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すでに夢は叶っているのに

挿絵(By みてみん)


「さてと……」


 と言って、それまで片腕に抱いていた白の皇帝を下ろす。

 足元の草原で風になびいている草花の丈は、高くない。

 すとん、と白の皇帝は伸ばした素足のつま先から下りる。草花の感触が足の裏にじかに感じられるので、自分はまだ飛んでいないのだろうという自覚はあった。

(ふう)(じん)はもう一度、周囲を丹念に見渡す。

 あたりに万が一の接触に危険な木々もないので、ここで万が一のことがあっても、転んで尻もちをつくぐらいだろう。

 考えて、《風》神は一瞬、思考を麻痺させる。


 ――……いや、飛んでいるのに尻もちってどういう状況だよ……?


「ねえ、《風》神。これからどうするの?」


 尋ねてくる白の皇帝に、《風》神は笑うだけ。


「どうぞ、――ご自由に」


 そう含めたように答えると、途端に手を離した白の皇帝の身体がまっすぐ立っていられないのか、奇妙にぐらつきはじめた。


「――へッ?」


 これにおどろいたのは白の皇帝だった。

 ほんのいまほどまで足の裏には地面の、草花の感触がじかに伝わっていたというのに、いつの間にかそれがない。

 何でだろう、と白の皇帝は疑問に思ったが、それが気にもならないほどの不安定な疑問が全身を駆け抜けた。どうしてだろう。急に足もとが不安定になり、身体のバランスが崩れてふらふらしはじめて、上手く立っていることができない。


「あ、あれ?」


 身体が不調を訴えて、高熱が出たときにふらつくような感覚とはちがう、何か。

 経験はないが、何か過剰に細い板、あるいは細い縄の上に立って、「さあ、まっすぐ立ってみろ」と言われた気分だ。だが、足場そのものが不安定に揺れているのだ。できるはずもなく、とにかく震える足もとをどうにかして、グラグラと動く身体のバランスを安定させようと、無意識に両手を横に大きく広げて、奇妙な態勢になっている身体をどうにかしなければ……、そんな感覚に陥っている自分に気がつく。


 ――でも、なぜ……?


 そう思えるほどに、急に身体がグラグラと揺れて、まともに立っていられなくなるのだろう。


「わッ!」


 膝を不格好に震わせながら、ようやくのことでまっすぐ立てた。

 そんな気がした瞬間、白の皇帝の足もとはまた不安定に揺れて、身体のバランスが盛大に崩れる。それに引きずられてしまい、白の皇帝は早くも尻もちをついてしまった。


「きゃッ」


 びっくりして、少年が声を上げてしまう。

 その瞬間、まさかの現実を目撃した《風》神は驚愕し、猛禽のような片眼を唖然と変えて丸めてしまった。


 ――マジか……?


 すでに白の皇帝には細工を施している。

 あとはご自由に、と言ったのは、本人が気づかないだけで《風》神はすでに望みを叶えている。だから、好きなようにしてかまわない、と言葉に含ませたのだが、どうしてそうなるのだろう?


 ――まさか、ほんとうに尻もちをつくなんて……。


 足もとが地面からわずかに離れただけで、こうも身体全体のバランスが崩れて、まともに姿勢も保てなくなるとは。

 あるていどの事柄は、過去に子どもだった《()(がみ)におなじ力を施したことがあるので、何となく予想もついていた。《地》神も最初は酷くバランスを崩していて、「《(かぜ)》にいさま、離さないで!」と自分にしがみつき、感覚に慣れるまではほとんど泣きそうな顔をしていた。

 だからと言って、尻もちをつくほどではなかったので、この場合は白の皇帝の体幹に問題があるのだろうかと思わざるを得ない。

(かぜ)》族である《風》神には、疑問しか残らない。


「ふ、《風》神ッ? これ、どういうこと?」


 ――一方で。


 白の皇帝にしてみたら、突然、我が身に起きた不可解に思考も感情も追いつかず、混乱状態に陥っていた。

 この大陸に着いて、自分を抱いていた《風》神に足もとへと下ろされた途端に、何かが奇妙に変わった。

 どういうことか、足もとがグラグラと揺れてそれまで何ともなかった身体のバランスが急に崩れ、まともに立っていることができなくなった。おどろきながらも、どうにかしなくては、と思い、バランスを保とうとするが上手くいかず、あっという間に尻もちをついてしまう。

