闇バイトはダメ。ゼッタイ。
「一応聞いておくけど」
傘を折りたたむ。長話になりそうな気がしたから。
「俺に言ってる?」
「ハイっす! ずっと探してましたっす!」
ははは。探してたって。唐突なモテ期かな。
でも残念ながら知り合いにこんな女子はいない。同学年にも見なかった顔だ。
つまり今年からの新入生。後輩ってことだな。
「……ふむ」
赤みがかった、くるくるの巻き毛。
もちもちの丸顔が柔らかそうで、つついたら指が沈んでいきそう。美人顔ではないが、絶対クラスで人気だろうな。男女両方から好かれそうな愛嬌さがある。ムラサキとはまた違った系統だ。
というか……。
「デカいな」
「え? そうっすか? クラスだと低いほうっすけど」
身長のことだと誤解してくれているけど、当然そこじゃない。
おっぱいがデカすぎる。
………。
いや、いるよ? 世の中そういう人。
クラスにもいるし、近所に住むお姉さんとか、保育園のときの先生とか。
でも比較にならないくらい圧倒的なんだよ。
制服が胸の部分だけ異様に盛り上がってる。ちょっとおへそ見えそうだし。
グラビアアイドルかな?
そういえば球技大会のときに話題になってたな。おっぱいバレーって。
ウワサになるのも納得の迫力だわ。
「パイセン?」
おっといけない。
俺は視線をムリヤリ直した。
「なんだい、お嬢さん」
「今日はパイセンに用事があって」
「悪いけど今日はもう帰りたくてね。告白なら日を改めてくれたまえ」
「いえ。告るとかはナイっす」
うん。わかってた。
わかっていたけど、ワンチャン期待してた。
また視線が落ちそうになる。
「手短に頼む」
「アタシのチャリいいかげん返してほしいっす!」
「チャリ……?」
そんなもん借りた覚えはねえよ、と反射的に言いかけて。
「あっ」
パズルのピースが急に綺麗にハマった。
この子、あれか。
俺が強奪したチャリの持ち主か。
「ああ~~~~」
やらかしたわ。
「返してほしいか」
「うっす!」
「それはできねえ相談だ」
「えーっ!? なんでっすか!?」
後輩がのけぞる。デカパイが揺れた。
清浦透真のIQがみるみる下がった。
「もう壊れた」
「はい?」
「今頃は海の底に沈んでいる」
「………」
「じゃあ、俺はこれで」
「いやいやいや。待ちましょうやぁ、パイセン」
ぐいっと強めにつかまれる。そりゃそうだ。
「なんか言うことあるっすよね?」
「いくらで揉ませてくれる?」
「揉み消してくれる、の間違いっすか」
「そうそう」
財布を取り出してみせる。後輩はにんまりと笑った。パーの形になった手を突き出してくる。なるほど、5000円か。ちょっと足りないな。
「5万っすね!」
「桁が違ったかあ~」
「もう、パイセンったら冗談がウマいんすから~」
あははは。
うふふふ。
俺たちの乾いた笑いが虚しく響いた。
「いやいや。待てって。なんでそんな高いんだ。5万もするわけないだろ」
「迷惑料込みっす」
「チンピラみてえな後輩だな。いや、全面的に俺が悪いのは承知してるけどね? それにしたって額が額じゃない?」
一介の高校生にいきなり5万払えは酷だと思うの。
なんなら見逃してほしいの。
「パイセンのおかげでバイト行き損なったんすよ」
「バイト?」
「っす。その収入も込みでの請求っす」
「いや、チャリがなくても仕事にはいきなよ。その方が結果的にプラスなんだから。どこで働いてるか知らないけど電車とかタクシーとかあったでしょ」
「ウチってあんまし余裕なくて。今月もカツカツなんで電車賃払うお金なかったんすよ。タクシーなんてもってのほか」
「うーん」
値下げ交渉は失敗か。
わかってる。あのとき周りが見えてなかったとはいえ、この後輩に迷惑をかけたのは事実だ。それはわかってる。
でも5万はマジでちょっとなあ……。
「あの自転車」
「うん?」
「高校の入学祝いだったんすよね」
「………」
「父ちゃんが必死にやりくりして買ってくれたんすよ。アタシがどこにでも行けるようにって。本当に大事なモノだったんすよ」
「事情はわかった」
冷や汗をかきながら、声をしぼりだす。
「しかし持ち合わせがない。ない袖は振れんのだよ」
「お父さんお母さんに頭下げましょ?」
こっっっわ。
本当にヤクザみたいな脅し方するじゃん。
相手が年下とか女の子とか関係ない。俺は膝をついて必死に懇願した。
「すみません、すみません、絶対に払いますから、どうか家族にだけは……」
「なんでアタシが悪者みたいになってるんすか」
後輩が少しだけ身を屈める。
これ以上強調させる必要のない胸部を見せつけながら、後輩は言う。
「絶対に稼げるイイ仕事。紹介させていただきやすよ、おにいさん♡」
「あ、はは、は」
闇バイトかな?
◇
数十分後。俺は海を眺めていた。
規則正しい振動が俺の身体を揺らしている。
一応言っておくが乗っているのは船じゃない。電車だ。学校から歩いて数十分。結衣山駅から向かうは隣町。切符代は俺持ちだ。少しでも借金返済に充てられたらと思う。
「俺はどこに連れていかれるんだ」
「ウチのバ先っす」
バ先。バイト先。色んな想像が一瞬で駆け巡った。
怪しいブツの運搬か。それとも借金の取り立てか。はたまた特定の場所に居座るだけの簡単なお仕事か。不安でしょうがない……。
「言っておくけど普通の飲食店っすよ」
「よかった~」
明日の生存を確信。割とマジでほっとした。
後輩が鞄から何かを取り出した。見覚えがある。去年、自分が1年生のときに使っていた英単語帳だ。
「なにしてる」
「見ての通り、お勉強っす」
「赤点が心配なのか。この大先輩様がちょいと教えてやろうか」
「今回も学年一位取りたくて」
「えっ」
「パイセン手伝ってくれます?」
「……まっ、まあ? 最初から手伝っちゃうのもよくないよな。ここはあえて、あえて! 手を貸さないでおこうか」
「りょっす」
後輩の視線は単語帳に戻っていった。
いやいや。まてまて。
なんか気圧されちゃったけど、こんなギャルっぽい後輩が学年一位なわけなくない? 俺をからかってるだけなんじゃないの?
だいたい、期末テストは2週間以上先だ。対策には少し早い。
こんな時期から試験勉強してるやつなんて……一周回ってガチの気配するな。
「パイセンは勉強イイんすか」
「俺、頭いいから。授業きいてるだけで余裕」
「へー、すごいっすね」
適当にあしらわれた。
なんだろう。この敗北感。
すごくダサいな。
悔しい。鞄に手を突っ込む。何も入ってなかった。教科書なんて学校に置いてくるのがデフォルトだからね。仕方ないね。




