1. 魔道士の左遷
血飛沫が女騎士の全身を真っ赤に染める。
強引に振り抜いた剣は、敵兵士の上半身を袈裟斬りに引き裂く。
折れ曲がってしまった剣を、躊躇無く放り投げる。
今斬ったばかりの敵から剣を奪い、次の敵兵士に斬りかかる。
巨大な暴力によって、次々と敵兵達の形を変えていく。
斬る、というよりも、殴る、といった方がピッタリくる。
こんな鬼の真似は、俺には到底無理だ。
「スズメさん。剣を折るなどはしたない。修行が足りませんね」
アン隊長が戦地の只中とは思えない落ち着いた様子でそう言う。
まるで、部活中の先輩が後輩に注意するように。
その涼やかな顔同様に、剣には血の一滴すら付着していない。
彼女が腕を振れば、敵兵はスパっと割れて行く。
元からそんな形だったっけ? と錯覚するほどの鮮やかさ。
この国の女騎士の規格外の修行の賜物だ。
もちろん剣が折れ曲がる事など、あり得ない。
あまりにも軽やかに敵を割いていくので、俺にも出来るかなと錯覚させる。
敵兵は、裂けるチーズじゃないんだぞ。
「うるせえ! ぶっ殺せばいいんだよ!」
スズメと呼ばれた女騎士は、真っ赤に染まった顔面で吠える。
相手が上官だろうが関係ない。余計な事を言うならお前も斬るぞ、と言わんばかりだ。
また別の敵兵士の胸を刺し貫いた。
勢い任せの雑な攻撃に見えるが、鎧の僅かな隙間を突いた精密攻撃だ。
これもまた、この国の女騎士にしか成し得ない剣技だ。
「剣は騎士の魂だというのに」
アン隊長は表情ひとつ変えず、淡々と敵を斬り伏せる。
一方、スズメは魔獣の如く、ガオー! と叫びながら敵陣の中を進んでいく。
敵兵の数は、200人。
こちらは、後衛の俺を含めて、たったの3人。
200の敵に対して、女騎士2人と魔導士1人という構成。
この国の女騎士が如何に規格外であるかということを如実に示している。
女騎士たったひとりで作戦を展開する事も珍しくはない。
彼女達は、チーム連携の訓練を一切しない。
ただひたすら個人の剣技を極めるため、輪廻転生を利用して何千年も修行を続ける。
故に、味方など邪魔な障害物でしか無いのだ。
不可思議な話が出て来た事から分かる通り、ここは異世界だ。
この国の女騎士達は記憶と剣技を持ったまま輪廻転生し、ひたすら剣技を極め続ける。
ファンタジーというか荒唐無稽というか。
かくいう俺も、この世界に転生して不可思議能力を身に付けた。
魔法だ。
職業は王立魔導士。
この国では、女騎士と並ぶトップエリートだ。
日本からこの異世界へ転生し、19年かけてここまで登り詰めた。
異世界の出世街道も茨の道だったよ。
「ミーナさん。大将クビが見当たりません」
ミーナは、俺の名前だ。
戦地での俺の役割は、魔法を使った斥候と、負傷兵の治癒、武器防具の修復、本隊との通信、といったところなのだが、実は殆ど仕事が無い。
女騎士の方が敵の気配を察知する能力に長けているし、負傷する事などあり得ないし、武器防具を破損させる事もない、本隊には「任務完了、敵部隊殲滅せり」以外に伝える事が無い。
武器を壊すのは、スズメくらいのものだし、こいつも敵の武器を奪うので修復の出番は無い。
今回も、敵部隊殲滅せり、だ。
大将クビを探せと言われても、敵兵はひとりも残っていない。
200人居た敵兵士は、2人の女騎士が全て斬り殺した。
捕虜も捕らえないし、敢えて残して敵に己の強さを喧伝させたりもしない。
その是非は、俺には分からない。
とりあえず、SDGsとかそういうのとは無縁なんだろうね。
いや? ニンゲンの間伐でカーボンニュートラルに貢献しているのかな?
「この部隊にも大将は居ませんね」
「あらそう。クビを獲れないなんて、つまらないわね」
この部隊に限らず、現在交戦中の国には、大将などいうものは存在しない。
部隊長は居るのだろうが、戦死すればすぐに別の者にすげ変わるので特定が出来ない。
クビを獲ったところで戦果に変わりは無いのに。
女騎士は修行の成果として、大将クビを集めたがる。
なろう作家が星を集めるようにね。
女騎士を憐れに思うなら5つほど置いて行って欲しい。
さて、任務完了のため帰還するワケだが。
ここからが、魔導士の重要な仕事だ。
「では帰りましょう」
「そっちじゃありません。こっちです」
女騎士達は軍人のクセに方向オンチしか居ないのだ。すぐ道に迷ってしまう。
にもかかわらず、自信満々で勝手に進んでしまう。
なので、戦地への往きと帰りは俺達魔導士が道案内をする。
魔導士とはナビゲーションシステムの事かも知れない。
だから、魔導士が道に迷う事など、あってはならぬのだが。
ならぬのだが。
「温泉に入りましょう」
「いいわね」
「いいな!」
俺も方向オンチなのだ。
これが出世の遅れた原因のひとつ。
しかし、魔導士が「道に迷った」と言えるワケもない。
偶然発見した天然の露天風呂に浸かる事にする。
女騎士はお風呂が大好きなのだ。もちろん同意してくれた。
「魔導士が魔獣だという噂はホントなのね?」
「ああ、尻尾が生えてやがる」
女騎士達がギャグで言っているのか、天然なのか分からない。
俺は、ミーナという名だが、染色体構造はXY、男なのだ。生えているのは尻尾じゃないぞ?
