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転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。  作者: 雨夜かおる
きょぬー後輩が勝手にカノジョを名乗ってる
63/70

大嘘な恋人関係


「話をしようか、コウハイ」


「お話をするっす、パイセン」


 ララコがとんでもない大嘘を吐いた1時間後。

 俺たちは暴動が起きた教室からかろうじて抜け出して、近くの喫茶店…………とかに逃げ込むのはさすがに怖かったので安芸葉町までやってきてしまった。このあとララコはどうせバイトがあるだろうし、丁度いいとか考えて。


「アタシはほんわかが良かったっすけど」


「隙あらば連れていこうとするのやめろ」


「それにしてもなんかアレっすね! 楽しかったっすね!」


「なにが? どこが?」


「愛の逃避行的な感じで!」


「コウハイお前本当に足おっっっっっそいよな。手で引っ張らないで背負った方が速いんじゃないかな


「そうしてくれても良かったっすよ?」


「…………。それやるとアイツら元気に暴走しそうだから」


 オラオラ坊主とコヤリ女子の怨嗟の表情を思い出し、身震いする。あとララコをかついだら絶対前屈みになる。ダブルミーニング的な。


 ようやく注文したアイスコーヒーが運ばれてきて、俺はそれを一気に飲み干した。ララコの方にはオレンジジュースが置かれている。最初は何もいらないとか言い出してきたから、無理やり注文させた。もちろん代金は払うつもりでいる。借金してるからね。


「さて、いいかげん本題に入ろうか。なんであんなことをした?」


 俺はいま、本気で混乱している。

 ララコがこんな意味不明な暴挙に出る理由がわからない。バイトを辞めたからって嫌がらせをする性格じゃないし、それにしたって方法が突飛すぎる。嘘の恋人宣言って、アニメでしか見たことねえよ。


 じゃあストレートに実は俺のことが好きとかって? 絶対ない。

 そういうのをララコから感じ取ったことがない。一度たりとも。

 だから、ある意味安心して今まで接してこれたのに……。


 ララコが視線を落とす。その指がグラスのふちをなぞり、挿していたストローが傾いた。


 煮え切らない態度だ。イライラしてくる。たぶん険しい顔と目つきになっているはずだけど、ララコは見ているのかいないのかどこ吹く風だ。


 そしてララコは、


「パイセンのこと、守りたいからっす」


 と、のたまった。


「えっ、守る!? ま、守る!?」


「はいっす」


「後輩が先輩を!?」


「コウハイがパイセンを」


 そこでようやく、ララコの視線が上がって目が合う。その柔らかそうな頬がぷくーっと膨らんでいた。


「パイセン隠そうとしてるけど、いやがらせ受けてますよね? 何日か前くらいから」


「い、いや。別に」


「たぶんすけど。原因アタシっすわ」


「……なんでそう思う」


「女の勘? みたいな」


「………」


「これでも責任を感じてるっす」


 沈黙を埋めるように、ララコはストローに口をつける。俺もグラスを手に取って、とっくに飲み干してしまったことを思い出した。


 女の勘なんて真に受ける性分でもないけど、今回に限ってはララコの言うことは当たっているんだろう。だって俺も同じことを思ってるし……。


 嫌がらせが始まったのはララコと親しくなった直後だ。たぶん俺たちの仲を関係を勘違いして、邪推して、嫉妬したやつがいるんだと思う。現に約2名ララコの強火ファンも実在しているし。ていうか、もしかしてあの2人がこの件の首謀者だったりしないか。


「……仮に、その通りだったとして。お前には何の落ち度も責任もないだろ。わざわざ体張る必要ないぞ」


「もうやっちゃったっす」


「そうなんだよなぁ〜!!」


 さっきからラインがピコピコ鳴ってる。めっちゃ怖い。

 結衣山は狭い土地だ。コミュニティ同士の距離が物理的にも心理的にも近い。誰と誰が付き合い始めたなんてウワサは、面白半分で一斉に拡散していく。


「よりにもよって、なんで付き合ってるフリをしようって策になるんだ」


「付き合ってることにしちゃえば、一緒にいるのが自然な感じになるじゃないすか。アタシ思うんすけど、こういうのって曖昧にしてコソコソするからとやかく言われるんす。どうせなら堂々と! 後ろめたいことなんてなにもないって顔をしてたらいいんす」


