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Hi,close World  作者: 飛鳥
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2.Iと小さな世界

 イースはあまり優秀ではない魔法使いだ。魔力は乏しいし、技術も足りない。努力や根気ばかりを褒められる。

 魔法とは一番に直観がものを言う。こうするのが最善だと魔力に導かれる。閃きや想像力が先で、後から理屈がついてくる。魔力ができると言えば、理屈がおかしくても「できる」のだ。イースは理屈から入る人間で、だからそもそも魔法と相性が悪い。言ってしまえば、才能がない。

 その才能を一手に引き受けたのが、イースの姉であるハーガルだった。次から次へと新しい魔法を創り上げ、いくつもの不可能を可能とさせた。

 天才魔法使いと名高いが、天災魔法使いとも呼ばれている。思いついたことを後先考えずそのまま実行するため、周囲が被害にあうことが多いのだ。

 筆頭がイースである。姉とは正反対の落ちこぼれと蔑まれるより、苦労性の妹として同情されているのははたして悪いことかいいことか。嬉しくはない。どちらにせよ劣等感は刺激されるので。

 嫌ってはいない。でも無邪気に好意を表しがたい。そんな複雑な思いを抱く先の姉は最近、創造魔法にハマっているらしい。


「イース、見てよこれ!」


 目の前に突き出されたのは、きらきらと虹色に輝く宝石だった。

 少しくすんでいるが、やけに心惹かれる光に手を伸ばす。手のひらの上にコロリと落とされた石は、姉の魔力に満たされて仄かに温かい。

 よく見ると小さなヒビが入っている。これは一体なんだろう。魔力の糸を伸ばして中を探ってみようにも、宝石は結界の役割をしているようで弾かれる。

 随分強い結界だ。中を守っているような、封じ込めているような。

 首を傾げるイースに、ハーガルは豊かな胸を張って顎を上げた。自慢の魔術を披露するとき、ただでさえ落ち着きのない姉は子供のような顔をする。


「小さな世界を創ったの! その中に、無数の命があるんだよ!」

「……え?」


 思いがけない言葉に、震えた手から宝石が落ちかけた。慌てて両手で包み込む。

 広い空間を創り、宝石の中に閉じ込めた。地面を創り、草木を植えた。それから世界ってどんなものがあるっけなと考え、現実世界の地図と見比べ、そういえば海があるとか、火山があるとか思い出して適当に配置した。

 この時点で、世界は一度崩壊した。要素や配置が適当過ぎて安定性に欠けていたらしい。全てを押し流し、今度はもう少し慎重にフィールドを創り直した。

 グラグラしつつもなんとかできた。しかしいまいちどう改良していったらいいかがわからない。ハーガルは内部に生命体を創った。内側の様子を見てアドバイスできるような存在を。


「名前はウィルド。管理者だよ。神の声を聞く神官ってところだね」

「……ずっと前に、適当な名前を上げてって言われて答えたやつ?」

「それそれ」


 ウィルドが世界のバランスを見てハーガルに伝える。ハーガルは伝えられた情報を聞いたり聞かなかったりしながら、適切なものや不適切なものを次々と創り配置した。

 そんな感じであったから、管理者がいながらも何度か崩壊したらしい。ウィルドを残し、他を消滅させて、もう一度組み直した。人間が生まれかけていたこともあったが、やり直した方が早かったと言う。

 イースは眉を顰めた。魔法で人間を創ることは禁じられている。しかし魔法で創り出した世界の中の人間は、恐らく禁忌にあたらない。とはいえ、それを殺すのは。

 姉の倫理観を疑う妹に気づかず、ハーガルはよく回る舌をひたすらに動かした。


宝石(ジュエル)世界(ワールド)ってことで、ジュエルドって名前をつけたんだ。中々いい名前じゃない?」


 ネーミングセンスの是非は置いておいて、思考錯誤の末、今は人間が文化を築くところまで進んだようだ。頻繁に地震は起こるし、異常気象に見舞われるし、未知の生命体が生まれたりはするが、どうにか安定したと言う。

 それは安定しているだろうか。イースがその世界の住人であれば、やる気があるのかと眉を吊り上げるところだが。


「それで、試作ジュエルドはこの辺にして、新しいジュエルドを創ろうかなって思うのね。イースはなんの宝石が好き?」

「えっ」


 目を丸くして姉を見る。双子でもないのに同じ顔をした色違いの姉が、まるで未知の生命体のように見えた。


「放棄するってこと? このジュエルドを?」

「そうだよぉ。色々実験したから、外殻(ジュエル)にも傷がついちゃってるしね」

「自我を持つ人が生きて暮らしてるんでしょ?」

「人って言っても、私が魔法で創ったものだよ」


 眩暈がした。ぶっ飛んでいる姉だと常日頃から思っていたが、まさかここまで酷いとは思わなかった。


「ねね、なんの宝石が好き? イースの好きそうな可愛くて優しい世界を創ってあげるよ」

「……これがいいわ」

「うん?」


 虹色のジュエルを胸に抱く。きつい目元を更にきつくして、薄い唇を噛む。

 姉の髪や目は空色をしている。暖色の方が似合うのにと言われていたし、本人も思っているようだ。イースは自分の重たい黒を嘆くばかりで、姉の色には特別何も思っていなかったが、今は彼女の青は似合いの冷たい色に思えた。


