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はるかぜ  作者: 大黒 天(Takashi Oguro)
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本編

はるかぜ


大黒 天(Takashi Oguro)



「どうしたの? まっすん。渡したいものがあるって……」


 とある土曜の昼下がり。大学に入学したばかりの少女、金村遥かねむらはるかは、「まっすん」こと同級生の益田祐二ますだゆうじからの連絡を受け、玄関先で話をしていた。

「そうそう、これを渡したくて。ほらっ、ラブレターだぜ」

 そう言うと、祐二はバッグから一通の手紙を取り出した。

「ラブレター?」

 遥は怪訝そうにそれを受け取る。

 封筒はスカイブルーで、表には宛名が書いてある。遥はそれをじっと眺めた。

中村琴美なかむらことみ様……って、これ、コッちゃん宛て?」

「そういうこと。あと、裏も見てみなよ」

 祐二に促されるまま、遥は封筒を裏返す。

村上徹むらかみとおる……って、これ、村上くんからコッちゃんに?」

 驚く遥に、祐二は軽く微笑む。

「金村なら中村さんの家を知ってるから、村上から渡して欲しいって頼まれたんだよ」

「へぇー。村上くんって、コッちゃんのことが好きだったんだ。村上くんって柔道一筋だったし、恋愛に興味ないのかと思ってたよ」

 祐二と遥はお互いにクスクス笑いながら、青い封筒を眺めた。

「了解。夕方にでもコッちゃんの家に行って、渡してくるよ」

「おうっ、頼むぜ!」



「あっ……ハル、どうしたの?」

 そして夕刻。遥は琴美の家を訪ねた。琴美は玄関先まで出てきて、やけににやついた表情で自分を見る遥に、少し戸惑った。

「コッちゃんに渡したい物があってさ。はいっ!」

 すかさず遥は琴美に、青い封筒を手渡した。おずおずとそれを見ながら、琴美は何度も瞬きをする。

「村上……徹くん? これってもしかして……」

 差出人の名前を見て、琴美はやや狼狽した。その様子を遥は微笑みながら見守る。

「そういうこと。コッちゃんて、ラブレター貰うのは初めて?」

「そっ……そりゃそうだよ! どうしよう……」

 うろたえる琴美をよそに、遥は笑みを絶やさぬまま、その様子を見ていた。

「まあ、まずはしっかり読んでみることだね。村上くんの想いを受け止めるかどうかはコッちゃん次第だし」

「そっ……そうだね、ハル。すぐに読むよ。ありがとね」

 ようやく落ち着きを取り戻した琴美は、遥にそう応えた。



 自室に戻り、ふわふわとした気分のまま琴美は徹からのラブレターをじっと見ていた。鼓動がいつもより早く打つ。そして覚悟を決めた琴美は、封筒の端にはさみを入れた。



 中村琴美様


 突然のお手紙、失礼いたします。

 新しい大学には慣れたでしょうか?

 俺の方はガイダンスも終わり、講義と部活の両方に力を入れようと思っています。もちろん、部活は柔道部一択に絞ろうとしています。

 お互い別々の大学に進んだけれど、中村さんはやりたいことができそうな感じですか?


 卒業式が終わった後に少し話せたのは嬉しかったです。あまり長くは話せなかったけど、俺ってあまり女性と話すのに慣れてないので、ぶっきらぼうになってしまっていたなら申し訳ないです。

 