 でも、そのとき。


 ――奇妙な感覚があった。


 とすん、と尻もちをついたのに、お尻を地面に打った、何か硬いものにぶつかったという衝撃がなかったのだ。かといってクッションの上や、ベッドの上にお尻から倒れたという感じでもない。

 何かにぶつかったという感覚がどこにもなく、咄嗟に地面に手をつけたそれにも何かに触ったという感覚もなかった。

 ただ、いつものようにすぐに立ち上がるしぐさができず、やっぱり足もとがあまりにも不安定すぎて、何かを支えに、何かにつかまって力をこめないと立ち上がれない、その感覚が強すぎて、白の皇帝は尻もちからの姿勢を変えることができなかった。


「?」


 奇妙すぎてかえって怖くはなかったが、どうしてだろう、と疑問ばかりが脳裏を支配して、白の皇帝は困って《風》神に答えを求める。

 でも、問うても《風》神は小さく苦笑するだけ。

 両の手のひらを上に見せるようにして、かるく肩を動かすだけだった。「さぁ?」と事態を流すようなしぐさをしたので、白の皇帝は直感する。

 これは《風》神が何かをしている、と。


「もうッ、《風》神! 俺に何かしたでしょッ!」

「何かって?」

「何かは、何かだよ!」

「それじゃあ、何を聞かれているのか、お兄さんわからないなぁ」


《風》神は優しく明るいが、このように軽薄に答えることも多い。


「もうッ、俺だってわからないよ!」


 むむッ、と不満に頬を膨らませると、白の皇帝に向かって《風》神がにやりと笑い、自身の唇に自身のかたちのよい長い指を、人差し指を立てて当ててきた。

 そのしぐさは「ちょっと静かにしてみよう」と、やや興奮状態になってきた少年をやんわり落ち着かせようとするようにも見受けられた。

 白の皇帝が大人しくそれに従うまで、《風》神は気長に指を口に当てている。


 ――《風》神は何かを言いたそうだ。


 ようやくそれに思い至った白の皇帝は、視線だけをまだ《風》神にねめつけて、けれども声を上げることは止めたので、《風》神も今度は、にやり、ではなく、にこり、と笑う。


「――白の皇帝、まだ気がついていないの? お兄さん、悲しいなぁ」


 どう聞こえても冷やかしでしかない言葉に、白の皇帝は、はて、と小首をかしげる。


「お兄さんは、いつだって白の皇帝のお願いを叶えてあげているのに」


 今度は大げさな手ぶりを交えて、そんなことを言ってくる。

 何を言われているのか答えにたどり着けず、半ば、ぽかん、としている白の皇帝に対し、《風》神はため息をついてしまう。

 どうやら白の皇帝はほんとうに、いまの自分の状況をまったく把握できていないようだった。


 ――まったく……。


「ほら、白の皇帝。足もとをよく見て」


《風》神は、それまで自身の唇に当てていた指を動かし、そっとそれで白の皇帝の足もとを指す。水色の大きな瞳は、素直にそれに従う。

 すると、その瞳は自身の足もとをよく見てはいたが、すぐに把握できるようすはなかった。何度も、何度もまばたいて、いまの自分と足もとの草花との距離を見やって、それでもまだ、ぽかん、としている。

 それを見て、《風》神は可愛らしく思える。

 目線の高さをおなじくしたくて、《風》神はしゃがみこむ。それでも根本的に互いには身長差があって、なおかつ少年は尻もちをついたまま。

 何となく白の皇帝の頬を撫でたくなった《風》神は、地面に直截腰を下ろし、ゆっくり手を伸ばしてその白い肌に触れる。


「さ、そろそろわかったかな?」

「……あ……」

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