29. 祝いのおまんじゅう
魔王が全身を縄で縛られて転がっています。
これもあるいは男女のドキドキな秘め事なのかも知れませんが。
私は、こいつの姉だし、アンは6歳児です。
ラブコメには発展しませんね。
弟は私に逆らっても無駄だと悟っているので血は流していません。
一撃も食らっていないのに死んだふり。
そこをアンに縛られました。
なんだかマニアックな縛り方で。
どこで学んだのでしょうか? 学校では教えないと思います。
更に、目隠しと猿轡。
見た目が美少女なので背徳的というか猟奇的というか。
ギャラリーの魔獣達も払って、玄関を閉ざし、窓はカーテンを閉め切っています。
邪教の儀式か、拷問の現場ですね。
ラブコメ要素は皆無。
おかしいですね?
私達はどこで道を誤ってしまったのでしょうか。
「やべえぞ! 魔獣王のヤツ、異世界ゲートの向こうへ行っちまった!」
スズメが慌てた様子で帰って来ました。
魔獣王はボコボコにしたにもかかわらず、逃げてしまったのです。
それを追いかけて行ったのですが、取り逃がしたようです。
「聖国へ行っちゃったかあ」
聖国なら魔獣を取り押さえられそうですが。
「ゲートを越えると姿形が変わりますのよね?」
「そうだねー、何かヤベえのに変わっちゃってるかもねえ」
「大怪獣とか? 滾るな!」
さすがに、ソレはー。
無いとは言い切れない?
「聖国で暴れる分には都合がいいですけど」
「帝国に侵攻するかも知れませんわね?」
さて、どうするか?
魔獣国のゲートは猫魔獣しか通れません。
魔獣王は通っちゃったのに、私達は通れない。
聖国に行くためには、魔国のゲートを通らないと。
まず魔国へ戻り、そこから帝国へ抜けてから、聖国へ。
ぽってぽて歩いていたら手遅れになるでしょう。
なるでしょう。
なったらどうしたと言うのだ?
私は、やさぐれたので飲みに行く事にしました。
こういう時くらい飲酒してもいいでしょう。
何が悪いかと言えば、私の所業ですけどね。
自分を責めてもツライだけです。
お酒で忘れてしまいましょう。
「ちょっと飲んで来るわー。あんたらは留守番ね」
16歳児と6歳児にお酒は危険です。
ひとりで行きます。
ブタ魔獣の居酒屋に行くと、大変な盛り上がりです。
「これからは堂々と肉を食えるぜー!」
「肉まんもいいけど、やっぱトンカツだよなあ」
「角煮もスペアリブもウマいでー!」
ブタ魔獣店主がスペアリブをモグーっと食べてます。
同族っていう感覚は無さそうです。
「なんでブタ魔獣のワイがブタを屠殺して調理せなならんかったんやー」
「そんな地獄ももう終わりだぜー!」
「これからは奴隷にお任せっすよ」
食べるのはいいけど、屠殺して調理するは嫌。
魔獣も、人並みにわがままな情緒してますねぇ。
厨房ではニンゲンが調理をし、店内で注文をとったり運んだりしているのもニンゲンです。
ニンゲンはみんなぶくぶくに太っています。
「きついわー。今まで楽だったのになー」
「でも生活は安泰だからなあ。贅沢は出来ないけど」
「そうだねー、魔国だとなんでも暴力だもんねー」
「ああ、あの国は地獄だろうなあ」
ニンゲンも奴隷の立場に満足なんですか?
日本人の倫理感では分からないものです。
「こちら、あちらの方からです」
「姐さん! 食ってくだせえ!」
まだ何も注文していないのに、私のテーブルの上は料理とお酒で一杯です。
魔獣王を打倒したので英雄扱いです。
そうだ! 私は魔獣の役に立つ事をしたんだ!
何も悪くない!
ほろ酔い程度ですが、私は自分を許す気分になれました。
聖国ではちょっとした厄災が起きているかも知れませんが。
それは明日か明後日に考えましょう。
「ちょっと店員さん。この辺を適当に包んで魔獣パレスに配達してもらえる?」
「ういっすー!」
あの子達もお腹を空かせている事でしょう。
私だけが食べるわけにはいきませんね。
「魔女お姉様ー、私お姉様の子供を産みたいです」
「え? そう言われてもね?」
「おまえ、抜け駆けすんなよ」
「みんなで産めばいいじゃん」
「そうだな!」
発情したメス魔獣達が私を取り囲みました。
え? 何言ってんの?
「でもお姉様は尻尾がないぞ?」
「あー、尻尾なあ」
「魔女様なんだから、尻尾なんか不要なんじゃないの?」
そうだぞ。
魔女は尻尾なんか不要なんだぞ。
だって、尻尾を何に使うのよ?
ちょっと前まであったけど、邪魔なだけだったよ。
「尻尾なんて飾りですよ! えろい人には分からんのですよ!」
ほんと何言ってんの?
「てめえの尻尾を寄越せー! おら脱げー!」
「やめたってえな、そいつまだ子供やで」
「じゃあ、テメエの尻尾出せやー!」
「うぎゃー!」
みんな大暴れです。
尻尾なんていつも丸出しじゃないですか。
こういう遊びなんでしょうか?
そうやって2時間程楽しみました。
お腹も一杯になったし、帰りましょうか。
「魔女の姉御ー、いつでも来たってやー」
みんなに見送られ、魔獣パレスに帰ります。
ご飯はおいしかったし、お酒もおいしかった。
大騒ぎする魔獣達も楽しかった。
こっちの世界に居る時くらいは、多少はお酒を飲んでもいいかも知れないですね。
メス魔獣が発情していたのは謎ですけど。
魔獣パレスに帰ると、玄関前にスズメが険しい顔をして立っています。
「どうしたの?」
「見張っていた。ミーナ以外には見せられない状況だからな」
この中に、一体どんな惨状が?
そういえば、縄で縛った弟を転がしたままでしたね。




