研究所生活3
「良くできている。ご苦労だった。これは私がアデスに直接届けておく」
「殆どオリヴィア様のお陰です」
「いや、おまえも随分頑張ってたのは俺も知っている。もっと自信を持っていいぞ」
「ありがとうございます」
漸く魔法に関してのレポートが仕上がり私は少しばかりホッとした。しかし明日からはオリヴィア様と礼儀作法の講習が始まるのかと思うとちょっとだけ気が重い。
それにまだ辞書の翻訳は終わっていないし、付与や錬金術に関してももっと色々と調べたい。しかし付与や錬金術に関しては誰に頼まれたものでもないのでオリヴィア様に手助けして貰う訳にはいかない。
師匠にいつか言った言葉がそのまま自分に返ってきたようなものだ。助けて貰っていてはいつまで経っても自分のためにはならない。ここは師匠もそうしているように自力で頑張らなくては…。
「それで辞書の翻訳の方はどうなってる?」
「すみません。もう少し掛かりそうです」
「進んでいるんなら良いんだ。急かすつもりはない。今までまったく分からなかったことが解明できると思えば未来は明るいからな。楽しみにしているぞ」
「あのぉ、それよりお願いがあるんですが」
魔法に関してのレポートを机の引き出しにしまい、用は済んだとばかりに席を立とうとする師匠に慌てて声を掛ける。
「なんだ。急ぎか?」
「急ぎって言うか、そのぉ…」
「はっきりしないな。おまえらしくないぞ」
私らしくないと言われても私にだって言い出しづらいことくらいあるよ。でもまぁダメだって言われるのは覚悟の上だ話してしまえ。
「そのレポート私が直接アデス様に届けちゃダメですか?」
アデス様の執務室は城内にあるので平民で孤児の私ごときがそう簡単に出入りできないのは分かってる。
それにアデス様は今忙しくされていて簡単にお目にかかれないのも理解してるつもり。それも原因は私なのだろうから尚更だ。
だけど私ももうずっとアデス様に会えなくてアデス様成分不足なの。心が渇き始めてるの。このままじゃ欲求不満炸裂で色んなところに支障が出るよ。間違いない。
魔法に関してのレポートを仕上げたら何でもくれるってアデス様は言ってたけど、今ならはっきり要求できる。私にアデス様にお会いできる権利をください。フリーパスとは言いませんせめて回数券でお願いします。
「う~ん…」
そんなに険しい顔をしなくちゃならないほど難しいことを言ってしまいましたか。やっぱり…。
「やっぱり無理ですか」
「いや、おまえがアデスに会いたい気持ちは良く理解できた。そうだな、頑張ったんだからそのくらいは許されても良いだろう。城に行くのは難しいかも知れんが屋敷の方ならどうにかなるだろう。アデスの都合も聞いてみるから返事は少し待て。俺が必ず連れて行ってやる」
「本当ですか!?」
アデス様のお屋敷に行くのは正直あまり気が進まないが、この際そんな贅沢は言っていられない。たとえ奥様と目の前でイチャイチャされようと、幸せな私生活を見せつけられようと必ずや耐えてみせます。
私は脳内変換という特殊能力を前世でしっかりと身に着けていますから大丈夫だと思います。都合の悪いところは脳内で自分と置き換えるとか都合良い状況に変換させるなどして、アデス様養分だけをしっかり吸収させて貰います。
「そんなにあからさまに喜ばれるとなんだか虐めたくなるな。分かりやすいって言うのも考えものだぞ。せめて表情くらい抑えられるようになれ」
「そんなの無理に決まってるじゃないですか。それに師匠、虐められたら絶対にやり返しますからね。それも師匠が一番嫌がる方法で」
「言葉の綾だ誰がするかそんなこと。まったくもう、おまえというヤツは…」
「私がなんだって言うんですか? 途中で話を区切るのはちょっとどうかと思いますよ。でも、今はだいぶ気分が良いので許してあげますね師匠。それよりもさっきの約束は絶対に忘れないでくださいよ。今さら無しなんてダメですからね」
「はぁ…」
なんだろうそんなに大げさな溜息を吐かれるようなこと何か言ったかしら?
それに人間何を考えているか分からないより分かりやすい方が絶対に良いと思うんだけど師匠は違うのだろうか。
ホント師匠こそもっと分かりやすくなって貰いたいものだよ。まぁ今のところ何の問題も無いから別にいいけどね。
「それでいつ頃返事は分かりますか? それに何か用意しなくちゃならないものとかありますか? あっそうだ、アデス様のお屋敷に行くのにこの服で大丈夫ですかね?」
貴族様のお屋敷を訪問するのにやはり平民の服だと使用人と間違われて裏口とか勝手口に回されたりしないか心配だよ。っていうか、その前にアデス様だけでなく一緒に連れて行ってくれる師匠に失礼になるかも知れないよね。
それに礼儀作法。まだ全然習ってないよ。もっと前にオリヴィア様と出会えていたら良かったのに。
私ってばよく考えもせずに簡単に言い出して喜んでしまったけどどうしよう。心配が増えていくばかりだよ。
「俺は気にしないが、おまえが気になるなら服くらいプレゼントしてやる。だがそんなに心配しなくても俺が付いている。それに仕事の報告だ堅苦しく考える必要は無い」
「本当ですか?」
「本当だ。任せておけ」
なんだか師匠が神様のように見えますとは絶対に口にはしないけど、なんだかとても心強くなったのは確かだった。




