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Hi,close World  作者: 飛鳥
1/8

1.巨大な女神と小さなW

親指姫サイズも好きですが、巨女も好きです。

巨女をよろしくお願いします。

 その日は竜が人々を襲った。

 腐った皮膚を落とし、大地に穢れを振り撒きながら街に襲来した竜に、誰もが悲鳴を上げて我先にと逃げ惑う。

 大神官たるウィルドは神に授かりし力を振るった。

 己の力でないがゆえ、何が起こるかは制御できない。雷が迸った瞬間には安堵したが、しかし、その先で竜が倒れることはなかった。むしろ余計な刺激を与えて怒らせたようだ。

 突進してくる巨体に覚悟を決める。一時的に欠損はせども、どうせ自分は死なぬ身だ。下手に逃げて他人を巻き込むよりは、怒りを買って嬲られて、少しでも時間を稼ごう。

 杖を構えて火を放つ。水を浴びせて、風を巻き起こす。そのどれもが竜に負傷らしい負傷を与えない。けれどウィルドを鬱陶しい生き物と認識させることには成功した。


 咆哮を上げて突進してくる巨体。か弱い街人の悲鳴。

 不死者とて痛いものは痛い。せめて結界でも張れないものかと足掻くウィルドのその目前で――突如、竜の体は氷に閉じ込められて止まった。

 空から巨大な手が伸びる。美しい指先がそっと凍った異形を摘まみ上げ、空中へと持ち去った。もう片方の手が伸びて、両手が腐った竜を包み込む。

 数秒の後に開いた手から現れたのは、白銀の鱗が眩く輝く竜の姿。ばさりと翼を広げて飛び去る身は、少し前の禍々しさとはかけ離れて神聖だった。

 ふと、見上げる視界が暗く陰った。

 中空から生えていた腕の先が現れる。それは女性の姿をしていた。黒く長い髪に、同じく黒い瞳。釣り気味の目は闇夜のように冷たいのに、見下ろす空気は正反対に温かい。


「ああ、私の女神」


 吐息に混ぜて落ちた声は、遠く離れた巨大な彼女に届いたのかどうか。申し訳なさそうに眉尻を下げて、美貌の女性は柔らかに笑った。


『遅くなって、ごめんなさいね』


 人を怯えさせないよう、ゆっくりと手が伸びる。

 倒壊した家を慎重に摘まみ上げ、手のひらで包んで修復する。元通りになった家を地面に戻し、指先で道をなぞって整備する。竜が落とした腐った肉は、氷で包んで回収された。

 全く遅くなどはない。街の建物が少し荒れただけで、誰も死んでいないどころか怪我もしていない。

 女神様、と皆が歓声を上げる。ありがとうございますと叫ばれて、女神は目尻を垂らして喜びに破願した。

「ありがとうございます、我が女神、イース様」


 女神の黒い瞳がこちらを向いた。目が合うと、背筋がぞくりと震える。昔は恐怖に震えていた。けれど今はただ歓喜だけを覚える。いつまでも彼女に見つめられたいと、見つめていたいと思う。

 昔のウィルドはひたすらに神を疎んじていた。憎んでいたと言ってもいい。まさかこんな気持ちを抱ける日が来るとは想像すらしなかった。神が人を助けてくれるなど。神に感謝を抱くなど。


『ウィルド』


 静かな声で名前を呼ばれる。


『皆を守ってくれてありがとう。あなたはいつも頼りになるわ』


 脳を溶かすような甘美な言葉を胸に刻み込む。

 するりと空に消えた女神を名残惜しむウィルドと同じく、人々は雲が浮かぶ空を見上げ続けた。


「イース様、今日もお美しかったわ」

「先代様もお美しかったが、中身がな」

「顔は大体同じなのにね」

「おい、一緒にするなんて失礼だろう!」


 それでもやがて人々は営みの中に戻っていく。盾になろうとしたウィルドに感謝を告げ、言葉を交わしながら喧噪に紛れる。いつまでも意地汚く空に執着するのは自分くらいである。

 誰もいない空は、相変わらず嫌いだ。嫌いなものを想起させる色だから。


「イース様にはいつまでも見守っていていただきたいな」


 誰かの声に同意する。そうして欲しい。離別の時など考えたくない。

 そうするために、どうしたらいいだろう。

 溜息を吐いて首を振る。一時の感傷に浸っている暇があるなら、考えて動かねば。

 ウィルドは世界の管理者だ。世界を安定させるために必要な要素を探り、人々が欲しがるものを聞き、神に伝えるために生み出された。永遠を生き、世界と命運を共にする。

 仕事をしよう。神の期待に応えてみせよう。

 そうしていつか、皆が幸せになれたらいいと思う。

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