3話 聖王国の第一王女
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クラリスが事件を起こしてから一週間ほど経った頃。
あの事件はマーセラス伯爵家の人間が起こしたものとして、お城では広く知られるようになっていた。
そして私は精霊王に会ったことで左手に常に聖印が現れるようになった。
その結果……。
「これはこれは、聖女様。本日も精霊たちに魔力を?」
「はい、その予定です」
……こんなふうにお城で誰かと会うたび、よく話しかけられたり、頭を下げられるようになっていた。
今までは「平民の出だから」と敬遠されていた気もしたけれど、聖女として認めてもらえた様子だった。
しかし一部の人からは「聖印を宿した高貴な聖女様」として近づき難く思われている気もする。
何せ、これまで少し砕けた様子で接してくれていた使用人も、聖印が現れて以降はとても恭しくなってしまっていた。
「肩身が狭い訳でもないんだけど、ああやって接されるとこっちも気が抜けない気がして疲れるわね……」
「ルーミエ、疲れているの?」
魔力をモッモッと頬張る小さな精霊が心配してくれた。
私は庭園の中庭にあるベンチに腰掛けながら「大丈夫よ」と精霊に伝えた。
「こうやって皆といる時はのんびりできるから。悩みごとも聞いてもらえるしね」
「それはよかったよ」
「私たちもルーミエの助けになれて嬉しい!」
愛らしい子供のような姿の精霊たちは、じゃれつくようにこちらに集まってきた。
こんなに可愛い子たちが広大な聖王国を支えているなんて。
私以外の人がこの子たちの姿をはっきり見られたらきっと驚くだろう。
「皆、お腹いっぱいになった?」
「うん! 今日も魔力をありがとうね! ご馳走様!」
精霊たちは「頑張るぞー!」と空へ向かい、聖王国中に飛んでいく。
あの子たちがいる限り、この国は安泰だろう。
そして皆がいなくなったのを見計らい、中庭にやってくる人がいた。
「ルーミエ。今日の仕事は終わったのかい?」
「カイル様。今日も無事に終わりましたよ」
カイル様は柔らかく微笑みながらこちらに歩んでくる。
風に揺れる輝く金髪、澄んだ空色の瞳、庭に長く影を落とす長身。
カイル様は最近、決まって少し遠くから私と精霊のやりとりを見守ってくれていた。
……というのも。
「……先日、僕を燃やそうとした火の精霊も行ったのかい?」
「ちゃんとお仕事をしに行ってくれましたよ」
周囲を見回すカイル様の仕草に、少しだけ笑いが溢れてしまった。
事件の後、カイル様はしばらく私が精霊に魔力を渡す場にいてくれるようになった。
けれど精霊たちは私を罵ったカイル様をまだ許していない様子で、火の精霊の子が炎を出したのだ。
その場は「こらっ!」と私が叱って解決したものの、それからカイル様は「少し離れていた方が良さそうだね」と遠くから見守るようになった。
「自業自得とはいえ、燃やされるのは勘弁願いたいからね。いつかは精霊にも許してもらいたいものだよ」
「半分くらいの子は許してくれているみたいですが、もう半分は少し時間がかかりそうです」
「許してくれるまで気長に付き合うさ……さて。そろそろ行こうか。じきに目眩がする頃だろう?」
「ええ、ありがとうございます」
カイル様が差し出してくれた手を取り、私は屋内へ戻っていく。
彼の言った通り、魔力がなくなった影響で少し目眩がしてきていた。
すぐに横になれるよう自室で精霊に魔力を渡すことも一度は考えた。
でも精霊たちは子供らしくわんぱくなので、水や火や風を出すことがある。
その影響で物が壊れるかもしれないので、こうやって中庭に出て精霊たちと接しているのだ。
「ルーミエ、大丈夫かい? いつも魔力を精霊に渡した後より、少し顔色が悪い」
立ち止まったカイル様に、私は苦笑した。
「大丈夫です。……あの事件以降、私の力になりたい、二度と偽聖女だなんて呼ばせないって、精霊たちがもっと頑張ってくれるようになって。その影響で精霊にあげる魔力の量が少し増えているんです」
「それは……そうか。僕のせいでもあるな。申し訳ない」
カイル様は顔を曇らせ、握った手に込める力を強めた。
「……僕はこうやって君を支えるくらいしかできないけれど、やってほしいことがあったら何でも言ってほしい。それが、せめてもの償いだ」
「カイル様、そんな。やってほしいことなんて……」
償いはこれからすると、カイル様はジークバルト陛下の前で私に言った。
その言葉に違わず、あれからカイル様はこうやって私のことをよく気にかけるようになってくれた。
それこそ、彼自身も執務で多忙な身であるのに、こうやって精霊に魔力を渡した後の私を迎えに来てくれるほどだ。
だからやってほしいことなんて正直思いつかないし、強いて言うなら……そう。
「……これからもこうやって、少し疲れた時には一緒にいてくれると嬉しいです」
「ああ、承知したよ。君がそれを望むなら」