女騎士達は、当然女。染色体構造だってXXだろうよ。
なのだが、俺達はお互いを異性として意識する事が一切無い。
躊躇なく全裸になり、一緒に湯に浸かる。
戦闘能力の無い俺を守るために、肌が触れ合いそうな程に距離も近いが、何も気にしていない。
女騎士は生涯を乙女として過ごす。
結婚もしないし、子供を産む事もない。
魔導士に職場恋愛は無理なのだ。
鬼より強い修羅の女騎士と付き合える気もしない。
彼女達は、白馬の王子様が現れようものなら、即座に斬り殺すだろう。
そういう生き物なのだ。
トキメキなど感じるはず無いだろ?
「今日の任務は早く片付きましたね」
「敵がうまいこと、俺と隊長に分散して襲いかかって来たからな」
「スズメさんの乱暴な動きを見切れると思った上級雑魚はこちらに来ませんでしたから」
「動きの少ない隊長を弱いと思った下級雑魚は、こっちに来なかったからな」
俺の目には、全員逃げ惑っている様にしか見えなかったけどね。
雑魚に上級と下級がある様にも見えない。
「そろそろ、この戦争は終わりみたいですよ」
「あら、でしたらまた修行に明け暮れるのみですわ」
「そうかー、じゃあ俺は長期休暇欲しいなあ」
「少しは修行をなさったらどうなの? 休暇をとるのは自由ですけど」
「あー? 人生は一度きりなんだぜ。修行ばっかしててどうすんだよ」
スズメも輪廻転生をしているのだが、彼女は「今回こそ死ねば終わりかも」と考えているそうだ。
俺は魔導士の異端児だが、彼女は女騎士の異端児だ。
風呂に入っているうちに、「あ、あそこの分岐が右じゃなくて左だったな」と気付いたので、俺達はどうにか帰還する事が出来た。
温泉経由で帰還した1週間後、戦争は終わった。
次の戦争に備えて、女騎士は修行に明け暮れるし、魔導士達は魔法の開発をする。
当面は、それが任務だ。
いずれまた戦争が始まれば戦地へ行くし、スズメやアン隊長がその時まで生きていれば、また同じ隊になる事もあるだろう。
それまでは、多少の理不尽さはあるが、平和な暮らし。
再び戦地に行ったとしても、無敵の女騎士が共に居れば危険な目に遭うこともない。
王立魔導士になった俺の人生は安泰なはずだ。
はずだったのに。
「お前には、特殊任務を与える」
魔導士長に呼び出された俺は、そう告げられた。
要するに左遷だ。
俺の出世が遅れた最大の理由。
俺は目立ち過ぎなのだ。
現代の魔導士は魔法の開発なんかしない。改良すらしない。
それは「魔法は完成されたものである」というのが現代の常識だからだ。
だが、異世界から転生した俺には、無駄や誤りが多いシロモノに見えた。
前世での俺の職業はシステムエンジニアだ。物事を合理的に分析する習性がある。
常識だと言われても、一次ソースをあたらずにはいられない。
王宮図書室の魔導書を読み漁り、何度も実験と実証を繰り返した。
だが、そんな俺の努力は認められなかった。
ガタガタと小うるさい理屈を言う奴、完成された魔法にケチをつける不届き者、として嫌われてしまった。
しかし、魔法の改良、効率化、自動化は、命にかかわる事だ。
俺は、魔法開発を止める事は無かったが、うまく擬態して周囲に合わせたつもりでいた。
いたのだが。
「お前には、通常任務を与えても、従わないからな」
通常任務とは言うが。
役所の書類整理の何処が魔導士の通常任務だと言うのか?
王立魔導士も確かに公務員ではあるが、書類整理は専門技能からかけ離れ過ぎている。
窓際に追いやって自主退職を促す、悪しき日本企業の風習と同じだ。
令和日本ならパワハラ認定確実。
しかし、ここは日本ではないし、近代でもない。中世の封建主義社会だ。
王族が居て、貴族が居る。女騎士達も、本業は王族の近衛騎士だ。
で?
今度は特殊任務だって?
俺に何をさせようって言うんだ。
「とある女騎士と組んでもらう」
「女騎士と? 戦争は終わったんですよね?」
俺達の仕事はいつも女騎士と一緒だ。
だけど、それは戦時下の作戦だけ。
戦争が終われば、女騎士とは顔を合わせる事すらない。
「ああ、そうだ。やるのは戦闘でも潜入工作でもない」
「じゃあ、何を?」
「女騎士と一緒に暮らすだけだ。そいつもハズレだから、お前とは仲良く出来るだろう」
「一緒に暮らすだけですか? 目的や背景は?」
「いちいち俺に聞くなよ。うるせえな。さっさと行け」
以前の俺なら、「てめえに聞かなきゃ誰に聞くんだ?」「誰がハズレだ!」と噛みついたところだが。
無駄な上に、立場を悪くするだけなので、黙って引き下がった。
王立魔導士は、たいした仕事もしないくせに、トップエリートとして権力だけはあるので、腐りきっているのだ。
要するに、女騎士と魔導士の異端児をセットで処分しようって魂胆なのだろう。
「だったらクビにすりゃあいいのに」
日本の社畜とは違う。
王立魔導士は、王室の権限でいつでも解任可能だ。
何故、解任もせずに、この様な任務を押し付けるのだろうか。
考えても分からないものは仕方ない。
少なくとも、打ち首にされるよりは、ずっとマシだ。
俺は、少しだけ前向きな気持ちになって、これから共同生活を始める、女騎士の部屋を訪ねた。