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5. トゥンクとは殺意

 人の心なんて、いい加減なものだ。


 一人称を僕に変えただけで、気持ちまで変わってきた。

 思考する時の文体、というか口調も変化したよ。

 俺だった時は、もっとガサツだったのにね。


「お前、実は俺に惚れてたりしないのか?」

「何故、そう思った?」


 この女騎士は、昨夜あれだけ暴れておいて、何を言っているんだ?

 今朝も、朝から焼き肉です。他に料理出来ないの?

 僕も出来ないので文句は言えないね。

 王都に居た時の僕達には、自炊する自由がありませんでした。

 食事はプロが作ったものを頂く決まりなのです。

 魔導士も騎士も、国家の重要戦略兵器だからね。

 有事の際に、お腹壊した、じゃ困ります。


「じゃあ、俺に惚れてる魔導士に心当たりは?」

「ない」


 魔導士は、内気な引き籠もりしか居ないんだ。

 同僚以外では女騎士しか知り合いが居ない。

 それでも、女騎士に惚れる奴は居ない。

 挨拶代わりに人を斬る女にどうやったらトキメクのか?

 心停止寸前のドキドキしか感じないよ。


「逆に、お前は僕に胸がトゥンクした事ないのか?」

「トゥンク? 殺意か? それすら無いぞ」

「なんでさ」

「役に立たないくせに、守ってやろうと思うほど弱くもない」

「母性本能なんてあるのか!?」

「んー? 奴隷の事は守ってやろうかなって思うぞ」

「それは、主人としての義務感だな」


 僕達の奴隷は、王女だ。

 美少女だけど、トキメク要素はない。

 こっちも、生命の危機を告げる鐘の音しか聴こえないよ。


「これから何処へ行くんだ?」

「カワサキかな」

「ここからどれくらいだ? 今日中に着くのか?」

「さあな。ここが何処かも分からんからな」


 女騎士は絶対迷子感を備えているので、必ず迷います。

 そのくせ、自信満々で勝手に進んで行きます。

 僕は、そんな女騎士を誘導するナビの係だったはずなのに、方向音痴です。

 奴隷は、王女なので王都の外には馬車でしか出た事が無い。


 旅に出る前から、迷子確定ですよ。


「なあ。別に野宿は気にしないんだが」

「ご飯だな? それは僕も気にしている」

「作戦展開中は、干し肉と乾パンしか食べないでやんしょ?」

「もう僕達は魔導士でも騎士でも無いんだ」

「ファイアした資産家設定だって言ってなかったか? なんでそんなもの食うんだ?」

「カワサキに着くまで、我慢して下さい。旦那様と親分」


 奴隷王女は、僕を旦那様と呼び、女騎士スズメを親分と呼ぶ。

 そこからして間違っている気がするんだけど。

 夫婦の設定じゃなかったっけ?


 さっき言った通り、僕はもう魔導士じゃない。

 返り咲ける事も、きっと無い。

 今まで、何のために上司のパワハラや、同僚のイジメに耐えて来たのだろう。

 

 もういいや。

 

 前世でも我慢してていいことなんて全く無かった。


 僕は僕のやりたい様に、好きに生きてやる。

 女騎士にも王女にも屈しないぞ。

 今までは能力を隠してたけど、ここは王都の外。

 目撃者も居ないんだ、始末するのもワケはない。

 やらんけど。


 まずは迷子から脱しないとどうにもならんが。


「街道沿いに行けば、何処かに着くだろ」

「そりゃそうだな」

「王都に戻るかも知れませんけどね」


 午前中のうちなら、風もやさしく、気温も低いから楽だ。

 でも、日が高くなってくると、つらくなってくるぞ。

 戦争で馴れたものなんだけどね。

 危険手当なんか一円も出ないとなると、ツラさが増すなあ。


「なあ、ポンコツ王女ちゃん。カワサキまで行って何するんだ?」

「ポンコツですと!? ぐぬぅ、ポンコツ魔導士め、と言い返したいところだけど、殺されそうなので我慢しやす」


 こいつ奴隷の紋をおしりに刻んだよね?

 たまに反抗的なんだけど。王女の血は強力なのだろうか。


「おい。聞かれた事に答えろ奴隷。ブヒィ以外の発言を許可してやったろ」

「カワサキで何か商売をしてもらいやんす」


 話が違うな? 引退した商人の夫婦だか兄妹だかが遊んで暮らす設定じゃなかったか?

