逝ったああああああん!!
5日間の試験はあっという間に過ぎていった。
っていうのはあくまで俺の感覚の話である。俺の後ろの席を陣取っている親友4号にとっては終わりの見えない苦役だったらしい。
1日目は両手をすり合わせながら神に祈りをささげ。
2日目は憔悴しきった顔で突っ伏しており。
3日目は世の中への不平不満が絶えず。
4日目は「私がバカで愚かな女です……」と自虐が止まらず。
そして5日目。
「しゅうううりょおおおおお!! うらかちゃん逝ったああああああん!!」
うるせえ。
うらかはガンギマリの目をしながら笑い声をあげていた。
彼女の周りから人々が離れていく。誰もが関わり合いを避けているのだ。
俺も周囲に同調する。そそくさと筆記用具をしまい、帰宅の用意をした。
「無視しないでよ!」
うらかが俺のスクールバッグを引っ張る。
「ちゃんと慰めなさいよ!」
「俺これから用事あんだけど」
ラッコの送り迎えは継続中だ。
あいつに会うのも5日ぶりになる。テスト期間中はさすがにバイトを休んでくれて助かった。本人は働きたがっていたみたいだが、お父様が止められたらしい。オヤジさんナイスすぎる。そしてラッコは体力オバケだ。
「親友の私を置いてどこに行こうっていうの!?」
お?
振り切ろうとする力がつい弱まってしまう。
うらかがそういう言葉を選ぶのって珍しい気がする。
……まあ、まだ陽が高いし、交通費はあとで負担してあげればいいか。
「どしたん? 話きこか?」
スマホをいじりながら俺は席についた。ラッコへのラインを送っておく。『親友4号の愚痴に付き合ってくる』返信はすぐにきた。『おっけーす!』軽い。
「ねえ、透真くん。補習ってやばい? 何日くらいやらされる?」
「あー……」
1年前の記憶がよみがえる。
ムラサキに付き添って俺も補習を受けたことがあるが、ただただ苦痛だった。授業内容どうこうとかじゃなくて、なんかこう、夏休みにわざわざ学校に来させられている惨めさがしんどかった。普通の人たちはいまごろ青春を謳歌してるんだろうなー、来年は絶対受けないようにしようと決意したのを覚えている。
「再試受かるまであった気がする」
「そんな!? 学校の先生ってヒマなの!?」
「――――そんなわけないでしょうが……」
突如、頭上から疲れ切った中年みたいな声が聞こえた。
見上げてみる。我らが担任のキズナ先生だった。目の下のクマは色濃く、肌はガサガサに荒れている。20代とは思えないくらい老け込みだ。
「先生お疲れじゃん。なんで?」
「君ら生徒がテスト勉強で忙しいように、俺たち教師もテスト作成に採点・評価と終業式の準備で忙しいんだ」
ドカッと大きな音を立てながら先生が俺の机にもたれかかった。
俺とうらかはそっと先生の肩に手を置いた。
「まあまあ。これから夏休みじゃん?」
「先生も40日の休みをエンジョイしましょ?」
「縊り殺すぞ」
ちょっと読めない漢字が出てきた。
殺意マシマシなのがすげえ伝わってきた。
「勘違いしているようだけど高校教師に夏休みなんて上等なものはない。君らが青春を満喫している間、先生たちは忙殺されているんだ。必要のない研修と会議、部活動の大会引率、それがなくても日直で出勤させられて炎天下のなか花の水やりと草刈り。溜まった雑務ももちろん。あ、そういえば休み明けは修学旅行と文化祭があったっけ。今年はどっちも中止でいいかな??」
「き、キズナ先生ぇ?」
「やばい、これはやばい」
大の男がここまで追い詰められている光景なんて見たくなかった。
「そんな激務のなかで、ほ、補習? 補習?? なんで? 現国で赤点取るかな普通。あと俺の担当は現国だけぞ? なんで古典の補習まで担当になってんだあのクソババア俺に仕事押しつけて逃げようとしてんじゃねえぞゴラァァァアアアアア!!!」
ああ、これは。
古典の先生となんか揉めたらしい。
キズナ先生は血の涙を流して泣きわめき、それを目の当たりにしたうらかが申し訳なさそうに縮こまっていた。
「ま、まあまあ。先生。補習ってほら、再試を突破したらその後の日程は免除されるっしょ? うらかのことは俺がなんとかするからさ、元気だしなって」
「……ひぐっ、ううう」
「あ、あとアレだ。サッカー部! サッカー部のことも手伝うって! 成り行きとはいえキズナ先生に顧問押し付けちゃったからさ! 元はといえば俺が蒔いた種だし。これで手を打とうじゃないか!」
「……もう一声」
「だいぶ譲歩してますけど!?」
俺の夏休みがどんどん生贄にされていく。俺だって普通に休みたいんだぞ。
限界社会人なキズナ先生は、その後よろよろとした足取りながら職員室へと戻っていった。疲れた。なんで成人男性のご機嫌取りをしなきゃならないんだ。若い女教師だったら喜んで助けるのに。
ふと、うらかの視線に気付いた。
彼女は期待のこもった瞳で俺を見つめていた。
「手伝ってくれるの……?」
「修学旅行と文化祭のためだ」
あとはあのとき見捨ててしまったという、若干の罪悪感から。……いや、なんで罪悪感? うらかが勉強できないのって、とことんコイツ自身の問題でしかないのでは?
