ぶっちゃけアタシの
「………?」
暗い。ここは……?
俺はなにをしているんだっけ?
ああ、そうだ。思い出した。誰かに突き飛ばされて階段から落ちたんだった。クソが、頭と背中が痛えじゃねえか。
徐々に体の感覚が戻ってくる。
よかった。どうやら無事に生き延びたみたいだ。しかしどうしてだろう。目を開けているはずなのにずっと視界が暗いままだ。
「ぐむっ」
頭を起こそうとして、なんか弾力のある感触に押し返される。枕かクッションみたいだ。顔にかぶっているのだろうか。俺はそれをどかそうとした。
「わひゃっ」
一気に視界が晴れる。
真っ先に飛び込んできたのは鮮やかな赤髪だった。
その人物は俺を見るなり、ふにゃっとした笑みを浮かべた。
「わーっ、よかったっす! パイセン大丈夫っすか!?」
場違いなくらいに明るい声。
ベッドのかたわらにいたのはララコだった。
「ここは……」
「保健室っす! びっくりしたっすよ。いきなりパイセンが降ってくるんすもん」
「それは確かにびっくりする」
ララコが運んできてくれたのだろうか。この運動音痴な後輩には文字通り荷が重そうだが。
「何持ってんの」
「あ、氷枕っす。敷いてあげようと思って」
「さっき顔に押しつけてたの、それ? 息苦しかったんだけど」
俺の文句に、しかしララコはきょとんとした反応を見せた。
数秒後、閃いた様子でとんでもないことを言い出す。
「おっぱいっすね!」
「………は?」
「パイセンの顔に当たってたの、アタシのおっぱいっすね!」
「………」
「いやー、すんませんっす! 気を付けまっす!」
たはーっ! って感じでララコが笑う。
いや、そんな軽い失敗みたいなノリで済ませられる……?
いやあ、まさか。そんなそんな。冗談でしょう?
「ちょっと確かめさせてごらんなさいよ」
「どうぞ〜」
俺は氷枕に触れた。冷たい。それに固い。これを顔に押し当てられてもさっきみたいな感想にはならない気がする。うん、絶対にならない。
うん? おっぱいを触ると思ったかい? そんなわけなかろう。
「パイセン、さっきからアタシ胸ばっかみてる〜」
「うん?」
「パイセンのえっち〜」
「ああ、わるい。つい見ちゃう」
「べつにいいんすけどね〜」
「えッ!」
いいの!? 別にいいの!?
それってなにが!? ガン見しちゃったこと!? それともうっかり寝ぼけて触っちゃったこと!? どっちを気にしないでいてくれてるの!?
急にテンション上がってきた。
「あのさ、透真くん」
逆方向から、絶対零度みたいな声が聞こえた。叫びそうになった。っていうか叫んだ。
「ぎゃあああ!!」
「ちょっと! なに悲鳴あげてんのよ!」
「い、いたんだ、うらか」
「いたけど。なに? いちゃ悪いの?」
うらかは笑みを浮かべていた。が、額に青筋が出ている。
「元気そうで安心したわよ。どうぞ? 私のことは気にしないで続けて?」
「お、怒ってる?」
「べつにぃ?? 散々心配させておいて、やっと起きたと思ったら後輩ちゃんのおっぱい触ってデレデレしてる透真くんのことなんて、全然! これっぽっちも! 怒ってないけど!!」
怒っていないと言いながら、うらかはどんどんボルテージをあげていく。鼻息が荒い。が、それを指摘する無謀さは持ち合わせてなかった。
ララコとのやり取り見られてたんだ。ガチで恥ずかしいな。実際デレデレしてたから言い訳の余地もない…。
うらかの剣幕に圧され俺は何も言えない。
どうしよう、この空気……と困り果てていたその横で、ララコがぼそっと言い放った。
「下野先輩ってもしかして、パイセンのこと好きっすか?」
