3. 男の娘と女の息子
魔導士は魔法で会話出来る。
魔法通信と呼ばれるそれは、魔導士を介する事で、女騎士も参加出来る。
俺は、やさぐれたはぐれ者だけど、そこまでマヌケじゃない。
こんな国家機密級の会話を、冒険者ギルドでペラペラ喋ったりはしない。
さっきからずっとスズメとは魔法で会話していた。
誰にも聞こえないし、会話に割り込む事も不可能だから。
なのに。
この少女は会話に割り込んで来た。魔法通信で。
「場所を変えましょう。まったく任務の事が伝わっておらぬ」
少女について行くと、王宮の離れの一室に通された。
少女といっても、20歳前後だとは思うが。
私は前世も含めると、完全におじいちゃんなので、20歳前後は少女枠だよ。
「この部屋は、魔法障壁もあるから。普通に話してもいいわよ。わらわ達以外誰も居らぬ」
この少女は一体何者なのか?
魔法通信が可能なのは、魔導士以外だと巫女しか居ない。
巫女でも他人の通信には介入できない。
可能性としては、本物の王女くらい?
わらわ、とか言っちゃってるし。
王女の実態は国家機密なので、誰も本当の事を知らない。
護衛の騎士も知らない。誰が本物なのかも不明だし、影武者が何人居るのかも謎だ。
やべえのに目を付けられちゃったなあ。
この部屋は土壁と障子の日本家屋だ。
通気性抜群で、話し声なんて外に筒抜け。それが、魔法障壁で漏れないと言う。
魔道具なのかな? 研究してみたい。
「さすがに、思考までは読めないから、ちゃんと発言してね? この部屋を研究するのは駄目よ」
いや? 思考読まれてませんか?
きょろきょろ見回してたし、顔に出てただけかな。
「さて、早速だけど本題に入りましょう。わらわは、回りくどい事は嫌いなの」
「えーっと? 私達の任務についてご存知なんですね?」
「敬語とかも不要。ただの小娘だと思っていい」
「はあ」
そう言うなら、楽にしようか。お茶うめーや。このおはぎは、上品なこしあんだねえ。
ただの小娘が振る舞えるとは思えないんだが。
「ふふーん。男の娘と、女の息子ってやつね。やっぱりいいカップルじゃないの」
「あの、それが本題ですか?」
「あら? 萌えが重要だって、あなたが教えてくれたのよ?」
何やってんの過去の私。相手は、やんごとなきお方なのに。
先月の事だった。
私なんかに意見を聞きたい人が居るって事で、任務として呼び出された。
「逆らったら命が無いと思え。聞かれた事は全部話せ」
上司にそう命令された。人権なんて無いんだよ、この国には。
その時の相手が、この少女。
どうやったら男女がくっつくのか、なんて聞かれた。
そんなもん私が知りたいわ。
仕方ないので、ラブコメの鉄板を語っておいた。
異世界の創作物の話なのに、よく理解できたものだね。
「男の娘と、女の息子って何だ?」
「あなた達みたいな、男に見える女と、女に見える男のことよ」
「なるほど? それを燃やせば子供が出来るのか?」
燃やすなよ。魔法でも人体発火は無理だぞ。あとベタ過ぎだぞ? 仕方無いけど。
スズメが男みたい、ってのはここまでの描写で分かったと思う。
血で真っ赤に染まった顔で笑う、鬼か悪魔だ。
見た目はポニーテールの美少女だけどね。
ポニーテールは、武士のちょんまげの様なものらしいよ。
女騎士の中でも、上位の者だけが結っている。
で、私だけど。
拾った魔女が「ミーナ」と名付けてしまったくらいに、女の子みたいな見た目なのだ。
いや、おかしいよね? 尻尾だって生えてるでしょ? だいたい赤子の時に、見た目に男女の差が出る?
って思うじゃないですか? 魔女だから未来を見通したんだってよ。何ソレ?
魔導士達は、私を女だと思って避けてた節もある。あいつら、生涯童貞の魔法使いだからな。
「子供を作れ、ってのは合ってるわよ。それがあなた達の任務」
任務でやる事?
この少女はトップブリーダーなの?
「子作りの秘術は王室にも残ってないのよね。それが大問題なの」
公爵家令嬢くらいだったらいいなあ、なんて思ってたのに。王室ですかー。
王女らしき少女が語ったところによると。
女騎士の少子幼齢化は国家存亡に関わる大問題。
解決は急務なのだが、こんな事を貴族に頼むと派閥争いの火種になってしまう。
かといって、庶民や奴隷にやらせるわけにもいかない。
有能な女騎士の遺伝子を残す必要があるのだから。
そこで、魔導士と女騎士のはぐれ者に白羽の矢が立ったワケ。
ここにもまだ問題がある。
王家ですら子作りを秘術だと言ってしまう状態。
女騎士は子供の作り方どころか、男女の違いすら知らない。
魔導士も独身貴族を気取っている童貞魔法使いばかりなので、女と付き合った事すらない。
私だけが、ただのヲタクなのに、恋愛エキスパートだと勘違いされてしまった。
違うんだ。私は昭和の少女マンガが好きなだけなんだ。
子供の作り方なんて知らん。
ああ、なんて事だ。先月の謎の聴取をもっと上手く乗り切っていれば。
「わたわも学びたいからね。王室だっていつ女騎士と同じ危機が訪れるか分からないのだし」
王室も、謎の仕様で子作りが不要らしいなあ。
どこまでも異世界ファンタジーだわー。
私はハードボイルドなSFが好きなんだけどなあ。
「というわけで、わらわも一緒に暮らすわよ。監視と観察があるから」
「それは、世間的にはどういう建前で?」
「そうねえ、財を成して引退した商人の夫婦と奴隷ってとこね」
「はい!?」
「あ、あんた達は、私の権限で解雇してあるから、もう戻る所なんか無いわよ」
人権は!?
そこまで踏みにじられていいの!?
ああそうか、ここ異世界だったわー。
ってゆうか、こいつ王女じゃねぇか。
この国のトップだよ。王女なのにキングだよ。
「あんた王女なんでしょ? 国家のトップが不在でいいの?」
「影武者の方が政治家としては有能だから、むしろ丁度いいわよ」
「あ、そう」
王女が奴隷って。
何そのシチュエーション。前世で憧れたような気もするけど。
現実に巻きこまれたら、こんな地獄は無い。
もう、何処から突っ込んでいいのかも分からないし、そもそも突っ込む権利も無かった。
「まあいいや。あんた名前は?」
「奴隷に名前なんか無いわよ」
「あ、そう。せめて年齢を教えて」
「19歳よ。あなた達と同じね」
未成年だったら、赤裸々に語るのはマズかろうと、先月の聴取でも気を使ったのだが。
19歳ならいいか。いいのか? 相手は王女だぞ? でも奴隷なんだっけ?
「早速、住まいを探しに行きましょう!」
「おい、お前奴隷なんだから、俺に命令すんなよ」
「え!? あ、はい。すみません親分」
「あ? 奴隷ならブヒィだろ」
「ブ、ブヒィ」
すげえな。スズメの順応力が半端ねえ。相手は王女ですよ?
正統派王女型の腹黒そうな美少女だし、ブヒィは無いわー。萌えるわー。
「あら? わらわが産んでもいいかしらね?」
「ブ、ブヒィ」
おいらは哀れな子豚ですー。いじめないでくださいー。