プロローグ
「ここは……?」
交通事故で18年の人生に幕を下ろしたはずの俺は、次に気づいた時にはわけの分からない不思議な空間に全裸で立っていた。
どこまでも続く平坦な足元には1cmくらい水が溜まっている。
小さな光が無数の星のように輝いている深い紺色の空は、まるで宇宙をそのまま映し出しているかのようだ。
「ここが死後の世界ってやつなのか…?」
目指す場所など当然ないが、何となく辺りを歩いてみる。
静寂の中にピチャッ、ピチャッと水の跳ねる音が響き、星空を反射した水場は波打ってゆらゆら揺れる。
「もっとイカつい所だと思ってたけど、案外死後の世界ってのは神秘的なんだな」
そんな風に、存在しない話し相手にこの場所の感想を述べていた時だった。
「確かにここは神秘的じゃろう。わしの自慢の空間じゃ」
「おぉっ!? 誰っ!?!?」
突如真後ろから声が聞こえ、びっくりしながら振り返ってみると、そこには1人の少女がいた。
背の低い、金髪童顔の白いドレスを着た彼女は、俺と少し離れた所でふわふわ浮遊している。
おそらくここは死後の世界。そして目の前にはいかにもって感じの存在が。
「…もしかして、女神?」
「うむ、いかにも。わしは創世神リエス。この空間の主人であり、ヌシ、神谷竜司をここに呼んだ重宝人じゃ」
「おお!!」
まさか本物の女神に出会えるとは感動だ。
ふわふわ飛んでるし、名前もなぜかバレてるし、ニセモノってこともないだろう。
そんな風に感動していると、リエスはピチャっと地面に着地し、床は水で満たされているというのにあぐらをかいてその場に座り込んだ。
残念なことにギリギリパンツは見えない。
そして俺もリエスに合わせて床に座り、裸なのでアソコが見られないように手で隠す。
すると、リエスがニヤリと口角を上げて言ってきた。
「おや、隠す必要はないぞ?なにせヌシの貧相なソレは何度も見ているからな」
「は!?」
「わしは全能の神。なんでも知っておる。ヌシは生前、毎日のようにその鞘におさまった短剣を慰めておったなぁ?」
「なっ……!!」
「はっはっは! そーゆーことじゃ、既にヌシはわしに全てを知られておる。隠せることなど何もないぞ」
「くそっ、これが女神のやることかよ…!」
なーにが「鞘におさまった短剣」だよ!
鞘におさまってるのは事実だけど、中剣くらいはあるよ!
…まあ、仕方ない。相手は神だ。
俺が何かを言ったところで勝てるはずもない。諦めて全てを受け入れていこう。
「…こほん。で、女神様はどうして俺をここに?」
「うむ、茶番はここら辺にして早速本題といこうかの」
そう言うと、ニンマリしていたリエスの表情が真面目なものに変わった。
俺も居住まいを正してしっかり話を聞く準備をする。
…裸だけど。
「結論から言おう。ヌシにはな、別世界の神になってもらいたいのじゃ。じゃが、その話の前にもう1つの話をしたほうがヌシの理解も早まるじゃろう」
「…既にだいぶ混乱してるけど、その話ってのは?」
「多次元宇宙網という概念についてじゃ。宇宙は1つではない。様々な規則に従った様々な宇宙が複雑に絡まり合っておる。それが多次元宇宙網を超簡潔にまとめた説明じゃが、ヌシの知っている言葉で言えば、パラレルワールド、という考え方に近しいかのう」
「ああ!それなら分かるよ」
「うむ。簡単に言えば、パラレルワールドの1つにヌシを生まれ変わらせようという話じゃ。じゃが、その世界はヌシの住んでいた地球が属する宇宙軸とは少々異なるのじゃ。例えば、ヌシの世界には1つの絶対的な規則が存在しておる。それは、全ての現象は必ず数式で表すことができるというものじゃ」
「え、そうだったんだ。けど俺、研究者じゃないからそーゆーのよく分からないけどさ、全ての現象ってのは流石に誇張してない?」
「そう思うのも分かるが、これは事実じゃ。ヌシら人類がまだ見つけられていないだけで、世界の理を表す数式は存在する。それがヌシの世界の〝秩序〟だからじゃ。そして、多次元宇宙網に基づいて観測される宇宙軸はそれぞれ異なる秩序を持っている。例えばそう、ヌシに行ってもらいたい世界は魔法によって成り立つ世界であったりな」
「おお!! つまりつまり、俺は魔法によって秩序だった世界に転生するってこと!?」
