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噛み合わない現実

「白の皇帝、会いたかった神さまって……」


 自分のことなのだろうか。

(ふう)(じん)はそう思い、膝を抱えて泣く白の皇帝の背に流れる長い髪に指を絡めてみる。


「きみがひとりで旅をしてでも会いたかった竜の神さま――《(かぜ)》の神さまって、俺のこと?」


 男性的に整った指先で、何度か少年の水色の髪をくるくると絡めては離して、また指で絡めては……をくり返しながら尋ねると、しばらくしてから白の皇帝は顔を上げ、涙で目もとを濡らしたまま、なぜか、はて? と言った顔をして、


「……何で? 俺がお会いしたかったのは《風》の神さまだよ?」


 と、何か聞きちがいでもしてそんなことを言っているのだろうか、そんなふうに白の皇帝が真顔で返してくるので、《風》神は一瞬だけ頭を真っ白にして、あわてて身を乗り出す。


「いやいやいやッ、だって、《風》の神さまに会いたかったんだろ?」

「うん」

「じゃあ、俺がその、《風》の神さまだって!」


 今度は理解できただろうかと《風》神が問うて答えると、それでも白の皇帝は首をひねり、眉根を寄せて、《風》神をじっと見つめて一言、


「え? ちがうよ。俺がお会いしたかったのは、《風》の神さま。《風》神じゃないよ?」


 どう考えてもちがうでしょ? と言いたげな顔で言ってくる。

 本人を前にして、どうしてそのような否定を当然のように言いのけてしまうのだろう。

 これには《風》神がムキになる。

 白の皇帝の髪に絡めていた指を離して、自分を指し、


「いやッ、だから! 俺が《風》の神さまだって! 俺、《風》神だよッ?」

「え?」

「え、じゃなくて! 俺だから!」


 世界創世期の時代に実在した竜族であり、「(りゅう)五神(ごしん)」であり、そのひとりである《風》の自然を司る――《風》神。


「白の皇帝だって、俺のこと《風》神って呼んでくれているじゃない!」


 ――《(ふう)(じん)と《(かぜ)》の神さまは、同一語だからッ!


《風》神はここにきて渾身の力をこめて叫ぶが、白の皇帝の頭のなかでは現実と憧れが一致しないのか、さらに真顔で、はて? と首をかしげて、それまで膝を抱えていた両腕を組むようにして、


「だって、《風》神はここにいるじゃない。俺が言っている《風》の神さまは、俺のいた時代にお姿を残された、あの化石の竜の神さまだよ?」


 言って、白の皇帝はすこしだけ考えこんで、


「じゃあ、あの化石のお姿をされている竜の神さまが《風》神なの?」


 そう問うてくるので、《風》神は真っ向から否定するように激しく頭を振って、


「俺はそんな、干からびて骨だけ残るような間抜けじゃないもんッ、俺はちゃんとかっこいい最期を迎えるはずだもんッ」


 まるで子どものようにムキになって答えると、白の皇帝がまばたいて、


「じゃあ、《風》神はちがうよ。俺の《風》の神さまは、あの峻峰にお姿を残された竜の神さまだもの」

「いや、だから!」


 ――たぶん……。


 白の皇帝が憧れを寄せた《風》の神さまは、言葉だけを並べれば、世界創世期に実在した竜族で、「竜の五神」で、その並びに座している《風》神――本人でまちがいはないのだが、白の皇帝は長く峻峰に姿を残す化石をいつの間にか《風》の神さまだと強く思いこみ、自分が会いたかったのはあの竜の神さまなのだ、と定めてしまっている。

 なので、頭のなかでは《風》神が「竜の五神」だということは理解しているものの、


 ――自分がそうだときめている《風》の神さまとは、同一ではない。


 近しいようでちがう相手だと、かえって複雑に認識しているようすだった。


「でも俺が《風》神なの! 《風》の神さまなのッ!」


 先ほどの、白の皇帝が空を飛ぶことができずに駄々をこねていた以上に《風》神はひとり騒いで、白の皇帝の肩をつかむ。

 本来であれば猛禽にも似た金色の片眼は、ただ懇願だけを浮かべる幼子の目の潤みにも似ていた。


「もうこうなったら、――骨の晒し者は俺でいいから! それはきっと俺だから」

「でも……」

「でも、じゃないの。あれが俺なら、きみが会いたかった《風》の神さまは俺になるだろ?」

「ええ……と……?」


 ここまで来たら、どちらが複雑に話を拗らせているのかわからなくなってきたが、《風》神としてはもはや、白の皇帝には自分に会いたくてたまらなかったと、それだけを言ってほしくて、渾身懇願するように自身がそうだと強調する。

 困り果ててきたのは白の皇帝のほうで、そうだから納得しろと言われても、いきなり尊崇の対象が変わるものではない。

 そうかなぁ、と思いつつも、やはり心のなかで《風》の神さまとつぶやいて浮かぶのは、目の前の《風》神ではなくて、あの化石の存在だった。


 ――いまの状況を見比べても。


 あの峻峰に堂々とお姿を残されている雄大な化石のほうが、よほど《風》の神さまらしい威風がある。


「俺、どうしたらいいの……?」

「いや、だからッ」

「もう、俺、わかんないよぉ……」


 言って、はぁ……と目の前で白の皇帝にため息をつかれてしまい、《風》神の矜持は粉砕される。

 ここにきて、永遠の忠誠と愛を誓った愛しき少年に、自分が憧れの対象である本人だと思ってももらえない現実の厳しさが身に染みた。

 ふたりはしばらく、何を目的としてここにいるのか、それさえもわからなくなってしまっていた。

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