 本当はもっとお話ししたかったけど、俺って不器用だから当たり障りなくしか話せず、うずうずしていました。もちろん今もです。

 できればもっと中村さんとお話したい。他愛もないことでもいいからもっとお話して、お互いを知りたい。今はそんな気持ちでいっぱいです。


 今だから正直に言います。

 俺は、中村さんのことが好きです。


 もし俺の気持ちを受け入れてくれるなら、近いうちにお会いしたいです。その時に俺の精いっぱいの気持ちを届けたいと思ってるので。


 スマホのメールアドレスを教えますので、もしよければ、そちらにお返事ください。


それでは。


村上 徹

ippon1005@comodo.ne.jp



 琴美は手紙を読み終えると、しばらくその余韻に浸っていた。鼓動は更に早まり、胸がうずくような感覚が体を支配している。

「ふふっ……これが恋心なんだね」

 そうつぶやきながら琴美は、スマホを手に取った。



 ピロリン、ピロリン……


 スマホのメール着信音が鳴り響き、俺は震える手でスマホを取った。

「件名……中村琴美です」

 心臓が今までにないくらいバクバク打つ。メールを開くのも怖いくらいだけど、俺はすかさず画面をタップした。


「明日の14時に、さくら公園で待ってます。よろしいでしょうか?」


 これは……上手くいったのか? ともかく、中村さんとまた会えるのは、嬉しい事この上ない。

 俺はすかさずメールを返信した。


「明日14時にさくら公園ですね。了解しました」


 翌日。

 俺はお気に入りのジャケットとジーンズで身を固め、さくら公園へ向かうことにした。

 家の近くにある小学校を横目に、公園がある通りへと向かう。なんだか足元もふわふわして、心ここにあらずといった感じだ。

 中村さんは果たして何を伝えてくれるのか。頭の中はそれだけだ。


 5分ほど歩いて、俺はさくら公園にたどり着いた。さすがに日曜日の昼下がりとあって、子供たちも多い。

 そして辺りを眺めると……桜色のワンピースを着た女性が一人、公園の奥のベンチに腰かけていた。間違いない、中村さんだ。

考える間もなく、俺はすぐさま中村さんの元に駆け寄った。


「中村さん!」

「あっ、村上くん」

 俺が駆け寄りながら名前を呼ぶと、中村さんは笑顔で俺に応えてくれた。


「えーと、あの……その」

「えっ? えーと」


 俺はなにか話しかけようと必死だったけど、うまく言葉が出てこない。それは中村さんも同じのようだ。しばらく顔を合わせながら、俺たちはしどろもどろの時間を費やした。


「ふふっ……なんだか照れるね、こういうの」

「そ、そうだね」


 中村さんがようやく俺に話しかけてくれたので、テンパってた自分の気持ちも少し和らいだ。お互いの顔を見て、俺たちは微笑んだ。


「頑張ってメイクしてみたけど、変じゃないかな? あんまり慣れてなくて」

 確かによく見ると、中村さんの顔は綺麗にメイクされている。ピンクのアイシャドウに、少し色白なファンデーション。濃いピンクのルージュも似合ってる。向こうもビッシリ決めてきてるのが見て分かるな。

「しっかり決まってるよ。綺麗だね」

「あ……ありがとう」

 俺の言葉に、中村さんは照れくさそうな声でそう言いながら、俺に一礼した。


「あの、本当に私でいいのかな? 私って可愛くもないし、優柔不断だし……」

 少し長めの髪をいじりながら、おずおずと中村さんは答える。その姿も最高に愛おしい。

「君じゃなきゃダメなんだよ。中村さんは綺麗だし、優しいし……俺にとっては最高の女性だよ」

 俺は中村さんに思いのたけをぶつけた。それが俺の嘘偽りない、本当の気持ちだ。

 中村さんは顔を真っ赤にし、俺の言葉に聞き入っている。どうやら気持ちは伝わったようだ。安堵の気持ちが俺の中を駆け抜ける。そして、胸を締め付けるような切ない感覚も俺の体を支配していた。


「ありがとう……嬉しいよ。私も村上くんのこと、好きになれたかな」



それからしばらくの間、俺と中村さんは顔を真っ赤にしたまましばらく見つめ合っていた。

「やっぱり照れるね、こういうの」

 しばらくして、中村さんが口を開いた。

「ああ。でも、この気持ちだけはどうしても伝えたかったから」

「改めて、これからもどうぞよろしくね」

「もちろん、こちらこそよろしく」

 俺たちはそう言葉を交わし、お互いの手を握った。


 俺はおもむろに公園の風景に目を遣った。桜並木は既に散り、もう葉桜になっている。

 そして、暖かな春風が突如、公園の中を吹き抜けた。まるで俺たちを祝福してくれているかのように、心地よい風だ。

「来年は一緒に桜を見ようね、中村さん」

「うん。それに、私の事は琴美って呼んでくれていいからね、徹くん」

「あ、ああ、琴美さん」

 そして俺たちはまた、照れながら笑った。

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