海に響くオルゴール
空が裂けるような雷鳴の直後、激しい夕立が街を襲った。傘もなくびしょ濡れになった僕は、慌てて近くの軒下に飛び込む。息を整えながら振り返ると、雨に濡れた灯りの下に、まるで昭和へ迷い込んだかのようなレトロ喫茶店がひっそりと佇んでいた。
雨が止むまで、少し休んでいくか――
そう呟き、木の扉に触れる。湿った音を立て、ギィ…と扉が開いた瞬間、古木の匂いと焙煎されたコーヒーの香りが鼻を突いた。
この夕立のせいか、僕以外にお客さんはおらず、ゆっくりと見回した店内には昭和の懐かしいおもちゃがぎっしり並んでいた。ブリキのロボット、色あせた絵本、古びたランドセルまで。雨の音と混ざる空気は、どこか時間が止まったようで、不気味ささえ漂う。
「ご注文は?」
低くかすれた声が背後から響いた。振り返ると白髪の店主が無表情のまま立っていた。
「あ、ホットコーヒーを」
無言で頷いた店主は豆を挽き始める。するとカウンターの隅で、小さなオルゴールが僕の目に留まった。
「そのオルゴールが気になるかい?」
突然の問いに、肩を跳ねさせる僕。
「あ、はい…なんだか懐かしい感じがして…」
店主は静かに僕の前にコーヒーが入ったマグカップを置き、言った。
「それはね、一度だけ過去に戻れるオルゴールだ。ただし、戻れるのは音色が鳴っている間まで、と言われている。まだ誰も試したことはないが。お客さんは戻りたい過去があるのかい?」
小さく息を飲む僕。
「……友人と喧嘩をしてしまったあの日の夜に戻りたいんです」
店主は無表情のままオルゴールを僕の目の前に置いた。
「じゃあ鳴らしてみるかい」
僕はコーヒーを一口飲むとあの日を思い出し震える手で、ゆっくりとネジを回した。カチ…カチ…と音が響き店内に澄んだ旋律が流れ始めた。
「この曲…なんだっけ…」
どこか懐かしい曲なのにタイトルが思い出せない。その瞬間、視界が揺れ、店主の後ろに飾られた一枚の写真に目を奪われた。新品のランドセルを背負った小さな男の子。
「……優斗? なんで?」
昔、一緒に夜釣りに出かけた港で、ささいなことから口喧嘩になり、海へと突き落としてしまった友人。
「助けて」と手を伸ばす優斗に、恐怖で足がすくみ、暗い海に沈む小さな体をただ見ていた僕。
視界が暗くなる直前、店主の声が耳元で震えた。
「……今度は君が海に沈む番だよ」
今年も「小説家になろうラジオ」大賞の開催、おめでとうございます。不気味さを残す作品にしてみました。