「うむ、大体その通りじゃ。話が早くて助かる。では本筋に戻して、その転生について語らせてもらおう」
「是非!」
なんか壮大な話になってきたけど、ワクワクしてきたな。
「向こうの世界、今はA世界とでもしておこう。そのA世界ではな、世界各地で〝神〟が信仰されておる。種々の宗教があり、それぞれで固有の神が信仰されているのじゃ。そして辺境の村でも土着の信仰があるのじゃが、ヌシにはそこの〝土地神〟になってもらいたいのじゃ」
「…え、俺、神になるの?」
「うむ。もっとも、A世界で言う神はわしのような純粋なる高次元存在というよりも、精霊の類に近しいがの。人々の願いの集合体、それがA世界で神と呼ばれる存在の正体じゃ」
「ふむふむ」
「して、先ほども言った村の話じゃが、彼らは昔か
ら何十年と土地神信仰を積み重ねてきたのじゃ。じゃが、中々彼らの神が誕生しなくての。そこでヌシに彼らの神になってもらおうと思ったのじゃ」
「…ん、えっと、神って本来自然発生するものなの?」
「うむ、一定以上の信仰が集まればその願いが昇華して神となるはずなんじゃ」
「そうなんだ。だけど何故か自然発生しないから、俺をその人たちの信仰する神として生まれ変わらせようって話?」
「うむうむ。まさにその通りじゃ」
「そうか…」
なんかスゲェ話になってきたな…。
だけど、まだ根本の部分が謎なままだ。
「…大体は理解したんだけどさ、どうして俺なの?他にも人間は沢山いるのに」
「うむ、当然の疑問じゃな。じゃが、答えは単純じゃよ」
「え?」
俺が素っ頓狂な声を上げると、リエスはニヤリと笑った。
「…ヌシ、こういう話が好きじゃろう?」
「—!!」
「そうよなぁ、図星よな。わしは全人類のことを把握しておる。例えば、ヌシが長年片思いしてきたリンちゃんの趣味が転売であったことなどな」
「え!? そうだったの!? 確かにやけにお金あるなぁとは思ってたけど…」
「はっはっは。わしは全てを知っておるのじゃ。だから当然、ヌシが中学生の時に『オレが創造神になったら創りたい世界』とかいうタイトルのノートを作っていたり、そんなストーリーのラノベを読み漁っていたりしていたことも知っておる。ああ、街づくりのゲームなども好きだったな」
「マジかよ…。俺の黒歴史まで含めて本当に全部バレてる…」
「そういうことじゃ。わしも人工の神をA世界に生み出すというのは初めてのこと故、人選にはこだわっておったのじゃ。そんな折、ヌシが不意の交通事故に遭って即死したものじゃから、追悼の意も込め、同時にわしのためにも、ヌシを別世界に神として転生させるという提案をしたというわけじゃ」
「なるほど、なるほど…」
確かに俺は神になって世界をつくりたいとか思っていた時期がある。いや、今も若干思ってるかも。
なら、この話は俺にとって最高の話なんじゃないのか?
話がうますぎる気もするけど、聞いていた感じリエスから悪意は感じられなかったし、正直怪しむ気持ちよりも好奇心の方が勝る。
魔法がある世界で神として生まれ変わる。こんなに心踊る話があるだろうか?
…選ぶべき道は、1つだ。
「リエス様」
俺は一度立ち上がり、そしてリエスの前に片膝をついてしゃがみ込み頭を下げる。
「その話、ぜひとも俺に任せてください。俺が上手くやってみせます!」
「うむ。ではこちらからもよろしく頼むぞ、神谷竜司」
「うっす!」
リエスの顔を見上げると、彼女は満面の笑みで俺のことを見つめていた。
「では早速ヌシを向こうの世界に送り出そう。ヌシの意識は消え去るだろうが、次に目を覚ました時には転生完了じゃ。安心してわしに全てを委ねよ」
「了解!」
「うむ。では、始めるぞ」
そう言うとリエスは目を瞑って両手を合わせ、ぶつぶつ何かを唱え始める。
俺が不思議に思いながらその姿を見ていると、謎の詠唱を終えたらしいリエスが、優しく微笑みながら最後に呟いた。
「…では任せたぞ。わしの最初にして最後の——」
「…え…今、なん………て………」
直後、俺の意識は混濁の中へと落ちていった。
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