30. 尻尾の惨劇
全身を縄で縛られた美少女が、下半身丸出しでグッタリとしています。
傍らに転がっているのは、血に濡れた尻尾です。
アンは、すっと背筋を伸ばして正座をし、そんな惨状をじっと見つめています。
罪を犯してしまったのだから、罰を受け入れよう、そういう心持ちなのでしょうか。
カーテンの隙間から入る月明かりに照らされてた横顔は凛として美しく。
潔い精神を反映しているようです。
サイコな犯罪者ですけどね。
転がっているのは美少女ではなく、弟です。
弟かな? コレを弟だと判定するには、何かが足りませんね。
足りないものは尻尾だけはないような。
「尻尾とっちゃったの?」
「はい。つい、いじり過ぎてしまいました」
拘束された異性とひとつ部屋に閉じ込められた事で、好奇心を抑える事が出来なかったんですね。
分かります。
私は、弟の尻尾を引っ張ってやろうなんて、思った事はありませんが。
ありませんよ?
「姉ちゃん、助けて … 」
猿轡と目隠しを外してやると、すがる様な目で私を見てきます。
胸がジーンっと痛みます。
これは恋心ではありませんが、人として大事な感覚でしょう。
妹をこんな目に合わせたのは誰ですか?
私ですね。
実行犯はアンですが、これは私の責任です。
私は弟を妹にしてしまいました。
「あんた、妹になったんだね?」
「どうやらそうみたい」
千切れたのは後ろの尻尾だけです。
でも、前の尻尾もありません。
最初から無かったのでしょう。
弟は元から妹だったのです。
この世界は不思議な事だらけですよ。
「尻尾が千切れた跡は、キレイなもんだね」
「そうなのか? 痛みも別に無いな」
逆鱗のようなカサカサがありますけど、きっと角質でしょう。
私と一緒です。
もしかして。
この子は血の繋がった妹なのでは?
妹の拘束を解きパンツを履かせてやり、魔獣パレスを出ます。
ここで何が起きたのか。
それは地獄へ送ってやりましょう。
「結局、燃やしてしまうのですね?」
魔獣パレスが、ゴウゴウと燃えています。
「魔女の姉御ー、何事でやんすか?」
「そっちの美少女は妹さんですか?」
「妹さんも魔女なのかしら?」
「うちはこっちのがいいかも」
「あんた節操無いわわね」
炎を見た魔獣達が集まって来ました。
私の妹を見ても、魔獣王のバックについていた魔族だとは誰も気づきません。
尻尾が無くなっただけですよ?
どこで個人を特定してるんですかねー?
好都合なので黙っておきましょう。
「ところで、あんた達はこれからどうするの?」
「出来れば姉御にこの国を治めて欲しいのですけど」
「私は、そんな器じゃないよ」
魔獣達は知らない様ですけど、私は魔国の王家の者ですからね。
魔国が魔獣国を支配下に置くことになってしまいます。
何よりも国の統治なんてめんどくさい。
帝国の任務だってあるのです。
到底果たせる気がしないですけどね。
「そうですか。残念です」
「じゃあ、選挙で新しい王を決めるかー?」
「そうだなー」
「居酒屋で相談しようぜ」
「飲み直しだー」
魔獣達は元気ですね。
ワイワイと騒ぎながら居酒屋へと戻って行きました。
あの子達の胸の中には、明日への希望だけが詰まっているのでしょう。
魔獣達が民主政治を知っている事が驚きですが。
それは偏見というものですね。
一方、私はといえば、絶望が多めなような?
弟だと思っていた魔王が、実は妹だった。
どういう事ですか。
義理の父は聖国へ逃亡したまま。
絶望という程ではないですかね。
ただ、謎だらけです。
「あんたとお風呂に入るのは初めてだね」
「そりゃそうだ」
私達は、お風呂にやって来ました。
魔獣国の銭湯です。
妹の尻尾跡にあったカサカサはやはり角質でした。
私が洗ってやってとりました。
「千切れた尻尾が雄しべだったの?」
「そうだよ。魔王族は、尻尾が雄しべなんだ」
ふむ?
では私にも繁殖が可能だった?
「でも、純血な魔王は受粉では産まれてこない」
「どこから産まれるの?」
「父さんが言うには、俺は桃の中、姉ちゃんは竹の中に居たんだってさ」
父さん?
父さんって誰?
