俺たち、やってないですけど
俺はまじまじとその3人を凝視した。
彼らはこれといった特徴のない男子たちだった。
一度も染めたり手入れをしていなさそうな毛髪と眉毛、明らかに日常的な運動をしていない細身の、もしくは逆に少し肉のついた身体。
まともに目を合わせられず、挙動不審に泳ぐ目線。
そして、人を傷つけたりしなさそうな、人畜無害そうな顔つき。
想像していた人物像にピタリと合致する。
過去、俺とムラサキとの仲に嫉妬してきた連中もこうだった。
「一応きくけど。こいつらがやったって根拠は?」
「直接見かけた。今日は現行犯」
「動画とか撮ってないわけ?」
「あ? なんでそんなもん必要なんだよ」
ですよね。
ムラサキがそんな気の利いたことするわけない。
むしろそんなことに気が回るようならムラサキらしくないと言える。
「あー、きみたち」
3人は座った姿勢のまま背筋を正す。
「トイレ中の俺に水をぶっかけたり、靴に画鋲仕込んだりした?」
あとは俺の自転車とか教科書を汚物まみれにしてくれたりとか。
3人はびくびくと、しかしはっきりと頷いた。
俺は溜息をついた。なんともあっけない結末だった。いや別に、これ以上何か起きてほしかったわけでもないんだけど。
ラッコとのニセコイまったく必要なかったじゃねえか。
どうしてくれるんだよ。もう取返しのつかないところまで進んでいるのに。
せめてあと1日早くこいつらを捕まえておけば……。
いろいろと今更な後悔がある。けど、今は。
「お前ら全員おとなしくしておけ」
そう命令して、俺はムラサキを連れて空き教室を出た。
あいつらが聞き耳を立てられないくらいに離れて、ムラサキと向き合った。
「無茶するなよ」
「なに?」
「男子複数人相手に喧嘩なんて仕掛けるな」
「喧嘩にすらなってない。あいつら弱すぎ」
「そういう問題じゃない」
俺はムラサキの手を取った。
本当に小さい、幼子みたいな手だった。皮がめくれて赤く腫れている箇所がある。何度も人を殴った痕だ。
「もうやるな」
「あいつらが悪い」
「知ってる。それでもダメだ」
「なんで」
「ムラサキを守るって、キズナ先生と約束だから」
「……キズナと?」
この子、担任をまさかの呼び捨てだ。いや、それはともかく。
「今までごめんな。こんなことを言ってるくせに、ムラサキに助けてもらってばかりだ。ガキの頃なんか、お前の喧嘩っ早さが心強くて一緒になって上級生に勝負を挑んだりしたよな」
「あたしたちの敵じゃなかった」
「ほんとにな。でも、もう、これっきりにしよう?」
気が付けば、俺は片膝をついていた。
ムラサキの手の甲にひたいをあてて、懇願する。
「もうムラサキがこんなことをしなくてもいいように、ちゃんとこの手を握っておくから。だから約束してほしい。どんなにムカついて理不尽なことがあっても、その相手がどうしようもない極悪人でも、もう人を殴らないって」
「………」
ムラサキはしばらく黙り込んでいた。
俺は、ムラサキが頷いてくれるまで動かないつもりだった。
でもなんか、この体勢あれだな。姫に忠誠を誓う従者みたいだ。実際、ほぼ絶対服従だから余計にそう感じる。
「なんかイイ眺めだな」
「おい」
ムラサキも同じことを思ったらしい。
「口づけをしてもいいぞ」
「ははは。お戯れを」
気取ったしゃべり方で受け流してみたが、ムラサキは不満そうだった。
「つまらない」
「いいかげん納得してくれるか」
「んー」
思案顔のムラサキは、やがて何かひらめいたらしい。
ぐっと強い力で引き上げられ、立たされる。
「みてた」
「なにを」
「赤髪デカチチ女と学校にきたところ」
「お、おう。そうか」
見られていたのか。
なぜだろう。冷や汗が止まらない。
「今日はもう帰りたい」
なにを求められているか、わかってしまうのが逆につらい。
「現在時刻8時25分。あと数分でホームルームが始まるこの状況で、俺を巻き込んで下校したいと申すか」
「もうす」
「申すか~」
俺はうなだれた。
「さすがに丸々サボるつもりはない。俺はまた戻るけど?」
「うん。それでいい」
言うが早いか、ムラサキは俺の手を引いた。
あれよあれよという間に昇降口を抜け、校門までの道を2人で歩く。
今朝はラッコと手を繋いでこの道を歩いて。
1時間もしないうちに別の女子と同じことをしている。
俺、どうした?