カイル様は至極真面目な表情で頷く。
その様子に、二度とあんな事件は起きないだろうなと安心していた、その時。
「あらあら、二人とも。通路の真ん中で立ち止まって何をしているのかしら? 通行人のことも考えたらどうかしら?」
「姉上……」
カイル様の視線の先には、彼のお姉様にしてロステア聖王国の第一王女、シーナ様がいた。
カイル様と同じ美しい金髪碧眼に目を惹かれる。
その髪は腰まで伸び、煌めく黄金が流れているようだった。
瞳は強い意志と自信に満ちていて、こちらを掴むように見つめている。
こうも存在感のある方なのに、二人で話し込んでいたせいで、シーナ様が近づいてきたのに全く気がつかなかった。
私はぺこりとシーナ様に会釈した。
「すみません、シーナ様。カイル様が私を気遣ってくださっていたのです。お叱りならカイル様ではなく私に」
「ふん。当然じゃない。私が可愛い弟を責めるだなんてあり得ないもの。先ほどの注意もあなたに向けたものよ、ルーミエ」
「……はい。承知しております」
シーナ様は筋金入りの平民嫌いとしてお城の中で知られている。
……けれど嫌いというより、平民は強く当たって組み敷くものという考え方が根付いているのだと思う。
この聖王国の祖は遙か昔に天より降臨した神々の一柱であり、王族は聖なる血を引く神の子孫であると伝えられている。
公爵家や伯爵家については、神に付き従っていた天使の血筋であるのだとか。
故に神と天使の血を引く者は尊く、平民とは比べるまでもない……というのが一部の王族や貴族家の考え方なのだ。
……平民出身の私がこのお城で肩身が狭い思いをしていたのはそういう事情もある。
「以降気をつけますので、何卒お許しいただきたく……」
「以降気をつけますので? そんなの当然じゃない。全く、これだから平民出は話が通じないわね。聖女とて例外ではなかったのは残念よ」
……そうやって、シーナ様がさらに話を続けようとした時。
私が疲労感から少しふらついたのをカイル様は機敏に感じ取ったのか。
カイル様は「そこまでです、姉上」と言いつつ、私を背に隠すようにして移動させ、シーナ様から守るように立ち回ってくれた。
……ふらついたことでさらに揚げ足を取られないように、という彼なりの気遣いだろうとすぐに分かった。
「ルーミエは聖女としての仕事を終え、疲労困憊の身です。気遣って何が悪いのでしょう。加えて彼女は僕の婚約者。いずれ家族として同じ時を過ごす存在であることをお忘れですか」
カイル様の言葉を受け、シーナ様は顔をしかめた。
「そんなに怒ることはないでしょう。少しからかっただけです」
「からかったにしては言葉が辛辣過ぎます。姉上こそ、以降はお気をつけください」
「……あら、言うようになったわね。先日はそこの聖女を詐欺師と言い、一時は投獄までしたくせに」
シーナ様はどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
これでカイル様が痛いところを突かれて黙り込むとでも思ったのだろうか。
でも……。
「その通りです。全ては僕の不徳で起こったこと。その件については言い訳のしようもありません。だからこそ……これ以上、誰にも彼女を傷つけさせはしない。無論、相手が姉上であっても例外ではありません」
カイル様は黙り込むことなく、シーナ様の言葉を真正面から受けきった。
同時に彼から発された覇気は強い風のようで、それがカイル様の覚悟を私に感じさせてくれた。
「くっ……」
どこか怯んだ様子のシーナ様はそれ以上何も言わず、従者を引き連れて通り過ぎていく。
けれどすれ違いざま、鋭くこちらを睨んできた。
シーナ様からすれば、従者の前で言い負かされ、恥をかかされたも同然の形だ。
きっとまた嫌がらせをしてくるだろう。
それでも……大丈夫。
私には精霊の皆が、何より頼もしくなったカイル様がついているから。
──シーナ様。あなたには、負けません。
心の中でそう言い、シーナ様が通路を曲がりきって完全に立ち去った後。
「……ふぅ」
「ルーミエ、大丈夫かい?」
山場を乗り越え、体から力が抜ける思いだった。
魔力の抜けた疲労感も相まってへたり込みそうになっていると、カイル様が支えてくれた。
「姉上め、こんな時にあんなに詰ることはないだろうに。ルーミエの顔色が悪いのも分かっていたはずだ……」
「いいんです。カイル様が庇って、支えてくださいましたから。それにシーナ様相手に強く出てくださったこと、嬉しかったです」
「あんなの当然だ。僕は……君を守ると決めたんだから」
言いつつ、カイル様は不思議と少し顔が赤くなっていた。
「……カイル様、もしかして照れていますか?」
「そ、そんなこと……! ……いいから、早く部屋に戻ろう。これ以上立ちっぱなしもまずいだろう」
それからカイル様は少し強引に私の手を引いていく。
けれど私としてはカイル様の新しい一面が見られた気がして、少し嬉しかった。