私は知らないんだけど。
「父さんってまさか、魔獣王だったり?」
「そうだよ。アレはもう魔獣王じゃないから、タダの三毛猫魔獣だな」
今は聖国に行っているので、三毛猫魔獣ですらないでしょうね。
アレが私の父親?
そして、私と魔王は血の繋がった姉妹だった。
魔王族は女でも雄しべがある。
もはや、何に驚いていいのかすら分かりません。
「では、あの三毛猫魔獣は先代の魔王という事ですの?」
「いや、あれはタダの雑魚だった。三毛猫魔獣になっても雑魚だった」
いろいろと謎はありますが。
ひとつ問題がありませんか?
「あんた、妻のディーと血が繋がってるって事?」
「いや。ディーは母さんの子だけど、父さんの子ではない」
「再婚だったとか?」
「そこまでは分からん。母さんが浮気したのかも知れない」
ならば、他の事はどうでもいいか。
私達は何故孤児だったのか、弟は何をきっかけに魔獣王が父だと気づいたのか?
魔獣王と組んで何をするつもりだったのか?
謎は尽きませんが。
追求するのが面倒です。
それよりも今後どうするのか、です。
「魔獣国はどうすんの?」
「姉ちゃんが魔獣国をとらないって決めたんなら、俺もそれでいいよ」
「魔国は生産力が不足してるんじゃなかったの?」
「魔国では奴隷を殺しちゃいけない法律でも作ればいいんじゃないかな」
「奴隷を守り過ぎると、魔獣国みたいになるんじゃ?」
「そうだな。失敗例からは学んでうまくやるよ」
魔獣国にとってはいい迷惑ですが、妹にとっては実験だったのかも。
「後継ぎはどうすんのさ?」
だって純血の魔王は受粉じゃ産まれないんでしょ?
「子供なら沢山居るから問題ないだろ」
「でも受粉で作った子は、魔王じゃないんでしょ?」
「魔王の血統を守るのは、姉ちゃんに任せるよ」
なんて事ですか。
王の勅命が、一家の存続にかかわる課題とリンクしてしまった。
これはもう逃れようもない運命なのでしょうか。
私は、恋に落ちねばならない。
「いや、あんたにもやってもらうよ」
「でも俺、魔国の王だぜ?」
「そんなものは母さんかディーに移譲しなさい」
「分かったよ」
プロジェクトラブコメのメンバーがひとり増えました。
「もしかして、俺ってミーナの子を妊娠してたって事か?」
そういえば、私にまだ尻尾があった時に、それっぽい事がありましたね。
「ニンゲンのメスは受粉出来ないはずだぞ」
「だから、産まれなかったのか」
あの時は尻尾が千切れる前に、私が魔法で作った水をスズメが飲みました。
もしかして、魔法で作った水には花粉が入っている?
「あんた魔法で水を作れる?」
「いや、無理。そういう生活に役立ちそうな魔法は一切使えない」
「もし水を作れたら、それを飲ませた相手は妊娠するかも」
「なんだって!? ちょっと教えてくれよ水魔法」
「こうだよ」
私は、目の前で水を作って湯船にぼじゃーっと落としました。
「見ただけで分かるか!?」
「そうだろうけどさあ。教え方も分からないし」
ん? そういえばあの時、水を飲まなかったのに妊娠したヤツがいたような?
「おい、ミーナ。湯船に水入れたら俺達妊娠するんじゃないのか?」
「あ!」
「さっきも言ったけど、ニンゲンは妊娠しないから」
「ワタクシ達、ニンゲンなのかしら?」
んー?
オタマジャクシの様になっても死なないニンゲンなんて居るのかな?
どうだろうか。
女騎士はニンゲンではない?
「受粉魔法の応用で診てやるがー、大丈夫だ妊娠していないぞ」
多少は苦しむかも知れないけどね。
「ところで、魔王には名前が無いのか?」
「ああ、魔王に名前は無い」
「私はコイツをなんと呼べばいいのか? もう弟じゃないしなー」
「元々、名前なんか呼んでないだろ」
そういえばそうでした。
「不便なので何か付けましょうよ」
「そうだねー」
ミーナの妹だからなー。
ミーロ、ミンナ、ミレー、ミルベシ、ミテミテー。
「ミタラシヌー、ってのは?」
「なんだよそれ。ミーレにしてくんない?」
今日から私の弟は、俺っ娘の妹です。
名前はミーレです。




