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転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。  作者: 雨夜かおる
きょぬー後輩が勝手にカノジョを名乗ってる
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トライアスロンに興味はない。ガチで。

はい。見切り発車でゴ~!

 7月に入った途端、うだるような暑さが続くようになった。

 外から漏れ聞こえるセミの鳴き声に叩き起こされ、薄目で窓の外を見る。


 梅雨を抜けた結衣山の空は青かった。

 日の高さから察するに、いつもより1時間早い朝だ。もうひと眠りする気にはならなかったのでそのまま起床。キッチンの方からはカチャカチャと食器の音がきこえる。母上も起きているみたいだ。


「おはよう。マッマ」


 返事はない。いつものことだ。

 バカデカいヘッドホンから、これまたバカデカい爆音が漏れている。これは……『HOT LIMIT』かな。夏にぴったりな選曲だった。


 リズムに合わせ、母が舞う。

 30代後半とは思えないゴキゲンなステップだ。料理中にその激しい動きはどうかと思うが……。


「見える。見えるぞ……!」


 全身に黒いガムテープを巻いただけの恰好の母が、俺には見える!

 こっそり録画して父親に送り付けてみようか。大喜びしそうだな。


 スマホを取り出そうとしたときだった。


 マッマが、くるりとターン。

 ばっちり目が合ってしまった。


「………」


「………」


 母の動きが止まった。

 ヘッドホンを外し、俺に背中を向ける。

 いそいそと、別人みたいにおとなしくなって調理を再開する。

 トントントン、と包丁の音が少しだけぎこちなかった。耳が赤い。


「母さん」


「………?」


「妖精たちが夏を刺激する~」


「っ!?」


 包丁が飛んできた。あぶなっ。



 母上の機嫌を取ってたら遅刻しそうになっていた。

 早起きは三文の徳じゃなかったのかよ。


 自転車を引っ張り出し、助走をつけてから飛び乗った。

 車道に飛び出したと同時に足先に力をこめ、一気にトップスピードまで加速させる。

 自宅から結衣山高校まで、いつもは15分ほどかかる。そしてホームルームが開始するのも丁度15分後にせまっていた。つまり間に合うかどうかは五分五分というところ。


「別に遅刻したっていいけどさ」


 優等生を演じるわけでもない。教師に叱られるのが怖いわけでもない。

 なんなら、チャイムが鳴ると同時に教室に駆け込むほうがクラスメイトにウケるんじゃないか……。我ながら高校生らしい考えだな。


「……笑ってくれるかなー」


 一瞬だけ思い浮かべた2人はどっちも女子。

 まったく。女の子というのは気難しくて困る。


 順調な速度をキープしながらひたすらに漕ぐ。この調子なら余裕かもしれない。

 不幸中の幸いなのは、道がだだっ広い上に信号機が皆無なこと。それから数日前に痛めた足首が完治したことだった。


 先月末は色々あった。廃部騒動が巻き起こったり、クズが辞任したり、下野が転校しかけたり(これは勘違いだけど)大変なことばかりだった。


 だが全てうまくいった。なるようになった。

 俺はこの結果に満足している。最高といっていい。


 ただ……。


「なんか忘れているような」


 重要な見落としをしている気がする。

 案外、こういう直感はバカにできない。虫の知らせというか。

 頭の片隅に居座り続ける違和感。なにかフラグが立っているような……。


「ダメだ。わからん」


 もういいや。コトが起きてから考えよう。

 結衣山高校の校舎が見えてきた。あいかわらず新設のくせに年季の入った建物である。

 腕時計に視線を落とす。俺はぎょっとした。緩んだ緊張の糸が再びピンと張る。


「3分前か。ギリギリだな」


 もう一度、俺はぎょっとした。

 俺の腕時計を覗き込んでいるやつがいる。

 しかもそいつは最近知り合った知人だった。


「速水じゃないか。なにやってんの」


「朝練だ」


 俺の自転車に並走しながら速水は答えた。

 この速度についてきやがる。さすがは陸上部。


「朝練やって遅刻してたんじゃアホだな」


「そうはならない。間に合う」


「そうか。じゃあな」


 別れを告げ、俺はペダルを漕ぎ続けた。

 景色の移ろいが激しくなっていく。

 ラストスパート。全身全霊、フルスロットル。


 校舎への最終直線に差し掛かった。

 結衣山の直線は短いぞ! うしろの子(速水)は間に合うか!?


「疑問なんだが」


 ぬっと速水の顔がまた現れてきた。


「どうしてそんなに漕ぐのが遅いんだ」


「全力だわボケ」


「俺を気遣う必要はない」


「こっちはそのつもりなんだわ」


 速水は余裕の表情だ。

 なんならわずかに体勢有利。


「お前に頼みが」


「いやだ」


「陸上部に入ってくれ」


「いーやーだ!」


「わかった。ならトライアスロンで構わない」


「妥協してやった感やめろ。これ以上変な伏線張ってくるな。回収できんだろうが」


 ただでさえ未回収のフラグがあるっぽいのに。


 駐輪場に自転車を停めてる間も速水の勧誘は続く。

 口数が多い性分ではないだろうに、誘い文句が無限に出てくる。昇降口で別れるまでずっと口説かれていた。これが女の子からのアプローチだったらよかったのに。


 速水に限らず、最近はマルティンやガンテツからもよく話しかけられる。

 カオスタイム(球技大会)での苦楽を共有したせいだろうか。嬉しくないこともないが、そのおかげで上手くいってないことがある。


「やべえ、ほんとに遅れる」


 というかチャイムが鳴っている。

 階段を駆け上がって2年1組に飛び込む。一気にクラス中の視線が突き刺さった。

 芸能人気取りで手を振ってみる。色々な意味で汗がダラダラだった。


「清浦。遅刻な」


 キズナ先生が容赦ない。

 チッ……機嫌が悪い日だったか。


「いやいや。定時定時!」


 俺は壁時計を指差しながら主張した。

 でも無慈悲な担任は無言でチェックをつけていた。ええ、ダメなのかよ。


「勘弁してくださいよ先生。速水に絡まれてなかったら間に合ってましたよ。トライアスロンやろうぜとか変なこと言い出してきて」


「清浦がバイク担当か」


「いや、やらんけど! あ、でも興味あるやつがいたら教えてくれ。誰かいないかなー? 勉強がイマイチな代わりに運動がピカイチの転校生とか、ちょっと凶暴だけど俺のために雨の中チャリ爆走させてくれる幼馴染がいてくれたらいいんだけどなー???」


 ちらっ、ちらっ。


 後ろの席の2人へ、露骨な視線を送ってみる。


「………」

「………」


 虚しいくらいのノーリアクション。


 うらかは俺と目を合わせた途端、気まずい様子で顔を伏せた。

 ムラサキにいたってはこっちを見ようともしない。


「………」


 数日前からこんな感じだ。

 いい加減、心が折れそう。


「フラれたみたいだな。ご愁傷様」


 キズナ先生の軽口に反抗する気力も起きなかった。


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