「はあっ!?!?」
うらかは完全にブチギレた。
その怒りの矛先はララコではなく、しっかりと俺に向いている。なぜなら容赦なく俺の首を絞めあげてきたからだ。
「やめてよ! 透真くんが勘違いするじゃん!」
「そうなんすか? でもパイセンが起きるまで手握って……」
「うわーっ!?」
そこで俺の意識が途切れた。
再び覚醒したとき、そこにうらかの姿はなかった。
ララコが呼びかけてくる。
「わーっ、よかったっす! パイセン大丈夫っすか!?」
「あれ、リプレイ?」
「パイセン、下野先輩に絞められて気失ったんすよ!」
「マジ?」
あんまり短時間で俺の身体に負担をかけないでほしい。頭がぼうっとするが、まず確認したいことがある。
「なあコウハイ。なんかすげえ気になること言いかけてたようなんだけど。俺が起きるまでうらかが何してたって?」
「あ、だめっす! 言うなって口止めされたんで!」
ララコは口元でバツを作る。
「なにを?」
「『手を握っちゃったことは透真くんには内緒にして!』って……アレ?」
「隠し事ヘタクソすぎか?」
つい、自分の両手をまじまじと見つめてしまう。
そんな俺にララコはどこか生真面目な顔で言う。
「パイセンを見つけたとき、真っ先に駆けつけてくれたのが下野先輩でした。アタシ、オロオロしちゃってばかりで」
「うらかの名前、知ってるんだな」
「アタシらの学年じゃ有名っすよ。東京からきた美人な先輩。おまけに運動神経抜群でその姿に惚れた女子は数知れず」
「女子か〜」
「噂通り凄かったっす。パイセンを軽々と1人で担いでて」
「……そっか」
「あとでちゃんとお礼言ったほうがいいっすよ」
「もちろん」
下野うらかは迷わず手を差し伸べてくれる。
最初にあった頃から全然ブレない。そういうところが好きだし、だからずっと友達でいたくなる。
「今度、飯でも奢ってあげないとな」
「そのときはウチの店にきてくださいよ」
「気まずいから嫌だよ」
辞めた店に客として出向くの、無理では?
世の中の人々はそのあたりどうしてるんだろう。
「……パイセンって、下野先輩のことどう思ってんすか」
「どうって?」
「好きだなーとか、付き合いたいなーとか」
「なんだコウハイ。先輩相手に生意気だぞ」
さっきもうらかに対してそんなこと聞いてたな。
人の恋愛事情が気になるお年頃なんだろうか。おマセさんめ。だけどわかる。俺もそういうお年頃だから。ザクロさんとニコさんのその後とかめっちゃ気になる。進展はないかもだけど。
「しょうがない」
俺はふっと息を吐いた。
「では特別に。本音を晒してあげよう」
「おっ?」
「うらかのことはね、そりゃ好きだよ。今日みたいに助けてくれたのも一度や二度じゃないし、そういう部分を俺の友達にも自然と向けてくれるところとか本当に好きだ。最初こそ嫌味なやつかと思ったけど、本当はまっすぐで優しい人間なんだってわかる」
「お、うお〜」
「大飯食らいの運動神経全振りで、そんなに頭良くないのに自分のことをクール系って思い込んでいるところも面白い。そう、うん、今話しながら気付いたけど、うらかって楽しいんだ。こっちがボケて向こうがツッコむ。逆にうらかがボケて俺がツッコむ。そういう会話が新鮮で、だから毎日話しかけちゃう。それまでの交友関係じゃできなかったし」
「………」
「ああ〜、この流れで白状するけどさ。コウハイの自転車パクったの、うらかの転校を引き止めようと追いかけたかったからなんだ。結局俺の勘違いでしかなかったんだけど。ごめんな。バカな先輩だって笑ってくれていいよ」
「いや……」
