。


 マリアはなぜか拗ねてむくれている。真面目な彼女としては、珍しい。

 ラーズとしても気にはなるのだが、秘密の会話を問うべきではない。


 よって、ラーズはソフィアに向き直り、再び無事を喜ぶことにした。


「とにかく、君が無事で何よりだ。ハウンドの整備はよろしく頼む」

「はい! 整備長! 力を尽くします!」


 すると、ソフィアが嬉しそうに返す。

 ラーズはその様子を見て微かにホッとしたが、心は晴れていない。


 元友軍の兵士と殺し合う。その現実は何も変わらない。

 【反乱軍】が投降をするよう、ラーズには祈るしかできなかった。


    3


 だが翌日、祈りは裏切られた。

 土砂降りの平原を舞台とし、数十のハウンドが衝突する。


 ラーズを含むグルルドの四人は援軍としてそこに駆けつけた。それぞれのハウンドを操って、戦闘中区域に接近する。


 その音頭を取るのはミネルヴァだ。彼女は敵軍に容赦はしない。


「全機、友軍を援護する! 反乱軍のゴミを叩き落とせ!」


 ミネルヴァが言い終えた直後には、グルルドは敵機へと襲いかかる。

 ラーズの駆るヴェインも同様にだ。兵士は敵を殺さねばならない。


 羅刹の如き表情を貼り付け、ラーズはハウンドを操っていた。


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