「堂々と付き合ってませんて、完全否定したら良かったんじゃね?」


「でもそれだと仲を勘繰られて、ずっと疑われ続けるっすよ?」


「…………かもね」


 誰と誰が付き合ってるってやっぱり面白いもん。

 いくら否定されたって、囃し立てるのが楽しいってのは気持ちとしてはわかる。

 やられる側に立つと、甚だ迷惑だけど。


「けどさ」


 俺は尚も食い下がった。


「俺らは所詮、ただのバイト仲間ってだけだろ。しかも自転車の弁償をするまでの期間限定で。で、どっちももう終わる話だ。金の切れ目は縁の切れ目ってことで、ここからは赤の他人同士に戻らないか」


 ララコとの接点がなくなれば、俺に粘着してるやつも諦めておとなしくなるでしょ。…………なるよね? 相手がわからんから確信持てないのが不安だけど。


「えー、いやっす。パイセン、ドライすぎ」


 ララコは俺の提案をバッサリと両断する。

 

「アタシ、パイセンとの関係をこれっきりにしないっすよ。見かけたら普通に話しかけますし」


「やめれ〜」


「時々ほんわかにもヘルプ入ってもらうし」


「それはホントにやめろ」


「だいたい、どうしてアタシたちの方が人目を気にしてビクビクしなきゃなんすか? 悪いのはどう考えてもパイセンにひどいことをする人の方っすよね」


「それはごもっともだけど……」


「お世話になった先輩が大変な目に遭ってるのに、知らんぷりできるほどアタシは薄情じゃないっす」


「…………」


 開いた口が塞がらないって、今みたいなときに使うんだと思う。

 この年下の女の子は、本気で俺を守ろうとしている。自分も危険だってわかってないのか? 相手は何してくるかまったく読めないんだぞ。手段を選ばないようなやつだったらどうするんだよ。


 でも、意外と聡明なこの女の子はそこまで考えているような気がする。その上でこんな話を持ちかけているのだ。


 ララコの大きな瞳をまっすぐ見つめる。赤い毛髪が風に揺れていた。

 

「あのな、コウハイ。お前みたいな年下の女に守ってもらわなきゃいけないほど、俺は弱くないんだよ。自分のことは自分でやる」


「パイセン。こういうのに男も女も、上も下も、強いも弱いもないっす」


「うらかと同じこと言いやがって」


 ふーっ、と俺はため息をついた。

 頭の中を色々なものが駆けていった。主にみんなへの言い訳とかが。

 それだけが気がかりだけど、きっとわかってくれるさ、と自分に都合よく考えることにした。


 少し腰を浮かせたララコが腕を伸ばしてきた。

 その手が俺の頭に置かれる。


「よーし、よしよしっす」


「なんだ急に」


「辛かったっすね。でももう我慢しなくていいっす」


「やめんかい」


 俺は反射的に身を引いた。

 ララコの手つきは、なんかクセになってしまうのだ。無条件に安心してしまうというか。前回はそれで気が緩みすぎた。あんな恥ずかしい醜態は二度と晒さない。


「うひひ。パイセン強がり」


 うわぁ〜〜〜!! なんだこの余裕〜〜〜!!

 生意気! 腹立つ!


