1 地下トンネル
そこは――真っ暗な場所だった。
街なかにある、現在はまだ整備中の地下トンネル。
その中を、一人の大学生が歩いている。
彼・飯田隆司は、とある動画共有プラットフォームの配信者だった。
禁忌と呼ばれている場所に一人で侵入。
その動画を配信し、オカルトマニアの支持を集めている。
「いやぁ、どうもこんにちは。今日はですね、なんとあの鶯岬町にあります、地下トンネルに来ております。えぇ、もちろん一人ぽっちです」
軽いトークを繰り広げながら、彼はトンネルの奥へと進んでいく。
懐中電灯が照らす闇の中、カツーンカツーンという彼の足音だけがひびいている。
「いや、ここはですね、いわゆる『雨水貯留管』ってとこなんですよ。現在、工事中。わかりますかね、雨水貯留管?」
地下トンネルの四方に、彼が懐中電灯を向けていく。
円筒型のコンクリートの壁が、ずっと向こうまで続いていた。
その先は――やはり闇だ。
「ほら、大雨が降った時とか、洪水になったらヤバいでしょ? そういったことを想定して、ここに一時的に雨水をためるんです。非常に重要な場所なんですよ、ここ」
周囲を撮影しながら、彼はさらに奥へと進んでいく。
途中、狭い通路を発見し、そちらに歩く方向を変えた。
「こっちにも行けますね。中は――ちょっと迷路っぽいって言うか――とにかく暗いです。闇が濃厚で、懐中電灯の光が吸い込まれていくような気がします」
足音が、さっきより大きくひびきはじめる。
同時に、彼の息づかいも少し荒くなってきた。
「空気が、薄くなってきました。ところどころに水たまりがあります。これは、今までで一番ヤバい感じです。工事で生き埋めになった人の霊とかいるんでしょうか?」
そこで――彼が突然、歩みを止める。
懐中電灯とカメラが、地下トンネルのさらに奥へと向けられた。
「い、今……何かが動いたような気がします……き、気のせいですかね?」
立ち止まったまま、彼は四方を照らし続ける。
コンクリートの壁が、静かに彼を見つめていた。
「でも……たしかに今、少し先の通路を、誰かが横切った気がしたんですよ……ホームレスの方でしょうか? まさか地底人なんてことはないと思いますが……」
ふたたび、彼は歩きはじめる。
「でも地底人がいても、まぁ、不思議ではないのかもしれません。なんと言っても、ここは鶯岬町。ついこの間も、海側でUFOが撮影され、ニュースになってました」
タッ!
その時――誰かが素早く、前方をダッシュしたような音が聞こえた。
あわてて彼が、そちらに懐中電灯を向ける。
「い、今、マ、マジで何か通り過ぎませんでした? いや、冗談ではなく……」
彼の呼吸音が、さらに激しくなってくる。
「このトンネルは、海に近い河川に通じています。ってことは……今、通り過ぎたのは、マジで海底人である可能性も……」
彼は、さらに奥へと進んでいく。
自分のチャンネルの、再生回数を上げるために。
「みなさんもご存知の通り、この鶯岬町は昔からオカルトのメッカです。UFO、UMA、幽霊。もう何十年も前から、そんな話題に事欠かない町であり――」
またしても、彼がそこで足を止める。
今度は、ちょっとフツーじゃない止まり方だった。
彼の声が、急に小さくなる。
「い、いや、ちょっと待ってください。これ、マジかもしんないです。少し先の方に……人影が見えます。人かどうかはわかりませんが、人のカタチをしています」
彼が、そちらにカメラを向ける。
たしかに、彼が映した先には人影のようなものが立っていた。
身長からすると、大人の男性くらい?
ボンヤリとしたカメラのライトを反射し、全身がわずかに光っている。
ウロコっぽいと言うか……それに似た素材の服を着ている?
「か、確実に、誰かがいます……トンネルの点検に来た職員の方には見えません。細身です。男性っぽいですけど……体のラインは女性っぽくもあります……」
ゴクリと、彼がツバを飲み込む。
「し、しばらく観察してみましょう……ひょっとしたら、マジで海底人かも……」
カメラを構えなおし、彼が人影にフォーカスを合わせようとする。
その瞬間――時間が止まった。
その人影が、いきなり彼の目の前に立っていたのだ。
足音は、まったくしなかった。
まるで瞬間移動でもしたかのように、奇怪な生物が彼の目の前に現れる。
身長が高すぎて、カメラにはそいつの腹部しか映らない。
ネチャネチャとしたその生物のお腹には、ビッシリとしたウロコのようなものが広がっていた。
「う、うわああああああああああああああああああああ!」
彼の叫び声が、地下トンネル内にひびきわたっていく。
同時に、カメラが床に落下した。
その瞬間、おそらく彼は昏倒したのだろう。
最後にカメラに映ったのは、缶詰のような円筒形の物体だった。
倒れた拍子に、彼がカメラといっしょに落としたのだ。
謎の生物が、カギ爪がついた細い指先で、その缶を拾いあげる。
確実に、見たこともない生物の手だった。