「このジュエルドをちょうだい。私が整えて、大切にして、幸せにするわ」


 きょとんと瞬く姉の目は、イースが何に怒っているのかまるでわからないと素直に物語っていた。

 しばしの沈黙の後、唇を尖らせて頷く。


「まあ、いいけど」


 ハーガルがこちらに指先を向ける。一条の光が宝石を包むと、数度明滅を繰り返して静まった。


「これで管理権限がイースに譲渡されたよ。うーん、もっといいジュエルドが欲しくなったら言ってね」

「……ありがとう」


 悪気はないのだ。姉は姉なりにイースを喜ばせようとしている。

 竜の巣から竜の子を拾ってきてイースに押しつけたときも、彼女は動物が好きなイースを喜ばせようとしただけだった。大騒ぎでは済まない事態になって、家族の絆、命の大切さを散々に説いたが、結局わかって貰えていなかったらしい。

 このジュエルドが平和になって、皆が幸せになったら、また説教をしてみようと思う。無駄かもしれなくても、少しでも姉が常識を身に着けてくれる可能性を諦めたくはない。


 部屋に戻ると、イースは広い机の上を空けた。

 宝石を置いて、姉に教えられた通りに魔力を流す。虹色の宝石が眩い光を放ち、体積を増してジオラマと化した。

 宝石からジオラマへの展開は管理者のみが可能で、収納は管理者以外にも可能だと教わった。何も指定しないまま展開すれば、神殿とその周辺が映るらしい。管理者、もしくはウィルドが場所を指定すれば、その周辺がジオラマとなって広がるようだ。

 精巧なジオラマ――世界の縮図をそっと覗き込むと、爪の先ほどもない小さな小さな人影が悲鳴を上げた。こちらを指さしてひとしきり叫んだかと思いきや、慌てふためいて家の中へと消えていく。

 イースは思わず眉間を押さえた。ジュエルドの住民たちの苦労が偲ばれる。姉が顔を出すたび、きっと様々な災難が降りかかったのだろう。何せ彼女は天災魔法使いなので。

 街はありていに言えばボロボロで、倒壊した家がいくつもあった。翌日には潰れていそうな建物もある。壊れ方の割に、最初はそれなりの見た目をしていたのだろうつくりがなんともちぐはぐだった。

 彼らはここに住んでいるのか。


『何か御用でしょうか、神に似た知らぬ方よ』


 姉の被害者たちとどうコンタクトを取ろうかと悩んでいると、頭の中に直接響くように声が聞こえて驚いた。

 見下ろす先、大きな建物の入り口に立ち、こちらを見上げる男性がいた。小さすぎて容姿はわからないが、恐らくあからさまに不審者を見る目を向けられている。慌ててイースは口を開いた。


「はじめまして、管理者の方。事情があり、今後は私がこの世界を支えていくこととなりました」

『事情、ですか』


 探る様子に、曖昧に笑って誤魔化す。まさか創造主はこの世界を放り投げましたとは言えない。


『……わかりました。申し遅れましたが、私は管理者のウィルドといいます。新しき神よ、世界をよろしくお願いします』


 事情を察したのか、それともどうでもいいのか。深く追及はしないでおいてくれるようだ。

 胸を撫で下ろして、今度こそ誤魔化しではない笑みを浮かべた。


「私はイースです。どうぞよろしくお願いします」


 ひとつ頷いて、彼は建物の中に引っ込んだ。よく見ると姉のシンボルマークが掲げられているから、どうやらそこが神殿らしい。

 姉が最初に創った建物は、周りの建物よりも随分立派な佇まいだった。しかし他の建物ほどではないにせよ、どうにも薄汚れてあちこちガタがきている。

 こういうものは人間の手で直すのがいいのだろうなと思うのだが、街全体を見るに、手が行き届かないのだろう。放っておいたら潰れてしまいそうなので、姉の不手際の詫びと決めて修復を行うことにした。

 余計な場所に触れて万が一にも壊さないよう、慎重にジオラマの中に手を入れる。指先で神殿に触れたところで。


「神よ、何をしておいでで?」


 突然肉声が聞こえてギョッとした。動揺に震えそうになった指先はどうにか動かさずに済んだ。

 ジオラマの小さな世界に向けていた視線を上げると、傍らに両手に収まるほどの小さな球体が浮いていることに気づいた。その中に、人差し指サイズの人が立っている。

 くすんだ薄い赤色の髪と目、精悍な顔立ちにすっきりとした立ち姿。落ち着いた低い声といい、いかにも姉の好みだ。「主要となるキャラクリエイトはモチベーションに関わるから」とかなんとか好みの一覧を作っていたのは、もしかして彼のためだったのだろうか。