「お、お前変わってるな」


「そっすか?」


「少なくとも普通じゃない」


 俺の中で、ララコの見方が変わっていく音がした。


「コウハイって好きな相手できたことないだろ」


「うわっ、すご! なんでわかるの!?」


「まともな感性だったら、恋人のフリをしようなんて言わないんだよ」


 俺と偽物の恋人関係になっている間、俺たちは当然まともな恋愛なんて許されない。好きな人、もしくは気になってる人がいるなら抵抗感があるはずだ。


「お恥ずかしながらパイセンの言う通りっす」


「なんか意外だな」


「そうっすか?」


「モテそうだし。っていうかモテるだろ。声かけられない?」


「あー」


 ララコは微妙な反応をした。


「あるっすけど……」


「ほらやっぱり」


「でもなーんか」


「?」


「エッチ目的なんじゃないかと」


「うん、よし。この話やめよう。そうしよう」


 女の店員さんが通りがかった。すごい顔で凝視してた。


「じゃあ付き合ったことも?」


「ないっす! 今はお仕事が恋人っす!」


「将来社畜になるなよ〜」


「そういうパイセンはどうなんすか!」


「俺?」


「今まで誰かとお付き合いしたことあるんすか!」


 ビシッと人差し指を突きつけられ。

 俺は言葉を詰まらせつつ、答えた。


「付き合ったりとかは、ないけど」


「同レベルじゃないすか!」


「そんなことねえよ! 絶対俺の方が進んでるよ!」


「またそうやって! 見栄っ張りっす!」


「ホントだって!」

 

 だが悲しいかな。言い訳するごとに俺は虚しくなった。

 ララコも全然信じてくれてないようだった。顔に書いてある。


「よし、わかった。俺がコウハイより恋愛上手だって、今後みっちり教えてやる」


「れ、恋愛上手っ?(笑) ふ、ふふっ、そりゃ、楽しみ、っすね」


「なに笑ってんだ!」


 全然狙ってないところでウケられても腹立たしいだけだ。

 ララコはひとしきり笑ったあと、ふと腕時計に目を落とした。


「あ、パイセン。そろそろ」


「おう」


 俺たちは喫茶店を出た。

 ララコと2人並んで、洋食屋ほんわかへの道を行く。俺は途中でフェードアウトするけど。


「じゃあ明日から、そういう感じでいいっすか?」


「ああ。わかってる」


「わっ、急に素直」


「切り替えは得意なほうだし。一部を除いて不都合ないから」


 俺がとやかく言われる分には全然ダメージない。ないっていうか、これ以上悪くなるのを想像できないっていうか、しても意味がないっていうか。


 そうなったら逆転の発想で、この彼氏役をとことん堪能してやろうと思う。


 ほんわかが見えてきた。

 俺は足を止めた。


「じゃあな、コウハイ。また明日」


 俺は軽く手をあげて去ろうとしたが、ララコはじとーっとした目でこちらを見ていた。

 なんだその不満マックスな顔は。なんか変なこと言ったか?


「パイセン、気づいていますか」


「何を」


「パイセンってば1回もアタシを名前で呼んでくれたことないんすよ」


「そんなわけなくね? いや、あれ? マジか?」


 心の中では何度もララコ呼びをしていたけど。

 言われてみれば面と向かって名前を呼んだことない気がしてきた。


「よく気が付いたな」


「そりゃ気付くっすよ! かたくなに不自然なコウハイ呼び! こっちもパイセン呼びから抜け出せないっすからね!」


「じゃあなコウハイ」


「こらこら待てぇい!」


 再び背を向けたらカバンを引っ張られた。


「良い機会なのでお互いの呼び方変えましょ!」


「彼氏と彼女になるんだし?」


「そっ! そっ! パイセンのことは………そうっすねえ。無難に『とうま先輩』とかでいいっすか?」


「なんでもいい」


「もうーっ、マジメに考えて!」


「なんか楽しんでる?」


「とうま先輩も早く、早く!」


 さっそく変わった呼び方で急かされる。

 俺はララコの姿を見つめた。呼び方……別にそのままでも良いような気もするけど。

 口に馴染みやすいものが、ふっと浮かんできた。


「ラッコ」


「っす?」


「今日からはお前はラッコだ」


「………」


 ララコあらため、ラッコがぷるぷると震え始めた。


「ら、ラッコ?」


「ラッコ」


「なんすか、それ。そんなの……」


 ずん、と近すぎるくらいに顔を寄せて。


「サイコーに可愛いっす」


「おっ?」


「今日からアタシはラッコです」


「気に入ったならなにより」


 こうして。

 俺に人生初の『彼女』ができました。


 大嘘なんだけど。


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