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Hi,close World  作者: 飛鳥
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6.Iの愛

 幸せとは、衣食住が保証されていることだ。

 幸せとは、世界に貢献することだ。

 幸せとは、幸せとは。


「私にとっての幸せ、ですか」


 イースの問いに、肩に座った小さなウィルドは顎に手を当てて考え出した。

 あれからイースはウィルドに連れられて何度もジュエルドに降り立った。人々は大きくないイースの姿に慣れたようだ。今では挨拶こそ欠かさないものの、適度な距離を開けてこちらをうかがうくらいになった。子供たちは愛嬌を増し、出会い頭に抱き着いてきてくれるのだが。

 人々の暮らしを見て、会話を交わし、ふと考えた。彼らを幸せにしたい。では、幸せとはなんだろう。

 イースにとっての幸せは、必要とされることだ。魔法使いの里で、落ちこぼれの魔法使いが必要とされることなどほとんどなかった。決して蔑ろにされるわけではない。けれどどうにも満たされぬ欲があった。

 だから今、イースはとても幸せだった。必要とされて、役に立てている実感があって、欠けることなく満たされている。

 椅子に座り、行儀悪く机に肘をつく。ウィルドに手を伸ばすと、定位置の肩から手のひらへと移った。


「以前、私に見守られているから皆は幸せだとあなたは言ってくれたでしょう。それって衣食住が保証されているってことだと思うのよ。姉ではなく私がこの世界を支えている限り、大きな災害を起こさないと信頼してくれているってことね」


 言えば、ウィルドはイースを馬鹿にするような眼差しを向けてきた。彼からそんな失礼な目を向けられたのは初めてだ。

 頬を引き攣らせるイースに、彼はたっぷりと間を開けた後、声に出して馬鹿ですねと告げた。


「その理由が全くないとはいいませんが……単純にあなたが好きだから、あなたの世界にいることが幸せなのだと、どうしてわからない?」

「そ……!」


 そんな嬉しい理由などひとかけらも思いつかなかった。じわじわと熱を上げる顔やにやける口元を隠そうにも、両手はウィルドに占領されている。

 ひたすらに照れるイースをまじまじと観察して、ウィルドは意地の悪い笑みを浮かべた。


「愛されていますね、私の女神?」

「うう……」


 ウィルドは表情豊かになった。

 最初は冷たい笑みを浮かべていて、それから優しい笑みを浮かべるようになった。今では笑顔ばかりではなく、様々な顔を見せてくれる。それに伴い優しいばかりではなくなったが、彼が気を許してくれている証拠なので、意地悪をされても結局嬉しい。

 逸らした視線を引き戻すように、ウィルドはイースの手のひらをくるくると掻いた。むず痒さに揺れる手の中で、彼は瞳の色を深めて言った。


「神と呼ばれる者が引き起こす天災がなくなることは、確かに翻弄された者たちに安息を齎すでしょう。けれど、イース様がいなくなったら私たちはとても悲しい。それは不幸とも呼べることです」


 かち合う瞳は濡れたように輝き、その感情をまざまざと伝える。


「どうか、私たちから離れようとしないでください」


 俯いて目元を拭う仕草にハッとした。泣かないで欲しい。イースが勝手に幸せと定義したことが、大切な相棒とも言えるウィルドを悲しませてしまった。

 姉の手で翻弄された彼らにとって、外界に影響されなくなることこそが幸せだと思っていた。けれど人々はそれを乗り越え、イースがいることを幸せに思ってくれているらしい。


「離れないわ。離れなくていいのなら、私だって嬉しい。あなたたちに必要とされることが私の幸せだわ」


 ぽろりと涙がこぼれ落ちた。小さなウィルドの涙はイースの目には見えなかったが、大きなイースの涙はどうやったってウィルドの目から隠せない。

 顎から落ちた涙が机を濡らす。勿体ないと呟く声が聞こえて、手の上から僅かな重みが消えた。

 下がる顎を小さな手が支える。宙に浮かぶウィルドの髪が、その手の近くを擽った。ふわふわと視界の中まで飛んで来たかと思えば、これ見よがしにのどを鳴らして、なにがしかを飲み下す。


「女神の涙も塩辛いのですね」


 にっこりと笑う顔、濡れた口元に、涙を吸われたのだと知った。

 もう言葉も出ない。イースに限らず、魔法使いは総じて人付き合いが苦手である。こんな風に揶揄われたら、誰だって声を失うしかないだろう。対応できないのは絶対に自分だけじゃない!


「ばか!」

「頭はそれなりにいいのです。皆を導くことも役割ですから」


 余裕綽々のすっとぼける顔は憎たらしいのに、残る涙の筋を拭う手が愛しい。

 ……愛しい。そう、これは、愛しいという感情だ。


「あなたのことも導いて差し上げる。迷っているなら私を頼って」


 差し伸べられた手に迷う。その手は人形めいた小ささなのに、頼りがいを感じてしまう。

 目を逸らしていたことを自覚してしまった。生きる世界が違う彼を、ジュエルドの小さき人々とは違う意味で愛しいと思ってしまった。

 いけないとは思うのに、指を伸ばして手に触れる。彼はことさらに優しく笑ってイースの指に口づけた。


「いつまでも一緒にいましょう。私の女神、イース様」

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