2. 少子幼齢化
「俺は剣で人を殺せる。お前は何が出来るんだ?」
お互いの技能を把握する。
これから一緒に暮らすのだから、重要な事だね。
家事の分担だって決めなければならないし。
剣で人を殺せる技能が役に立つ家事があるとは思えないが。
包丁も器用に扱えるのなら料理かな?でも、この国の家事に料理は含まれない。
「俺は魔導士だからな。火を起こしたり、水を作ったり。遠くの人と会話したり」
「それが何の役に立つんだ?」
そうだね。
火が必要ならライターがあるし、水は井戸で汲めばいい。
武力で肥沃な土地を独占しているから、水で困る事なんか無いしね。
遠くの人と会話出来る能力はあっても、俺には話し相手が居ないからね。
フォロワーゼロのSNSアカウントみたいなもんだ。
「言葉を返すが、お互い様だぞ」
「そうだな」
特殊任務で一緒に暮らす相手は、血塗れの女騎士スズメだった。
女騎士のはぐれ者。魔導士のはぐれ者の俺とは、いい組み合わせに見えることだろう。
上からはね。
当事者同士は、何で俺達が? って感じなんだが。
「まあいいだろう。家事なんてしなくても死にゃあしない」
「そんな事はない。俺はハウスダストアレルギーだから、この部屋に居るとツライんだが」
「早く言え。外に行くぞ」
掃除は俺の担当で決まりだろうな。
公平な家事の分担なんてのは幻想だ。
ありもしないものを求めるから上手くいかなくなるのだ。
俺は、それを前世で学んだ。結婚していたワケでもないんだけど。
奴隷を雇うという手もあるのだが。
未だにこの世界の倫理感に馴染めない俺には無理だ。
「まず重要な問題を解決しよう」
「何だろうか?」
ふたりで冒険者ギルドへやって来た。
ここにはカフェが併設されているのだが、女騎士特権でタダでお茶が飲めるのだ。警察官がドーナツショップへ行くと、タダでコーヒーが飲める国が地球の何処かにあったが、それと同じだ。
スズメが入って来た途端に、それまで争っていた冒険者達が静まり返った。
女騎士には司法執行権があるから、斬り捨てても罪に問われないんだ。
「どっちも俺って言ってるのはおかしい」
「そうかも知れない」
この世界でも、一人称が俺なのは、基本的に男だ。
女が俺と言っても、ちっともおかしくはないけどね。
女騎士で俺と言うのはスズメだけ。
女騎士達は貴族の娘なのだ。言葉遣いは厳しく教育される。
そういう点でも、スズメは女騎士のはぐれ者、異端児だ。
「私は何も聞いてないんだけど、スズメは何か聞いてる?」
「この作戦の目的か? そうだな、これは推測でしかないのだが」
協議するまでもなく「お前が変えろ」と言われたので、俺が私に変えた。
うっかり間違うと斬り殺されるかも知れないので、今後は思考も私に変えよう。
こんな事に意味があるのか? というと無いのかも知れない。
令和日本ならジェンダーロールの押し付けだと叩かれるだろう。
逆になっている気がするけどね。
なお、不思議な事に、この世界の言語は日本語だ。もし異なる言語だったなら、私は出世が遅れるどころか、転生して早々に餓死していただろう。
「女が男と一緒に暮らすと、子供が産まれるのだろう?」
「間違ってはいないが、正しくもないな」
突然、何を言い出すんだ?
そもそも、女騎士と魔導士で子作りなんて可能なのか?
いや、可能なんだろう。女騎士だって生物学的にはメスだし、魔導士はオスだ。
女騎士は、どこからやって来るのか?
王宮内の神殿に赤子が湧いてくるのだ。
キャベツや桃を割ると、中に居る。
竹を割ると居る、という噂でもある。
全て噂だ。俺は実際に見た事なんかないよ。
赤子は貴族の養子として育てられ、6歳になると近衛騎士予備校に通い、15歳で卒業すると近衛騎士に任命される。
近衛騎士は王室の護衛だけでなく、先日の様に戦争にも参加する。
死を名誉だとする女騎士は、いつか戦死する事になるワケだが。
死んだら、神殿に湧いてくる赤子からやり直すというわけだ。
赤子は、記憶も剣技も覚えたままなので、輪廻転生を繰り返す程に、女騎士は強くなっていく。
そうやって女騎士はずっと一定数が維持されている。
つくづく異世界ファンタジーだな。俺の魔法なんてスマホ以下なのに。
「女騎士とはそういうものだろ?」
「いや、一部間違ってる」
「どこが? 赤子が湧く場所か? 確かに伝聞でしかないが」
「それは国家機密だからどうだっていい。女騎士は一定数じゃない。減り続けているんだ」
そういう噂は、ここ最近まことしやかに語られる様になってきた。
でも私は職場に仲のいい魔導士も居ないし、プライベートの友人も居ないので、非公式の情報には詳しくないのだ。
これが事実ならそれこそ最重要国家機密だぞ。
「女騎士は貴族の家で新しく産まれたりも?」
「しない。王国が建国されて1万以上経つが、女騎士は一度も人から産まれた事がないんだ」
ああ、そうか。
こいつは、1万年以上前から、その目で見てきているのだ。
記憶を保持したまま輪廻転生する女騎士は、ある意味不老不死だ。
1万年生きているのと同義。
彼女が見てきた事は、どんな歴史書の記述よりも、事実に近いはずだ。
こいつの主観が歪んだ事実を認識している可能性はあるだろうが。
女騎士は何処から来て、何処へ行くのか?
それは深淵の向こうに隠された謎だ。
しかし、減るはずの無かった女騎士が減り始めているのは、どうやら事実らしい。
この国の主要戦力、というか主要兵器というべき女騎士の少子高齢化。
これは国家の存亡に関わる危機だ。
「女騎士は高齢になる前に死ぬから、少子幼齢化だな」
「なんだそれ。でも確かにそうだな」
戦力が不足する将来を懸念した国家の上層部が、近衛騎士予備校での訓練を厳しいものにした結果、卒業する前に死んでしまう女騎士が増えているそうだ。
「俺が、去年卒業した時には、もう危ない状態だった」
「よく生き残れたな?」
「真面目に授業を受けなかったから」
不真面目だからこそ、生き延びた。
去年とか言ってるけど、3年くらい留年してない? どんだけ不真面目なの。
前世の俺が居たIT業界もそうかも。
真面目な性格の奴は、理不尽や不条理に耐えきれずに去って行く。
俺は、適度にいい加減だったから助かった。
転生のきっかけになった死因は過労死などではない。多分、飲み過ぎだ。
俺の死因は、どうでもいいな。
今問題なのは、そんな事じゃない。
「つまり、女騎士が子供を産んで増える時代が来た?」
「そういうこと。この任務は実験なんだろう」
だからって、子供の作り方も知らない女を男と一緒にしただけじゃなあ?
「あなた達、たわ言をペラペラと喋らないで頂戴」
ふいに少女に話しかけられた。
冒険者達は、女騎士を怖れて遠巻きにしているだけだから、誰かが話しかけてくるとは想定しておらず驚いた。
私達は魔法で会話していたのだから、尚更驚いた。