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転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。  作者: 雨夜かおる
きょぬー後輩が勝手にカノジョを名乗ってる
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カスハラだっ!?


 喫茶ほんわかで働き始めて4日目。

 自分で言うのもなんだが、俺は早々にこの仕事に慣れてきていた。

 やることは横綱食堂のころと変わらない。注文をとる。料理を運ぶ。勘定をする。空いた皿を片付けて清掃する。実に飲食店らしい業務だ。


 横綱食堂との違いは客層くらいなもんだ。

 あっちでは小さい子供のいる家族連れが多かったが、こっちではおじいちゃんおばあちゃんがよく出入りする。あとは近くの予備校生とか。


 んで、たまに面白い客人がいらっしゃったりする。


「君みたいな若い時分に私のような知識人と接しておくことは必ず人生の糧になるよ」


「そうっすね」


「君は数年前に世界的に流行った疫病についてどう思う」


 自称売れっ子ライターさんが何か言い出した。

 この人と遭遇するのは4回目だ。つまり毎日会っている。


「結衣山では流行らなかったなーと」


「ふっ、結衣山に限らずどこにも感染者などいないさ。あれは政府による巧みな情報操作だからね。みんな洗脳されているんだよ」


「へえ」


「真実を見抜けるのは私くらいなものさ」


 そして陰謀論にハマったおじさまでもある。

 こわいよぉ……。この人やばいよぉ……。


 これ以上付き合うのは本当に怖いので、魔法の一言を放つことにした。


「お客様。コーヒーのおかわりはいかがですか」


「ふむ……」


 知識人さんは腕時計をちらりと見て、苦い顔をした。


「そろそろ失礼するよ。溜まっている仕事を片付けなくては。まったく、売れっ子というのも困ってしまうね」


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 陰謀論大好き知識人さんはコーヒー一杯で2時間は粘っていた。

 ずいぶんと倹約家なんだな。売れっ子ライターなのに。


「ちょっと! 何分待たせてんのよ!」


 突然、金切り声があがってびっくりした。


 遠くから様子を窺う。

 ララコが小太りなおばさんに捕まっていた。


「こっちはお腹空かせてんだけど!」


「もうちょいで出来上がるっすよ〜」


「バカにしてんの!? 今なんとかしなさいよ!」


「やー、今すぐとかはさすがに。あ、アタシとお喋りでもします? 待ち時間があっという間かも」


 ララコは平常運転だ。学校での振る舞いとなんら変わらない。

 でもこの場面で逆効果なんじゃ……。


 案の定と言っておくべきか、おばさんは鼻の穴を膨らませて激昂した。


「若いからって舐めてんの? さっきから見てればどんくさいのよ、アンタ。運動とかできないでしょ。頭も悪そう。まともな敬語も使えないし、何ならできるのよ。親の顔が見てみたいわ」


 ………。


 あれ。一瞬でライン越えてこなかった?


「甘やかされて育ってきたんでしょ。何の苦労もしたこともなさそうな顔してる。これだから学生のバイトってイヤなのよ!」


 これもうカスハラじゃね!?

 すごいド直球。ニュースとかで観たまんま。


「どうせ周りに助けてもらってばかりでしょ。いいわよねぇ、若い女なら何でも許されて」


 俺は片付けを後回しにしてララコのもとへ急ぐ。ミシミシと、古い造りの床が悲鳴をあげた。

 だがそのとき、ぐいっと腕を掴まれた。我らがボス店長だった。


「店長。止めないんですか」


「黙って見てな」


 見てな、と言われても。

 ただ見ているだけの方が我慢できないこともある。


 ほら、あのハツラツ後輩が辛そうに黙りこくって……あれ。なんかまっすぐな瞳で前を見据えているな。


「なに黙ってんのよ。そうやってれば許されると思ってんじゃ……」


「そうなんすよ!! アタシ、めっちゃいろんな人に助けてもらってて!!」


 ララコの全力肯定におばさんが悲鳴を上げながらのけぞった。


「聞いてくれます? こないだも授業でソフトボールがあったんすよ。でもダメダメで。またみんなに迷惑かけて終わるところだったんですけど、なんと! パイセンが助けてくれたんすよ! あ、パイセンっていうのは学校のパイセンで、お店ではアタシがセンパイなんすけど」


「ちょ、何よ急にベラベラと」


「パイセンってば、自分だって授業中のくせに一生懸命アドバイスしてくれて。おかげで初めてボールキャッチできたんすよ! あんなに楽しいなんて……っていうかアタシもアタシですごくないっすか!?」