「そんなわけで、いなくなられるとだいぶ困ると思うくらいには大事な…………顔を覆ってどうした?」
「き、聞いてるこっちが恥ずかしいっす」
と、耳まで真っ赤にしたララコが言う。
「そんなガチめの、なんか、やっばい思いの丈が出るとか思ってなくてっ。文章量おかしくないっすか」
「それから」
「まだあるんすか!?」
「単純にタイプ。長い黒髪で、ノリよく笑って、顔が良い。小学生のころからそういう女の子を好きになりがち」
「うあー、たしかに。モテそうっすもん。下野先輩」
「ははっ、だろ?」
モテそう、は完全同意。
でも告られたとかいう浮いた話を全く耳にしないあたり、顔が良ければ必ずしもモテるわけではないのだ。悲しい証明である。
「うらかに良い人見つかるといいんだけど」
「えっ」
と、ララコが反応をみせる。
いかにも意外そうな、俺に取ってはある意味予想通りのリアクションだった。
「パイセンがそうなりたいってハナシでは?」
ララコは純粋に問いかける。
至極真っ当な疑問だが、俺のなかで答えは明確に決まっていた。
「俺は下野うらかと付き合わない。絶対に」
ずっと頭の中に留めていた考えを初めて人に話す。たぶん墓場までもっていくことになるはずだったのに。
俺は誰かにきいてほしかったのだろうか。
まあいつメンには言いづらかったし、適度に距離のある後輩だから抵抗なかったのかもしれん。
「もしそんな事態になったら、そのときはコウハイが止めてくれよ。殴っていいから」
「後悔しませんか」
「しない。男に二言はない!」
そう宣言して、俺はベッドから降りた。
いいかげん寝るのに飽きたのだ。
保健室を無人にして、俺たちはその場をあとにした。時間をみるともうお昼になっていた。だからうらかやララコはここにこれたわけね。
ララコは俺の3歩うしろくらいをゆっくりついてくる。保健室を出てから一言も言葉を発さず、なにやら難しい顔で考え込んでいる。らしくない表情だった。
「おーい。コウハイ。さっきからどうした」
たまらず声をかける。
普段との落差のせいで、ララコとの沈黙はキツい。なんか喋ってくれ。
「アタシには」
待望の御言葉だ。
でもまだララコの顔つきが、いつもとはかけ離れて真剣味があって、俺はそのまま続きを促した。
「たぶん全部はわからなかったけど。パイセンにはパイセンなりの気持ちが固まってるってことっすね」
「そうだな」
「もっかい聞いときたいんすけど、本当に下野先輩とのことはいいんすか? 他に好きな女の子とかいません?」
「……これ何の確認?」
外堀を埋められていくような感覚だ。
まるで告白される3秒前みたいだが、そんなわけないのはわかってる。
だがララコはふふっ、と妙に大人びた笑みで俺の問いをかわす。
「パイセンには付き合ってもらいます」
「……。いいよ、買い物でもなんでもどこへでも付き合おう」
鈍感系主人公みたいな返事をしてみたけど、ララコはぽかんとしていた。
すべった。恥ずかしい。
◇
「はーい、注目〜〜! こちら、アタシのパイセン、清浦透真さんっす〜! みんな、おっきな拍手をお願いしゃーす!」
「……………」
俺は今、40人近い好奇の目に晒されていた。
誰だよ。どこへでも付き合うって言ったやつ。俺だよ。めっちゃ後悔してる。
場所はララコが所属している1年生のクラス。どいつもこいつも知らない顔……といいたいところだが、結衣山出身のやつも多いのだろう。なんか見かけたことあるやつも何人かいるな。たぶん向こうにも俺の顔知ってるやつ一定数いる。球技大会で悪目立ちもしたし。
「あっ、お前は!」
