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転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。  作者: 雨夜かおる
きょぬー後輩が勝手にカノジョを名乗ってる
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おふたりさまご来店

「パイセン、パイセン!」


「ん」


 俺とララコがバイトを開始して30分がたったときだった。

 ドタドタと足音を響かせララコが俺を呼ぶ。ドリンクを乗せたお盆を両手で持っているくせに。俺はそっとグラスに手を添えた。


「どうしたの」


「超絶かわゆい女子がきてるっす! それも2人!」


「ほほう」


「見にいきやしょう!」


「よしきた」


 ララコの誘いにスキップで応じると「はしゃぎすぎ〜!」と笑われた。

 でも仕方ないだろ。喫茶ほんわかの客層は年齢高めだ。相手が誰であれ接客態度を変えたりしないけど、可愛い女子ときいたらテンションは上がるものだ。ニコさんみたいな美人だと嬉しい。


「しかも2人とも結衣山生っすね! 制服着てるんで!」


「は?」


 一気に血の気が引いた。

 なんだかその2人に心当たりができてしまって。


 いや、まさか。そんなはずは……。


 ララコがそのテーブルを指差す。

 案の定と言えばいいのか。

 そこにいたのは見知った顔の2人だった。


「ね、ね!? やばくないですか、レベチすぎませんか。パイセンもしかしてタメだったり……どうしたんすか急にうずくまって!?」


「足に力が入らない」


「もしかして2人乗りのせいで!?」


「そうだ」


「ひどっ!」


「だから詫びとして俺の代わりにオーダーを取ってくるんだ」


「了解っす!」


 元気よく飛び出していったララコを、俺は遠くから眺めた。

 願わくば、あいつらがここに来たのは偶然かなにかであってほしい。そうではないと薄々わかっているとしても。


 2人の結衣山生が何事かを口にする。そして明らかに俺を指差してきた。

 ララコが一礼して俺のところへ戻ってきた。


「パイセンをご指名でっす!」


「あ、そ」


「もしかして逆ナンっすか!」


「クラスメイトだ」


 なんかさっきから腹が痛い。

 別に後ろめたいことなんてないのに、親とか教師に叱られる寸前の心境になっている。ほんとになんでだよ。


 一度、深く息を吐いた。覚悟を決めて2人のもとへ。


「お待たせしました。お客様、ご注文はお決まりでしょうか」


 ムラサキはツンとしたすまし顔で受け流す。

 うらかは不満ありありの表情で出迎えてくれた。


「怪しいと思ったらコソコソ隠れてこんなところで働いていたのね」


「バイトくらいするわよ。高校生だもの。オホホホ」


「なにその変な喋り方」


「君たちもバイトした方がいい。見識が広がって人生観変わるよ」


「だからなにそのウザい喋り方!」


「お客さんの真似」


「いるわけないでしょそんな頭おかしい客!」


 いるんだよ。このレベルで頭おかしいは言い過ぎだよ。

 なんならちょっと面白いよ。


「で、なんでここにいんの?」


「喫茶店くらい入るわよ。高校生だもの」


「わざわざ隣町までやってきて?」


「普通、普通。東京に住んだことのない透真くんにはわからないでしょうけど」


 出た。東京マウント。


「なによ。その疑いの目は」


 なんか嘘っぽいんだよなあ。

 ムラサキに視線を送る。


「うらか。それなりに怖気づいてた」


「なんで言うの!?」


 やっぱりだった。


「『ねえ、なんかすごいオシャレなんだけど。え、入る? 本当に入る? さきなはこういうとこ来たことある? コーヒーの種類わからなくて笑われたりしない?』」


「さきな全部言わないで!? 透真くん半笑いじゃん!」


 だって面白いから。