 兄妹は子供なんか作らないんだけど、僕の話して聞かせた創作物が前提なのだから仕方ない。日本の神話にあったでしょ、兄妹で結婚する話。


「それがー、この任務は国家機密なので、予算を確保出来なくてですねぇ」

「そうか。ならお前を売るか?」

「ブヒー! 私、王女でやんすよ?」

「今は奴隷だろ」


 決意するまでもなく、スズメは好き勝手に生きるつもりなんだね。

 相手が王女であろうが知ったこっちゃない。奴隷としか思っていない。


「一応聞いておいてやるけど、この任務に期限はあるのかな?」

「無いですけどー。2年以内に戻らないと、影武者が王女になっちゃうでやんすねぇ」


 そうなると、ますますもって、魔導士に返り咲くのは無理になるなあ。

 2年間だけ、商人の真似事をしてやろうか。

 前世の知識と経験を使えば、何か出来るだろう。


「俺は、用心棒か暗殺稼業でもやればいいのか?」

「そうだね。暴力以外に売り物が無いもんね」

「お前だって、似たようなもんだろ?」

「いや、僕の魔法を売り物にすると、魔女扱いされちゃうから」


 この世界では、魔女は最終兵器どころじゃない。

 一撃で人類を滅ぼすと言われている。

 そんな魔女に拾われてしまったので、僕は魔導士になれた。


「いっそ、魔女になったらどうだ? 昨夜話してくれた母を救い出せよ」

「無茶言うな。何処に行ったかも分からんのだ。それに僕は女じゃないんだぞ」

「そうだな。じゃあなんだ? 悪魔なのか?」

「悪魔はお前らだ」


 どう考えても、この物語がラブコメになる気がしない。

 1ビットもそんな気配が無い。

 じゃあ、僕の憧れのハードボイルドなSFになるのかと言うと、それも違うなあ。


「はっはー。この道は有料だぞー。通行料払えやー」


 まただよ。

 それも真昼だよ?

 この辺は治安悪いなあ。領主は何してんだ。


「王が悪いんじゃないのか?」

「そうだなあ。僕そいつ知ってる気がする」

「あのー、陰口は本人の前で言うもんじゃありませんよぉ?」

「だから、陰口じゃないだろ?」


「はいはい。いくらですかね? 手を出して」

「なんだ、この姉ちゃんは話が分かるな。お前の … いや、やっぱいいや」


 なんですかね?

 今、僕の胸を見て溜息ついたね?

 残念だったな、僕は男だ。


「これでいいかな?」

「うぎゃあああ」


 手を出して、と言っておいて、膝を砕いてやった。

 軟骨の間に、小石をねじ込んでやったんだ。

 小石を作る魔法なんて何に使うんだ? って思う事なかれ。

 こうやって使うんだよ。


「あー、日頃の運動が足りないのかなあ? 関節弱ってるんじゃない?」

「や、やめろおお! 俺を食べないでくれえぇ!」


 今度は網膜に黒い影を作ってやった。

 軽く火で炙ってね。巨大な怪物の幻影が見えてるみたいだね。


「せ、せんせえ! 何とかしてくれ!」

「野盗と言えど、一宿一飯の恩義だ。拙者が助太刀いたそう」


 おー。絵に描いた様な武士だよ。

 こいつ何処の国から来たんだ? 戦争した相手に居たなあ。


「ほらほら、騎士ちゃん。あんたの出番だよ」

「しかし、剣が無い。剣の無い騎士など、クッコロと言うしか無いぞ?」

「いやいや、もうあんた騎士じゃないから」

「そうだな。そう言えばクビになったんだった」


 騎士じゃないと言いつつ騎士と呼んでしまう。

 その矛盾を省みている場合じゃないな。

 元システムエンジニアは言葉の定義にはうるさいのだ。


 剣なあ。

 僕の魔法で作れなくは無いんだけど。

 代償が必要。


 剣一本だとー、あの辺の山一個丸っと必要かなあ?

 あと、ものすごくお腹空くから、その後は騎士ちゃんしか戦力が居ない。

 ポンコツ王女は、ただの奴隷だし。

 いや、待てよ。このポンコツは権力者だぞ。それも国のトップ。


「ポンコツちゃん。あの辺の山貰っていいかな?」

「いいけどー。何するでやんす?」

「まあ見てなって。いや見るな。見たら殺す」

「どうしろと … 」


 僕は魔女の養子だけど、それだけじゃない。

 僕自身、魔女だったんだ。前世でね。


 異世界転生しても身に付けたスキルは持ち越せる。

 体は別モノになるし、物質は持ち越せないけどね。


 魔法なら持って来たんだよ。

 もっとヤベえ世界から。


 転生で成長を続けるのは、女騎士だけの不思議機能じゃないんだ。


 まあ、見てろって。


「だから、見てていいのか、見ちゃ駄目なのか、どっちなの?」

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