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転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。  作者: 雨夜かおる
きょぬー後輩が勝手にカノジョを名乗ってる
69/70

創作っぽい名前

 学校の図書室って、誰がいつ利用するんだろう。


 冷やかし半分で訪れることはあっても、真っ当な目的で使ったことは一度もなかった。せいぜい読書感想文用にページ数が少ないものをヨウキャに見繕ってもらった思い出しかない。それすらも途中で挫折したけど。


 図書室という場所は読書だけでなく、勉強目的でも使われるものらしい。

 俺はその常識をアニメで知って目を疑った。信じがたい。この世にそんなことをする人間が存在するなんて。フィクションの中だけだろ。


「うう……。ううぅ~~~!!」


 他には利用者のいない結衣山高校の図書室に、うらかの唸り声が響く。

 教室で見たときのと同じ光景だった。教科書を前に涙目になっている。調子はすこぶる悪そうだ。


 そしてその対面に座っているのは、なんと俺の親友2号ムラサキである。めちゃくちゃ違和感がある。去年までは俺がムラサキの勉強を面倒みていたのに。まあ、あいつは本当は勉強できるくせにわざと赤点をとるなんて酔狂な真似をしていたみたいだが。その真意については――――今は省略したい。


 ムラサキと目があう。

 途端、やつは立ち上がって席を離れた。


「のど渇いた。うらかもなんか飲む?」


「うん……イチゴ牛乳がいい」


 うらかの涙声を受けながら、ムラサキはこちらに歩いてきた。

 そして、すれちがいざまに俺への不満を訴えてきた。


「お・そ・い」


「めんごめんご。自分の勉強が楽しくって」


「さっさとなんとかして」


 ここでいうなんとかは、勉強のことじゃない。

 バトンタッチを受けて、俺はうらかに歩み寄った。無警戒に真後ろに立ってみたが、うらかは一切気付かない。「だーれだ?」とささやいて目を塞いでみたい。たぶん鉄拳が飛んでくる。


 俺はおとなしく正面にまわりこんで、うらかの前に座った。ムラサキが座っていた席である。


「えっ……」


 当然ながら、うらかは驚いた声をあげる。


「な、なな、なんで透真くん、いるの」


「勉強は順調そうだな」


 うらかは、ただ呆けた顔で俺を見ているだけだった。

 いつもなら、俺の皮肉にムキになって反抗してくるだろうに、そこまで余裕がないらしい。あるいは、たんに俺の言葉が届いていないだけか。


 うらかは視線を落としてまま、顔をあげない。

 いやな空気を共有をしたいわけではない。俺はさっそく本題から入った。


「わるかった」


「え」


 突然の謝罪にうらかは面食らったようだが、そのまま続ける。


「この前、うらかが言ってくれたことだ」


 喉の奥で、言葉が詰まりそうになる。

 頬が、熱を帯びていくのがわかる。逃げ出したいくらい情けないはずなのに、誰かに話せることをほっとしている自分が確かにいた。


「正直、心にきた。今まで誰も言わなかっただけで―――オヤカタやヨウキャ、もちろんムラサキにさえわかっていることだろうから。お前の言う通り、俺は逃げてる。ムラサキにひどいことをしている」


 ムラサキが俺にどういう感情を向けているか、気付かないわけない。

 でも、それを受け入れてしまったら俺たちの関係性は劇的に変化する。今の俺にはそこまでを受け止める覚悟がなくて―――だから、決定的な言葉で迫ってこないことをいいことに知らぬ存ぜぬの態度をとってこれた。