 情景が目に浮かぶようだった。


「ち、違うし。喫茶店くらい余裕で入るし……」


「へえ」


「むかつく! その信じてなさそうな顔!」


「ご注文は?」


 俺がそう促したとき、うらかは一瞬困った素振りを見せた。そして、おそるおそるメニュー表に手を伸ばそうとする。

 ふとイタズラ心が芽生えて、俺は素早くメニュー表をひったくった。


「ちょっと。なんで取り上げるのよ」


「うらか。なんでもいいからコーヒー頼んでみて」


「は? ……い、いやいや。見ないと注文できないから」


「東京住みだったのに?」


「ぐっ!?」


「言い当てたら今日の会計奢ってあげる」


 と、借金がある身で調子に乗ってみる。

 うらかは頭から湯気が出そうなくらい悩んでから、


「た、ターメリック?」


「むかいにココイチあるよ。行ってきたら?」


「あーっ、もう! はいはい認めますぅ! 喫茶店とか一度も入ったことありませんー!! 学校帰りに寄るのはマックかロッテかモスかバーキンでーす!!」


「そこはカレー屋を並べろよ」


 ハンバーガー大好きかよ。めっちゃわかるけど。


「ま、うらかで遊ぶのはこれくらいにして」


「私で遊ぶな!」


「本当になんで来たの? 追いかけてきた?」


 友人関係とはいえストーキングはやばいと思います。

 なのにうらかは一切悪びれもせず、なんならこっちを詰問するような姿勢で、


「へーえ? 尾けられちゃまずいことでもあるの」


「シンプルに嫌でしょうが」


「てっきりさっきの子と浮気デートなのかと思ったわ」


 と、鋭い視線のままララコを見つめる。

 ちょっと色々待ってほしい。俺は生まれてこの方誰とも付き合ったことがないから浮気もナニも成立しないし、仮にそうだとしてとやかく言われる筋合いはない。俺のことを好きでもない限り。


「おいおいなんだ〜? 俺のこと好きなんか〜??」


 いつも通りにふざけてみる。が、うらかの表情は余計に険しくなった。


「さきなの気持ちも考えてよ。透真くんがいきなり知らない女子と2人乗りで学校を飛び出していって、それで……」


「うらかが」


 ムラサキが、うらかの言葉を遮る。

 やっぱり澄ました横顔のままーーーーいや、ちょっとだけムキになっているようにも見えた。


「うらかがどうしても気になるっていうから。あたしはそれに付き合わされただけ」


「えっ!?」


 突然の裏切りに、うらかが素っ頓狂な声をあげた。


「え、えっと。さきなが無理やり私を引っ張ったんだよね? 凄い力で。ほら、見て! くっきり痕が残ってるよ!」


「うらかがどうしても気になるっていうから」


「い、いや、だから」


「うらかが」


「………」


「いったから」


「………」


「あたしはそれに付き合ってあげた」


 うらかは困り果てた顔で俺とムラサキへ交互に視線をさまよわせる。おろおろと所在なさげに立ち尽くし、やがて消え入るような細い声で、


「そうです……私がさきなを巻き込みました」


「いや、いいよ。うらか、ごめんな? ホントにごめんだよ、うちの猛獣が迷惑かけて」


 すごい可哀想だった。うらか、もっとムラサキに対して強気に出ていいからな? 幼馴染としてはそういう関係性になってほしいと思っているよ。


「俺も黙ってたのが悪かった。ちょっと急にお金が必要になってさ。それでバイト始めたんだ」


「なら隠すこともないのに。何か欲しいものでもあるの?」


「おう。ちょっと自転車を買おうと」


 ああ、とムラサキは1人で納得した様子を見せた。

 6月最後の日のことを思い出したのだろう。俺にとっては黒歴史だから、そのまま黙っていてもらいたい。

 ん? 待てよ。元はと言えば、自転車を弁償する羽目になったのはコイツのせいではなかろうか。俺はちゃんとララコに返すつもりだったのに、ムラサキが無茶なチェイスをするから……。なんでそれで俺ひとりで汗水流して稼がないといけないんだ、不公平だ。


 って真正面から言えたらなあ! 