さっそく気付く奴がいるなと身構えたが、その顔を見た瞬間俺もびっくりした。
「あーっ、お前は! おかしなお客様!?」
「はっ? な、なんだそりゃ」
「またの名をオラオラ系1年坊主!」
「んだとゴラァ!」
机を蹴り飛ばして1年坊主が立ち上がる。
間違いない。このイキリ具合、このあいだの奴だ。やっぱりララコと同じクラスだったか。
隣のララコがまばたきする。上目遣いで「知り合いだったんすか?」と聞かれているような気がして、俺は静かに頷いた。
「なにイミシンに見つめ合ってんだ!」
オラオラ坊主が詰め寄ってくる。
が、そこに割り込んでくる女子がいた。オラオラ坊主は出鼻をくじかれてそこで立ち止まった。
そして俺はその女子とも面識があった。
「アンタ、まだララコに付き纏ってんのかよ。いいかげんうぜえんだよ」
「あーっ、お前は! おかしなお客様PART2!」
「その喋り方、寒いんだけど。黙ってくれない?」
「またの名をヤリ◯ン女子!」
教室中がざわついた。
「な、なに口走ってんだよ!? 頭おかしいのか!?」
ヤリ女子が慌てて俺の口を塞ごうとしてきたので、さっと下がって避ける。
「逃げんな!」
「なに焦ってんだよ。自分で蒔いた種だろ。あ、今の下品な話じゃなくてね?」
「うっせえよ!!」
と、しょうもない争いを繰り広げていると、ララコがあいだに入ってきた。若干、困惑した様子で俺にたずねてくる。
「パイセン、コヤリちゃんとも知り合いなんすか?」
「コヤリ?」
「小さい槍と書いて、小槍ちゃんっす。1番の仲良しっすよ」
「仲良し……?」
俺は疑いの眼差しをコヤリに向ける。
「うわああん、ララコきいてよ! この男が私をいじめてくるの!」
コヤリは下手くそな泣き真似をして、ララコに抱きついた。
数秒前まで口汚くて罵ってきたのと同一人物とは思えない。
素早く、そして潔い変わり身だった。
「うーん。パイセンはそんなひどい人じゃないハズなんすけど」
「ひどぉい! ララコはどっちの味方なの!」
コヤリがララコの胸に顔をうずめる。
なんか女子同士にしても際どい感じがする……。
「ふっ」
コヤリが横目で蔑んできた、気がする。
なるほど。本当にララコとは仲良しか。ヤリ◯ン発言はララコのネガティブキャンペーンで俺を遠ざけようとした策ってわけか。うわあ過激派〜! こええ〜〜!!
「ところでパイセン、ヤリ……」
「言うな。聞くな。知らないならそのままでいい」
不穏なワードが飛び出しそうだったので封じる。
ぬっと、俺の背後にオラオラ坊主が立った。
「ちなみに俺の名前は……」
「あ、いいよ。覚える気ないし。このあと登場する予定もないし」
「あんっ!? どういう意味だテメエ!」
「そんなことよりさ、コウハイ。なんで俺をここに連れてきた?」
いいかげん軌道修正してほしい。
ララコはハッとしてコヤリから離れた。俺の手を取り、教壇前に導く。
「今日はみんなに重大なお知らせがあるっす! あ、緊急で動画回してくれていいすよ」
「重大なお知らせ? なにー?」
と、他の1年生たちも興味を惹きつけられたところで、ララコは切り出す。
「最近、アタシとパイセンの仲を聞いてくる人多いんで、この場でハッキリ言わせてもらうっすね!」
ララコは俺にウィンクする。俺も合点がいった。
あー、はいはい。完全に理解した。おけおけ。
このとき、俺は油断していた。
だってそうだろう。
ハッキリ言わせてもらうって。
嘘偽りない、隠し立てのない話をするもんだと思うじゃんよ。
「ぶっちゃけ、アタシの彼氏なんすよね」
「は?」
「は?」
「は?」
「きゃー! 言っちゃったっす♡」