「いつかは……なんて、あいまいな言い方をしたくないけど。でもそう遠くない日に必ず答えを持ってくる。絶対悪いようにしないから……待っていてくれないか」


 最後のほうは懇願するみたいになっていた。

 なんなら机に手をついて、頭を下げていた。意識的にではなく自然と身体がそのように動いた。


「……私も、透真くんにお願いがあるんだけど」


 長い沈黙を破って、うらかが言葉を紡ぐ。


「この前のそれ、忘れてくれない?」


「なんでだ」


「だって恥ずかしいし……」


 今度は俺が呆ける番だった。

 言っている意図が汲み取れない。

 なかったことにできるはずもない。あの場に居合わせた3人にとって。


「大事な話をしてくれた、って俺は受け止めているけど」


「でも、私、泣いちゃったし……顔ブサイクだったと思う」


「いや、きれいだったよ」


 なんならあの泣き顔でグラグラ揺さぶられたんだけど。

 うらかは瞬間的に顔を真っ赤にして、筆箱を投げつけてきた。パンダを模した可愛いやつだ――――なんてことを考える頭はあったのに、避ける判断は一切間に合わなくて、意外と重量感ある筆箱が鼻っ柱に直撃した。


「いでッ」


「彼女いるくせにそういうこと言うな!」


 立ち上がったうらかが追撃しようとしてくる。

 俺も席を立ち上がった。図書館で逃走劇開始である。


「っていうか透真くん、なんであの子と付き合い始めたの!? 脈絡なさすぎでしょ!」


「いろいろあったんだ!」


「やっぱりおっぱい!? おっぱいでしょ!? あのおっぱいにやられたんでしょ!」


「おっぱい連呼すんな!」


 図書当番の女子があわあわしている。止めようとしてくれているが俺たちが走り回っているせいで全然追いつけていない。ごめんね。申し訳ないよ。


「男子はすぐおっぱいだよ。私は見抜いているんだから。どうせ私やさきなの胸と見比べて『ちっせぇ……」とか考えてるんでしょ。…………って誰が貧乳だふざけんじゃないわよ!」


「勝手に想像して勝手に怒るのやめろ! ……そんなこと思ってないし」


「思ってる顔してる!」


 俺とうらか、それから図書委員さんのおいかけっこはそれから1分ほど続き……ムラサキが戻ってきたところで終了となった。


「なにバカやってんだ」


「うらかのせい」


「ちがう。透真くんのせいでしょ。……さきな、飲み物ちょうだい」


 そう言ってうらかが手を伸ばしたのは好物のイチゴ牛乳――――ではなく、もともとムラサキが飲む予定だったミネラルウォーターのほうだ。ただの口実として買ってきたはずだったのにな。