しかし、うらかはそんなこと気にしない。
俺からの言質をとれたことで、既に調子に乗り始めていた。
「でも透真くん、勉強教えられるか不安だな~。中間で赤点取ってたし」
「俺は今回遠慮なく勉強できたから。正直テスト返却が楽しみ」
「そんなこと言っちゃって。あとで後悔するよ?」
なお数日後のテスト返却で、俺は学年3位の成績を叩き出し。
それを見たうらかがむせび泣くことになるが、これはまた別の話である。
「おい。俺がここまでやるんだ。なんか見返りはないのかよ」
「ええ。見返りィ……?」
なんでそんなことしなきゃいけないのよ、と言いたげな顔である。当たり前だろうが。この世はギブアンドテイクなんだぞ。無報酬でうらかの勉強なんか見てられるか。
「あ」
なにか思いついたらしい。
「トライアスロン出てあげるよ」
「なんて?」
トライアスロンってなんだ?
いや、まて。なにか身に覚えがあるような。
「ほら。透真くん探してたじゃん。誰か一緒に出てくれる人いないかなって」
「お前何話前のハナシしてる?」
「何話って?」
「なんでもない」
そういえば陸上部の速水とそんな口約束をしてしまった気がする。
あれから音沙汰ないからてっきり流れたと思ったが……まさかこの話生きてる?
「いい。こんなもんブッチする」
「そう。残念だわ」
と、本当に残念そうにうらかは言う。この女、単純に大会に出たいだけなんじゃなかろうか。
「ほかの! もっとなんかこう! 俺が喜びそうな感じで!」
「ええ? そんなのエッチなこと一択じゃん」
「……一択ではないだろ」
でも? まあ? どうしてもっていうなら?
やぶさかではないといいますか。
アリ寄りのアリっていうか。
ちなみにエッチなのってどこまでオーケーか確認したいんですけど。
うらかが蔑むような目をしていたので、やめた。
「見返り、見返り……」
それでも、最終的には俺への義理が勝ったのか。
うらかはブツブツつぶやきながら難しい顔で考え込んだ。
「………」
「いや、そんなに悩まなくてもいいけど」
「………」
うらかは無言で、自分の髪をもてあそぶ。毛先の部分を意味深なまなざしで見つめて。
「うん。思いついた」
「そうか」
「夏休みに期待してて」
「おおっ」
なんかよく知らんけど。
自分でも不思議なくらい、俺は有頂天になっていた。
◇
補習用の課題を受け取りに行くうらかを見送って。
俺は安芸葉町へ向かった。
電車に揺られながら俺は思った。ラッコのバイト終わりまでやることがない。
テストも終わったんだから勉強は論外として。
サブスクでアニメや映画を観たり、ユーチューブを流し見したりも気分がちがった。
もっと世のため人のためとなる行いはできぬだろうか。
「え、このアニメ2期くんの!?」
数年前にハマったアニメの放送2期が決まり、もうそのことしか考えられなくなった。
世のため人のため? なんだそれ知らん。
関連情報の検索を進めていると、スマホが震え始めた。
「ちっ、誰だよ人が楽しんでるトキに電話かけてくるバカはよォ~~!」
ラッコである。
ラッコの名前が表示されていた。
「………」
俺は急に頭が冷えていくのを感じた。
どうして電話?
この時間はとっくにバイトをしているはずだろう。ラッコは仕事中にこういうことはしない。サボリ魔のニコさんじゃないんだから。
だから、おのずとこれは、ただの電話ではないわけで。
「……もしもし?」
『パイセンっ、パイセン!』
ラッコは泣いていた。ほとんど怒鳴り声でいう。
『たすけて、たすけて……!』
「なに!? どうした!?」
電車の中で立ち上がる。走り出すことなんてできない状況なのに、こうしていれば少しでも到着が早くなる気がした。
『どうしよう。どうしたらいいかわかんない!』
「オーケー。何があったかだけ教えてくれ。そっち向かってるから」
電話のむこうも騒がしかった。誰かは判然としないけど怒鳴り声で何か言いあっている気がする。もしかして客同士で乱闘でも始まったんだろうか。荒事だったらあんまり力になれそうにないけど。
『てんちょーが……!』
「お、おう」
まさか店長が乱闘してんのか!? だとしたら手に負えん!!
『てんちょーが、てんちょーが、倒れちゃったっす!』
「………」
喧嘩で倒された……ってわけではなさそう。