「透真くんの自転車、まだ使えそうだけどね」


 弁償の件に気付いてないうらかは疑いの眼差しを向けてくる。


「本当はさっきのおっぱい大きい赤髪っ子が目当てなんじゃないの」


「ないない。知り合ったのも最近だし。あいつはただの後輩。それ以上でもそれ以下でもない」


「どうだか。男子はすぐおっぱいだから」


「それはそうだけど」


「おいコラ。ケダモノ」


 ノリのよいうらかのリアクションに、俺はつい本音をこぼしてしまった。


「だって週明けには辞めるつもりだし」


「ええーっ!? マジっすか!?」


 突然、耳元でやかましい声が響く。

 ここ最近で耳慣れた声質。つまりララコのものだった。


「おまっ、いつの間に。っていうか聞いてたのか」


「パイセンがいつまでも駄弁ってるから……っていうかマジで辞めちゃうっすか!?」


「前にも言ったと思うけど、当たり前だよ。必要なお金を稼いで、それで返すもの返したらここでの関係は終わり。この店のことは陰ながら応援しておく」


「ううっ、てんちょーにシバいてもらうっす……」


「ご自由にどうぞ。辞めるのは変わらないけど」


 なにやら不穏な脅し方をされたが俺はキッパリと断る。

 洋食屋ほんわかのことも、それにララコのことだって、正直気に入っている部分はあるがそれはそれ。義理を果たしたあともズルズルとここで働いていこうとは思わない。バイトするにしたって隣町まで来る意味がわからないし。


 俺の頑な態度に、ララコは本当に悲しそうな、泣いてしまう一歩手前みたいな顔になって……いやずるくない? なにその顔。揺らぐ。揺らぐわ。数秒前の自分の言葉を覆しそうになる。


 ララコは俺の制服のエプロンをつまんで、というか足にすがりついてきた。


「やだっ、だめですっ、行っちゃやーだっ、やーだっ、行かないでぇぇぇ」


 周囲を憚らない金切り声で、ララコが喚き出した。

 何事かとフロア中の視線が突き刺さる。外野からはひどい絵面だったろう。俺が女の子を泣かせたみたいになる。実際にその通りなのだから余計にタチが悪かった。


「アタシにできることなんでもしますからぁぁぁ、行かないでほしいっすぅぅぅぅ」


 ちなみにこのとき、うらかとムラサキからは極冷の視線を頂戴していた。


 いや、そんな、虫ケラを見るような目にならなくてもよくない? 泣くよ?



 翌日の土曜日。今日は学校がある日だった。

 高校生になってから、ちょくちょく土曜日に授業が組み込まれているの、なんか損した気分になる。昔の世代は土曜授業が当たり前だったらしいが、こちとら平成後期の生まれ。土日休みは権利として獲得したい。


 今日も今日とてバイトだ。午前授業で終わってくれるのはありがたいけど、その分バイトの時間が延びてしまうだけだから疲労度はむしろこっちが高い。だがもう少し。今日と明日さえ乗り切ったらこのバイト三昧から解放される……!


 結衣山高校に到着し、俺は真っ先にトイレに向かった。朝から少し調子が悪かったのだ。原因はうらかとムラサキだ。昨日は2人とも結局終始機嫌を損ねたままだった。今日も直ってなかったらと思うと気が気じゃない。


 個室に入り、ため息をついてそのままじっと待ってみる。俺の腹は痛みを主張するばかりで出すものを出さなかった。しょうがない、とズボンを履き直したあたりでやたらとドア外が騒がしくなった。


「……なんだ?」


 何人もの足音が響いている。明らかに人の気配が増えた。個室ドアのすぐ外にじっと留まって。

 連れションならぬ連れウンコだろうか。俺はトイレを譲ろうとして、なにげなく頭上を見上げた。


 なんかバケツの口が見えた。


「は?」


 呆気に取られていると、激しい音とともに大量の水が降りそそいだ。全身を冷たさが覆い、無造作に放られたバケツが俺の頭にヒットする。そして慌ただしい様子で複数の足音は去っていった。


「………」


 しばらく、俺は動けなかった。状況を受け入れる時間が欲しかった。

 たっぷり5分ほどかけてから扉に手をかけ外に出る。そこには誰もいなかった。遠くの方でセミの鳴き声が聞こえてくるだけ。


 俺はその足で鏡の前に立った。

 確認するまでもなくずぶ濡れだった。


 濡れた前髪をかきあげ、ようやく言葉が出てきた。


「これはやばいことになった」


 





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