「……ウィルド?」

「はい。交神の間に入れば神の傍に仕えることが可能です。私は管理者ですので、神がいるときだけはこうして世界の内側と外側を行き来できます」


 なるほど、ジュエルドの内部に創られた命とはいえ、管理をする側であるからには外側の存在でもあるということか。……それすら放棄しようとしたのだから、姉はますます罪深い。

 ウィルドはきょろきょろとイースの部屋の中を見渡した。


「整った部屋ですね。どなたかとは違って」

「姉は……多趣味なので」

「姉ですか」


 口元には穏やかな笑みを浮かべているのに、こちらを見る目は冷めている。これは姉の趣味なのか、それとも彼が世界のために作り上げた仮面なのか。

 姉の気まぐれっぷりを考えるに多分後者だろうなとあたりをつけながら頷くと、彼は吟味するようにまじまじとイースを眺めた。


「あなたの方が落ち着いて見えます。とても」

「よく言われます」


 よく言われる。とても。

 姉とは七歳の差がある。比べてみれば見た目は明らかにハーガルの方が年上なのだが、ハーガルに落ち着きが足りないのと、イースが落ち着いているのとで、よく逆転して見られてしまうのだ。

 馴染みの魔法使い以外からすらそう評されるのか。多少の虚しさを覚えつつ、改めて指先に触れた建物を意識する。


「随分傷んでいるようなので、修復をしますね」


 応えは返らなかったが、気にせず魔力を送り込んだ。

 イースは魔力の扱いが上手くない。慎重に、心臓から肩、腕、手と流し、指の先で形を創る。

 深いヒビが消え、歪んだ石積みが真っ直ぐに整列した。割れた窓が薄く引き伸ばされて透明感を取り戻す。椅子の欠けた足、机の傷。内部までじっくりと点検し、大方を直したところでようやく手を引く。

 消費した魔力は少ないが、こんな細やかな作業は久しぶりにした。小さく息を吐いて凝った魔力を散らす。


「神殿に不変の魔法がかかっているのだけど、おかしな形に歪んでいるみたい。解除してしまっていいかしら」

「……よろしくお願いします」


 姉のシンボルマークを指先で突くと、ぱちりと音を立てて魔法が弾けた。


「助かります。修復しようにも、人の手を受けつけなかったので」

「ああ、そういう……ごめんなさいね。あの人はそういうことに気づかないでしょうから」


 肩を落として、あ、と気づく。敬語が抜けてしまっていた。姉とは違う存在だとわかって貰いやすいよう、せっかく礼儀正しく取り繕っていたのに。


「女神」


 硬質な声が少し和らいでかけられた。傍らに浮かぶファンシーな球体を見ると、冷たかった目が僅かに細められている。


「あなたの誠実さは理解しました。私に敬語は不要です。そのままお話ください」

「あ、うん。ありがとう」


 即座に意図がバレてしまって座りが悪い。彼は姉とは違って人の感情に聡いらしかった。

 それにしても、表面的である可能性は高いが、認めてくれるのが早過ぎやしないだろうか。密かに首を傾げていると、問うてもいないのに答えはすぐに返された。


「かつて一度も建物の老朽化など、人の困りごとに目を向けられたことはなかったもので」

「姉がごめんなさいね……」


 罪悪感によろめいて机に手をつく。ウィルドの入った球体がふわふわと飛んできて、慰めるように寄り添った。端正な容姿もあり、人形めいていて心が和む。

 ふとジオラマを見下ろすと、身を隠していたはずの人々が、家や木の陰からこそりとこちらを覗いていた。ウィルドが手を振り、笑みを返す。


「こちらは新しい女神、イース様です。先代とは違い優しい方のようですのでご安心ください。こちらが要望を出さずとも神殿を修復してくださいました」


 ウィルドの声はジュエルドの中に届くらしい。小さな人々が神殿に近づき、綺麗になった壁をペタペタと触っている。

 一応イースも紹介にあわせて挨拶をしたのだが、修復された神殿に夢中の彼らには声が届いていないようだった。となるとジュエルドの民とは、ウィルドとしか会話をできないということか。

 やがて子供たちと思わしき小人が、神殿から離れてこちらに向けて手を振った。ぴょんぴょんと跳ねている様子が可愛らしい。思わず相好を崩して手を振り返すと、一層興奮して駆け回り出した。

 こんなにチョロくて大丈夫だろうかという気持ちと、そんなに姉が酷かったのかという気持ちが交差する。頑張らなければいけない。イースがこの可愛らしく歓迎してくれる皆を守るのだ。


「ねえウィルド。あなたがこの世界に必要なものを教えてくれると聞いたわ。私は姉より随分と力が劣るのだけど、精一杯頑張るから、色々と教えてね」

「はい、女神。私の力の及ぶ限り」


 まずは彼らの住まいをどうにかせねば。

 意気込んで、今にも崩れそうな家に恐々と触れた。

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