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私の推しはモブ文官  作者: 橘可憐


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秘密です


「どうしたんですか、元気がないようですが」


「び、びっくりした~。突然話しかけるのはやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか。もぉ…」


「そんなつもりはないのですが困りましたねぇ」


ミックさんは本当にいつも神出鬼没で、私が気を抜いているのを狙って声を掛けてるんじゃないかと疑いたくなる。


「普通こんな所へは誰も来ませんよ」


「オランジュさんは来てるじゃないですか。それに私は仕事ですから」


さっき食堂で調理人さん達が休憩に入った隙に急いで作ったフィナンシェを持って、研究所の裏庭に出てきたところでミックさんに声を掛けられた。


普通驚くよね。だってフィナンシェを作ったのはみんなには内緒だし、まだ試作品なので数も作れなかったから誰かに分けることもできない。と言うか、味見もしてないのに誰かにあげる自信もない。


となったら誰にも知られない所でこっそり食べるしかないと思って、裏庭にあるお気に入りの木陰を目指してコソコソしているときに声を掛けられるんだから驚くなって方が無理だよ。心臓が止まるかと思った。


「お仕事お疲れ様です。いつも綺麗にしていただいて感謝しています」


ミックさんのプロ意識とでもいうか元が潔癖症なのか、ミックさんが当番の時は汚れの一つも見かけたことがない。どこもかしこもピカピカで、気持ちが良いを通り越してうっかりにも汚せないと緊張してしまうくらいだ。


共有スペースだけではなく研究室内も掃除をしてくれているのだが、音を立てることもなく本当に気付かないうちに綺麗にしてくれているのだからたいしたものだ。

師匠の研究室内で乱雑に積まれていた古文書に埃が一つもなかったのはきっとミックさんのお陰なのだろう。


「それでまたどうしてこんな所へ?」


「この先に私のお気に入りの場所があるんです。私だってたまには外に出て休憩したいこともあるんですよ」


「研究所内では気が休まりませんか」


「そんなことはないんだけどね…。分かりましたよ。はい、口止め料です」


誰かにあげるつもりなどまったく無かったけれど、仕方なくミックさんに作りたてのフィナンシェを差し出した。


「先程から良い匂いがしていると思ったのですがこれでしたか」


「まだ試作品だから誰にも内緒よ」


「内緒ですか? クッキーとは少し違うのですね」


「これはフィナンシェよ。確かにクッキーとはちょっと違うわね」


「でもどうして秘密にするのですか?」


「ちょっと甘い物が食べたくて気まぐれに作ってみたけれどみんなに分ける分がないからよ」


それにまさか食堂に忍び込んで調理人さん達の目を盗んで作ったなんて堂々と言える訳ないよね。私が仕事をサボっていたのもバレちゃうし。


「しかしこれだけ良い匂いをさせていたら嫌でもバレると思いますよ」


「あっ…」


迂闊だった。食堂内は完璧に片付けて来たし、材料もバレないように少しだけに留めたから大丈夫だと思っていたのに、まさかの匂いまでは気にしていなかった。


「一応換気しておきましたけど誤魔化せたかは分かりません」


「ありがとうミックさん! でもこれで完璧に共犯ですね」


「共犯ですか、それはまた楽しそうです」


けして影が薄いって感じでもないのに、仕事となるとその存在感を消せるなんて本当にミックさんは不思議な人だ。それに初めて見たけれど笑顔がなんだか可愛い。


「私はあの木陰に座って食べようと思っているんだけどミックさんはどうします?」


「それでは少しだけお付き合いさせていただきます」


そうして私達は木陰に並んで座り、この世界へ来て初めて作ったフィナンシェを食べた。


「美味しいですね」


「甘い物はやっぱり幸せよね。疲れも吹っ飛んでいくわ」


「疲れているのですか?」


「ちょっとね」


ここのところなんだかんだと日に日にやることが増えている。農地改良のレポートが終わったと喜んでいたらオリヴィア様の手伝いのために今度はアロマに関する古文書整理。


そしてヘザー様が自慢して歩いたためのポプリの追加作成。取り敢えずヘザー様と懇意にしている方の分だけで良いとは言われているが、それでも結構大変なんだよ。だって手を抜く訳には行かないからね。


それに平日は仕事があるから休日返上ってのもちょっと辛い。今ではリオンと魔法の習得練習に出かけることもできない。


と言うか、ヘザー様のお屋敷に越してからは気軽に出かけることもできなくなっていた。

欲しいものがあると言うと取引のある業者の方を呼び寄せるし、出かけたいというと使用人が付いてくる上に馬車での移動なので、気まぐれにあちこちの店を覗くこともできない。貴族でもないのに貴族と同じ生活を強要されているのは本当に疲れる。

それが嫌がらせではなくヘザー様の思いやりからだと分かるからうっかり拒否もできないのがまた辛い。


「いつも元気なオランジュさんにしては珍しいですね」


「たまには街中を目的もなく歩きたいわ」


「では私がお付き合いしますか?」


「えっ?」


「仕事が終わってからの少しの時間なら付き合えますよ。遅い時間にならなければ大丈夫でしょう」


「そっか、その手があったか」


休日にヘザー様のお屋敷から出かけようと思うから自由がなかったんだ。仕事終わりの時間なら確かに誰に咎められることもないし、一人じゃないなら夕暮れの街も普通に出歩けるし、子共だからとお城の通用門で止められることもないだろう。


「ミックさん、是非お願いします」


「はい。では、後ほどまたここでお待ちしてますよ」


「ありがとうミックさん!」


さっきまでも疲れた気分などいつの間にかどこかへ吹き飛んでいるのだった。



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