「知らないわよ!」


 おばさんはほとんど逃げ腰だった。

 そして近くにいた俺を呼びつける。


「ちょっとそこのお兄さん! お勘定!」


「え。まだお料理お持ちしてませんけど」


「もういいわよ! コーヒー代だけ置いていくから!」


 ドタバタと慌ただしく会計を済ませる。

 見送りのときにはララコも隣に並んでいた。いつの間に。


「次からは気をつけなさいよ!?」


「またきてくださーい!」


 ララコはひらひらと手を振る。おばさんは対照的に悔しそうだった。

 扉が完全に閉まったところで、ララコはふぅ、と息を吐いた。


「特製ナポリタン、ちゃんと食べてもらいたかったすね」


「ーーーー」


 そのセリフを聞き届けて。

 俺はこの後輩に惜しみない拍手を送った。


「え、なんすか。なんすか」


「素晴らしい。さすが」


「ホントにどうしたっすか!?」


「別解答を教えてもらった気分」


「パイセンに勉強なんて教えましたっけ?」


 本当に感心した。

 俺が思いつきもしない、思いついてもできない場の収め方だった。

 真正面から歯向かうわけでもなく。かといって、逃げたり黙り込んだりでやり過ごすわけでもない。


 割って入らなくて良かった。

 俺のやり方じゃ、火に油だ。あの客人はさらに手がつけられなくなったはずだ。


「柔らかくて、しなやかな強さだった」


「おっぱいの話っすか」


「おっぱいの話ではない」


 せっかく良い話をしてたのに。


「それにしても、なんでオーダー通ってなかったんすかね。ザクロさんも受けてないっていうし」


「ああ、それは多分……」


 ニコさんのせいじゃないかね。注文受けたのあの人だったし。



 その後も無難に仕事をこなし、もうまもなく退勤時間。

 痰が絡んだみたいな声が耳元でささやかれる。


「今日も働いたね」


「ニコさん働いてました?」


「うん」


「全然見かけなかったような」


「そう?」


 涼しい顔でニコさんはとぼける。

 ニコさんは20歳のフリーターで、顔面偏差値がクソ高いお姉さんだ。初日に俺の着替えを目撃して通報しかけた人でもある。


 その眼力はすさまじく、ド派手な耳ピアスが見え隠れしてるのが大変えっちだ。

 こんな美人さんと働けるのかよと、最初こそ興奮したが……。


「ニコさん。今日ニコさんが受けたオーダー通ってなかったですよ」


「あれ。不思議」


「それと知識人さんの注文だけガチスルーするのやめてくださいよ」


「あたしあの客、無理。だるい」


 ニコさんは生粋のヤニカスだ。接客中でもお構いなしにタバコ休憩で消える。それも10分おきくらいに。で、当然めちゃくちゃ煙臭いから店長からだけでなくお客さんからも怒られている。


 ことあるごとに抜け出すものだからボス店長が怒り狂ってニコさんのタバコを全て隠したり捨てたりするのも、ここ数日で何度も見た光景だ。ゴミ箱を漁るニコさんの姿は戦争孤児を彷彿とさせた。涙を禁じ得ない。


 外見はこんなにも綺麗なのに肺と頭の中身が残念すぎる。年上お姉さんへの幻想は粉々に砕け散った。偏見だと言わないでくれ。俺は喫煙者がタイプではない。それだけの話だ。


 ニコさんはセブンスターを誇らしげにかかげる。


「清浦くんも吸おうよ」


「未成年なんで」


「あ、そっか」


「昨日も同じこと言いましたよね」


「ねえライター持ってる?」


「昨日と同じこと聞かないでください」


 この人、記憶なくしてるのかな。

 置きっぱなしマッチ箱を手に取り、火をつけてやる。


「んふっ♪」


 この一服がたまらない、と恍惚な表情を浮かべたニコさんがご機嫌で煙を吐き出した。輪っかを作るのが上手かった。


「ありがと。好き」


 こんなに嬉しくない『好き』は初めてだ。


「電子タバコにはしないんですか」


「あれはダメ」


「ダメ」


「重い。邪魔。バッテリーとかクソ」


 と、俺には全然伝わらない意見を頂戴する。

 紙タバコをやめてもらう思惑は呆気なく頓挫した。


「ハタチになったら一緒に吸おう。1箱プレゼントする」


「きっとそれを分け合うんでしょうね」


「わかってるじゃん」


 そんな日が来るかはわからないし、きたら全部あげてしまおう。喫煙をしている自分の姿を想像できない。


 ひらひらと手を振ってニコさんが出ていく。俺も身支度を整えようと……あれ? なんであの人出ていったんだ。高校生組はもう帰るところだけど、大人組はまだ仕事残ってるぞ。


