十分なんです
「これはまだ極一部の者しか知らない事なのですが、ここしばらく王の偏食が酷いのです」
「偏食ですか?」
「元々好き嫌いは多かったのですが、城の調理人が作った焼き菓子をいたく気に入り、今はその調理人が作る菓子しか口にしなくなりました」
前にトールさんが持ってきてくれたクッキーですね。確かにとても美味しくて幸せな味がしました。でも。
「お菓子しか食べないって…」
子供じゃあるまいし。なんだろう栄養バランスとか健康とか気にしないってこと? 王様なのに?
あっ、でも、王様だからそんな我が儘が許され誰もなにも言えずにいるのか。
だけどそれじゃ間違いなく近い将来栄養失調で体調を悪くするよね。それに脚気にでもなったら医療技術の進んでいないこの世界じゃ最悪命を落とすことにもなりかねないのに分かってるんだろうか。
そうか、分かってないのか。分かってたら本人だってそんな無茶なことしないだろうしね。
それに健康を意識しなくていいのなら私だって好きな物食べたい物を食べたいだけ食べていたい。
もっとも孤児院に居た頃はお腹を満たすためだけの食事だったから健康を考える余裕もなかったけど。
「すぐに飽きるだろうとあまり危惧することなくいたのですが、私の秘書が菓子について熱く語るのを聞いていてやはり少し心配になりましてね。王が健康を害せば国も乱れることとなります。できれば早急に手を打ちたいのですが、そこでオランジュには王が食べてくれそうな栄養価の高い菓子を考えていただけないかと思ったのですがいかがでしょう」
いかがでしょうって言われたらできませんとは言えないですよアデス様。私はアデス様のお役に立つことだけを考えてこの研究所に居るんですから。
「分かりました。お任せください」
取り敢えず野菜や果物とナッツ類をふんだんに使ったお菓子を作ればいいんだよね。クッキーとかケーキとかこのクレープも食べてくれるかな?
それに前世で観た幕末医療ドラマで脚気の治療に餡ドーナツ作ってたからあれも採用させて貰おう。
あとは砂糖控えめで大豆粉や全粒粉を使うようにすれば一応健康を意識したお菓子は作れるはず。多分今よりはずっとマシになるだろう。
そうしてベジタリアン的食生活に持って行ければ取り敢えずは王様の健康に関しては少しは安心できるってところなのかな。
「問題は城の調理人が調理した物しか口にしないということです。ですのでオランジュにはレシピを教えていただき、こちらはそのレシピを買い取ったという形をとらせていただこうと思います」
「う~ん、それだとレシピをみんなに教えちゃダメってことになりますよね」
レシピを買い取るってことはそういう事だよね?
知的財産権がどうのこうのとか、独占なんちゃら法がどうのこうのとか、なんだか難しい法律が絡んできてうっかり他の人に教えられなくなるんでしょう。それは嫌だな。どうせなら美味しい物は作れる人が誰でも作れて、そして王様だろうが孤児だろうが関係なくみんなに食べて貰いたい。
「みんなにとは?」
「誰かがレシピを独占するんじゃなくて、どうせなら広く誰でも作れるようになって欲しいです。寧ろそうすることで色んな人のアレンジが加わりより美味しいお菓子が生まれるんですよ。だから私はレシピを買い取るというのならお断りです。興味のある人に教えまくって作り方を広めていきます。お城の調理人さんも興味があるなら来てください。私はいつでも教えます」
折角のアデス様の申し出だけどこればかりは譲れない。レシピを教えないとは言ってないんだからいいよね。アデス様がどういう出方をするかにもよるけど、けしてアデス様の足を引っ張る結果にはならないよね。
「申し訳ありません。買い取ると言ったのは私の秘書の考えで、オランジュに対する敬意のつもりだったのですが誤解させてしまったようですね。私ももう少し考えて発言すべきでした」
「そ、そんな、誤解ならいいんです。どうぞ頭を上げてください」
潔く頭を下げるアデス様に私の方が驚きだよ。どうしていいか困るよ。もう、ホントやめてくださいだよ。申し訳なさでまた心臓がドキドキしてきたよ。
「ではお礼は宿舎のキッチンにオーブンと冷蔵庫でよろしいですか?」
「お、お礼なんて」
いらなくはないけれど、宿舎のキッチンにオーブンと冷蔵庫があったら本当に便利で助かるけれど、でもそこまでして貰うほどの事には思えないよ。
「いえ、王に関する事ですので記録に残さねばなりません。だから何もしないという訳にはいかないのですよ。これで王がもし気に入ることがあれば別に報償の話も出るでしょう」
「そ、そんな大げさな騒ぎは困ります。レシピの発案者なんて普通は誰か分からないうちに広がるものなんですからその辺は無視して欲しいです」
流行ってそんなものだよね。誰が考えて始めたのか知らないけど、みんなが良いって認めた結果いつの間にか広がってるみたいな感じで、けして発案者が注目されることはないんだから。
「そうですか? では城の調理人を研究所に向かわせますので、研究所の調理場を借りて是非レシピを教えてください。それでよろしいですか?」
「はい」
私はアデス様のその笑顔だけで本当に十分なんです。新たな幸せ気分をインプットできたのでしばらくは妄想の世界を楽しめます。ありがとうございますなんです。