正直ラッコのときよりはるかに落ち着かない。
これ絶対大多数に目撃されてるでしょ。後ろ振り返れねえよ。
「なあ。今何考えてる?」
気を紛らわせたくて話題を求める。
ムラサキの答えは意外なものだった。
「小学生の登校班を思い出してた」
「うわっ、懐かしい」
ほかで行われているかは知らないが、俺の通っていた小学校では近所同士の子供たちが朝の登校をともに行う謎制度があった。学年が1番高い者が班長となり、下級生たちの引率をするのだ。
「あたしはハブられてた」
「……ああ」
「で、それに気付いたトウマが毎朝あたしの家まで来てた。小学校を挟んで逆方向だったくせに」
「オヤカタも途中で拾ってな」
あの頃は3人行動がなにかと多かった。
そのうち、登校班制度は廃止された。ちゃんと時間通りにやってこない児童がいるからという理由で。なぜか俺たちのことが槍玉に上げられたけど、多分保護者たちが面倒くさがった結果と踏んでいる。
俺たちは勝手に続けてたけど。
ムラサキは繋がれた手を高くかかげた。
「あのときと同じ」
「だってお前、ほっとくと拗ねるじゃん」
「拗ねてない」
いや、拗ねてたよ。
ちょっと寝坊したから慌てて家まで駆けつけたら「もう来ないと思った」とか「本当は無理してるんでしょ」とか「いいよ、変な気遣いいらない」とか言うから。
「うるせェ!!! いこう!!!(半ギレ)」
ってなったんだよ。ワンピース読んだことないけど。
ムラサキはとぼけた顔になった。
「そうだっけ」
「都合悪いところだけ忘れやがって。連れ出すの大変だったろ、俺と……」
「?」
「……俺と、オヤカタで一緒に説得してさ」
「……そうだっけ?」
今度は本当に疑問符を浮かべて首をかしげるムラサキ。
記憶にないのは無理ない。だって俺と一緒にムラサキのご機嫌取りをしたのはオヤカタじゃない。ムラサキの母親だったからだ。
「………」
「……?」
まじまじとムラサキを見つめても、もうあの人の顔を思い出せなくなっていた。
ムラサキに似て美人だった。絵画に描かれて生み出されたみたいな、浮世離れした凄艶さがあって、人の母親って感じがしなかった。あまり緊張とかしないはず俺も、あの人の前だとまともに口をきけなかった。
グランシャリオ結衣山が見えてきた。
ムラサキと、あの人が住んでいた家だ。
ムラサキを無事に送り届けたあと、俺はもう一度振り返った。
あなたは今、どこにいるんですか。
俺の大切な親友を放っておいて。
◇
なんてセンチメンタルなことを考えていたけども。
俺は全力疾走で再び結衣山高校に戻ってきていた。向かうは教室―――ではなく第二校舎の空き教室だ。
「はあ、はあ……。案外、律儀なんだね君たち」
30分以上同じ姿勢で待っていた3人組に声をかける。
めっちゃ汗かいた。しんどい。なんで今日だけで同じ道を何度も行き来しているんだ。
「あー、君たち。過ぎたことをとやかく言うのは俺の主義じゃねえ。だから今回のことは忘れる。でも次は許さないし、俺の友達に迷惑かけたら容赦しないからな」
主に猛獣系幼馴染と脳筋転校生が黙ってないぞ。
一度痛い目を見たせいか、3人は激しく頷いた。
「それにしても君たちさあ、さすがにやりすぎじゃない?」
汗を拭いながら俺は喚いた。
「ドブだかなんだか分からないけど、そういうの。やる側だって汚れるじゃん」
そのとき、3人は妙な反応を示した。
きょろきょろとお互いに目配せをし始めたのだ。
なんだ。どうしたんだ、急に。
そのうち、一人がおずおずと尋ねてきた。
「あ、あの、なんのことですか……?」
「はあ? いやだから。吐しゃ物だか生ゴミだか知らないけど、俺の自転車と教科書をよごしてくれたろ。あれ、片づけるの大変だったんだぞ」
この期に及んでしらばっくれるなよ。
そう問い詰めてやりたいところだったけど。
俺にはそれが出来なかった。
やっぱり3人はそろって困り顔でこう言うのだった。
「俺たち、そんなのやってないですけど」