 うらかは500mlのペットボトルをほぼイッキに飲み切った。


「あーーーーっつい。クーラーのききが悪い」


「むしろ寒い」


「えー!?」


 ムラサキに同意を得られず、うらかは悲鳴をあげた。


「さきなは暑くないの!? 今も長袖だけど!」


「体質。冬は本当に苦労してる」


「そっかぁ、私とは逆かも。私は冬でも屋内なら半袖だったりする」


「わんぱく」


「私もさきなと同じ体質だったら良かったのに」


 うらかの額から頬へどんどん汗が流れていく。本当に代謝が良いらしく、全然おさまる気配はない。俺はとっくに汗が引いているのに。


 うらかはイライラした様子で髪をかきあげた。


「死ぬほどあっつい。もうショートにしようかな」


「えっ」


「うん? なに透真くん」


「……いや別に」


 一瞬だけ、ムラサキが俺を横目に見ていた。

 だが何も告げることなく、ムラサキの視線はうらかへ戻っていった。


「フツーに切りゃいいじゃん」


「でもここまで伸ばすの大変だったし、けっこう手入れ頑張ってきたしな~」


 唇をとがらせながら、うらかは自身の毛先を弄ぶ。

 俺は心臓の鼓動を感じながら、何気ない素振りを装ってたずねた。


「なんで伸ばしてんの?」


 純粋に興味がある。

 別にヘアスタイルなんて個人の自由だと思う。けどうらかの性格的に、そこまで髪にこだわろうとするのも若干引っかかっていた。


 あと、あれだ。できればそのままロングでいてほしい……。


「んー」


 うらかは気の抜けた返事をして、しばし考え込んだ。


「ちょっと憧れている人がいてね」


「へっ?」


 かなり意外な答えだった。

 てっきり「孤高+クールなキャラでいくなら黒髪ロング一択でしょ!」ってアホみたいな言葉を期待していたのに。


 うらかはスマホをぽちぽち操作して画面を見せてきた。

 誰かさんのインスタだった。名前欄を読み上げる。


「朝日月夜?」


「そう。東京の大学生なんだけど。で、こっちが写真」


 そう言ってみせてくれた画像には、おそろしいくらい顔立ちが整った黒髪ロングの女性が映っていた。さすがに盛りすぎだろうと思ったが、なんと無加工だという。うらかにそう言われても俺はまだ半信半疑だった。


「実在の人? 生成AIじゃなく? 創作っぽい名前なんだけど」


「実在してるし、間違いなく本名。バドミントンの試合記録にもこの名前が残ってるし」


「……バドミントン?」


「この人、藍咲学園って高校でバドミントン部だったみたい。私がバドミントンをやってたのもその影響。できれば同じところに通ってみたかったんだけど、ちょっとね」


「ふーん……」


 俺も気になって、藍咲学園のことを検索してみた。 

 その結果に、俺は顔をしかめる。


「偏差値70か。結衣山とは比べものにならない進学校だな。……ここに通おうとしてたって? さっき言ってた? マジで?」


「高校受験のときは頑張ってたもん!」


 かまわず検索を続ける。

 藍咲学園と入力するだけで関連として『朝日月夜』の名前がどんどん出てくる。どうやら本当に有名な人らしい。個人情報保護的なアレはどこいったんだろう。


 やがて、高校時代の試合映像まで出てきた。

 動画内に、ユニフォーム姿の朝日月夜が現れる。現在の容姿よりも少しだけ幼さが見てとれるが、高校生でこのレベルなら大人っぽすぎる。


 競技としてのバドミントンをまともに観るのは初めてだった。

 すごいスピード感で羽があっちこっち飛んでいく。スマッシュを打てば一瞬後には相手コートにまで羽が移動しているのに、それをなんなくレシーブしている。動体視力も反射神経も、異次元じみている。


 そんなハイレベルの攻防で朝日月夜は主導権を握り続けた。

 素人目には特別な動きをしているようには見えなかった。ただ、ひとつひとつの動きが洗練されていて流麗だった。お手本みたい、という印象を受けた。


「文武両道ってわけね。世の中にはすごい人がいるんだな」


「なによ、そのうっすい反応。もっと喚きなさいよ。私の推しなのに」


 俺のリアクションが気に入らないらしく、うらかが突っかかってきた。


「俺にとって推しでもなんでもない赤の他人だし。それに、東京にはこれくらいの人がゴロゴロいても不思議じゃないかなって」


「……朝日月夜は、東京の中でもかなり騒がれるレベルよ。これでモデル業もアイドル業もやってないのが信じられない。絶対人気出るのに」


「まあ、本人がそういうの望んでないんじゃない?」


「なんでそんなことがわかるのよ」


「インスタの投稿とか見てたらね」


 ページを開いてみたが、投稿数が極端に少ない。いわゆるインフルエンサーと呼ばれる人種ならこういうところでどんどんアピールしていくはずだ。俺の見立てだと、朝日月夜は人から注目されることに興味がない――――なんなら嫌がっている節さえある。このアカウントも、知り合いが作れというから仕方なく作ってみた……みたいな成り行きだろうと予想がつく。


「じゃあ透真くんはこういうのあんまり興味ない? こんなレベチなのに?」


「ないってこともないけど。うらかほど熱をあげられないかも」


「なんでよ」


 俺は、となりに座るムラサキを眺めた。


「俺もだいぶ目が肥えてるのかもな」

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