 勢いよく事務所のドアが開く。


「おい、キヨ!」


 血相変えたボスママ店長登場。


「はい」


「ニコはどこ行ったんだい!?」


「なんか出ていきました」


「あのニコチンカスがああああ!! 締め作業やれってんだあああああ!!!!」


 怒りの咆哮とともにボス店長も消えていく。

 やや遅れて、俺の前に給食配膳係みたいな長身男性が現れた。


「ザクロさんもお疲れ様です」


 コック帽子を外すとザクロさんの長髪があらわになる。

 ヴィジュアル系バンドをしている彼は、常に片目が隠れている。料理に毛が入るから帽子を被れと言われているらしい。


「それとも今はコタロウさんとお呼びしたほうがいいですか」


 本名は佐藤小太郎さんというのだそうだ。

 ザクロさんはふっと笑う。薄い唇が意味ありげに歪む。


「其の名は口にしてはならない」


「あ、すみません。確か昼と夜で使命が違うんですよね」


「いかにも。氏名だけに」


「………」


 これ笑うところだろうか。


「透き通る真心の少年よ」


「うす」


「夜は無秩序の世界。とこしえの闇に沈まぬように」


 意訳すると、夜は危ないから気をつけて帰るんだよ! と言ってくれてる。

 めっちゃいい人だ。俺は深々と頭を下げる。


「お先に失礼します」


「あっ」


「ん?」


 素に戻ったザクロさんの反応。

 彼はきょろきょろとあたりを見渡す。


「と、ところで、少年よ」


「はい」


「我の同胞はいずこへ。迷える御霊を還すには彼女が必要だ」


「…………」


 ザクロ語録を履修した俺には、彼の言わんとすることが正確に伝わった。


「コタロウさん」


「其の名は世界を欺くためのもの」


「ニコさんに気があるんですよね」


「なっ!? もしかして店長が言いふらしてるのかい!?」


「見てりゃわかるっすよ〜」


 と、後輩の口癖がうつってしまった。


「ニコさんはいつものです」


 俺はジェスチャーでタバコを咥える。

 ザクロさんはたじろいた様子を見せた。


「そ、そうかい」


 ザクロさんは胸ポケットから紙タバコを取り出した。

 しかし、そこから一歩も動けないでいる。


 俺は既に知っている。


 ザクロさんがまったくタバコを吸えないのを。

 ニコさんと話すきっかけが欲しくて果敢に挑むも、速攻でむせてしまうことを。

 なんならアレルギーレベルで相性が悪いという悲しい現実も。


「漆黒の天衣まといし天使は誰にも触れられないのだね」


「まとっているのは副流煙ですけどね」



 バイト終わりにララコと一緒に結衣山まで帰路を共にするのは、どちらが言い出したわけでもないが俺たち2人の約束事になっていた。


「お待たせしたっす」


「10分も待ってない」


 スマホから顔をあげた俺は、ララコの身なりについ口を出してしまった。


「髪がはねてる」


「うそっ」


「スカートも……なんか落ちそうだけど」


「わっ、わわっ」


 ララコがスカートに手を入れようとしたところで、俺は咄嗟に空を見上げた。今日も結衣山の夜空は綺麗だった。


「そんなに急がなくてもよかったぞ」


「いやいや。パイセンをお待たせするわけにはいかないっすよ」


 と、健気なことを言ってくれる。律儀というか。

 うっすらと感動している自分に気付いた。そうだよ、俺、なんだかんだ後輩属性のやつと接点できたことなかったや。


「えへへへ」


「なに笑ってんの」


「店長、またパイセンのこと褒めてました。よく出来るって」


「なんでコウハイが喜ぶ」


「パイセンが褒められたらアタシも嬉しいっす。スカウトしたアイドルが順調に活躍していく的な?」


「ふーん」


 悪い気はしない。

 いや、実はすごく嬉しい。

 成り行きで始まったバイトだけど、俺はやりがいを感じている。


 昼はうらかや幼馴染たちと学校で過ごして。

 夜は可愛い後輩や愉快な従業員と労働に勤しむ。


 普通の日々だ。でも、うん。多分俺は幸せだ。


 いつも通り、2人分の切符を俺が購入して、1枚をララコに渡す。

 借金は少しずつ返している。まとまったバイト代が入れば一気に返済できるだろう。


「パイセン、今日も……」


「ああ。気にするな」


「あざまっす」


 ララコは鞄からテキストを取り出す。今日は日本地理だ。一問一答で点数を稼げる。懐かしい試験範囲だ。

 帰りの電車、この移動時間を後輩は勉強時間にあてている。気にするな、と言っているのに後輩は毎回のように断りを入れてくる。


 毎日そんな姿を見せつけられたせいで、俺まで感化されちまった。英文法帳を眺める。バイト終わりの頭に外国語なんてほとんど入ってこないが、こうしているだけでも意味があると信じている。信じることにする。


 ふいに隣の後輩を眺める。ページをめくる手が止まっていた。


「コウハイ?」


 俺の声にも返事がない。

 ララコの頭がこくり、こくりと前後に揺れる。ふいに電車が揺れ、ララコの身体は俺に倒れ込んできた。ちょうど俺が膝枕をしてやるような形になった。


「ふむ……」


 ラブコメ的には逆ではないかね。

 男の膝枕とか需要あるんか?


 ララコが起きる素振りはなかった。

 結衣山に着くまでのあいだ、俺は微動だにできなかった。



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