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本当のラグナロク

「私はユミル、かつて勇者と呼ばれていたものです」


 その名前を聞いた二人が思い出す。

新訳ラグナロクをはじめとする、この世界の神話の話を。


「偶然…ですか?」


「いや、違う……そうですよね。ユミルさん」


 するとユミルが手をかざし机と椅子を召喚する。


「お座りください。少し長くなります」


 そして語られ始めるのはこの世界の過去。

その当事者から話される本当の神話。


「少し昔話から始めます。かつて世界は魔物に支配されていました。これはご存じですね?」


「はい、それは聞いています。闘鬼から」


「彼には本当に辛いを思いをさせてしまいました。だからこそここで、せめて思いを託せる相手を探してほしかった…」


「はい、確かに僕が託されました。彼の思いは」


「きっと彼は最後は笑顔でいったのでしょうね……」


「はい…。でも聞きたいことが山ほどありすぎて何から聞いたらいいか」


「そうですね、魔物に支配されながらも細々と私達人類は生きていました。時に共存し、時にうち滅ぼし、時に滅ぼされる。

魔物が支配する世界の中で私達人間はこの星の小さな生存圏で生きていました。それでも幸せでした」


「しかし、ある日それは起きたのです。世界に二柱の魔物が現れました。フェンリルとヨルムンガンド、もしかしたら神話として伝わっていますか?」


「はい、とても有名な魔物です。世界を滅ぼしかけたと…」


「その二柱は生み出されたのです。悪しき神によって」


「神!? そんなのがいるんですか?」


「力の集合体、思念の集合体とでもいうのでしょうか。確かに彼らは存在していました。この星の真上に見えても触れない世界に」


 剣也達が思い出す、この塔の先。

幻想の星とばかり思っていたあの星は神が住む別の世界だという。


「しかし神は滅びたのです。悪しき一人の神の思惑によって……」


「そんな……」


「彼らの力の源は我々知能を持った存在です。その信仰とでもいう思念が彼らを生む。そして悪しき心が生むのもまた同じ」 


「ここからは、私が半神になったとき神々から聞いた話です」


 そういってユミルは、神の浅はかで残酷な話を聞いた。


「信仰が弱まってきた世界で、悪しき神が提案したそうです。世界に強大な魔物を二体送り込みましょうと。

日々力が衰えていく神々はその話に乗りました。そして力を分け与えられて現れたのがヨルムンガンドとフェンリルです」


「じゃあ、まるで自作自演じゃないですか!」


「はい、しかし彼らもまた騙されたのです。一人の悪神に。その名前はロキ、すべての神を殺した名前です。

ロキの策略により、世界は滅びかけます。そして対抗する神々は語り掛けてきたのです。信仰を、そして生贄を」


「まさか…それって……」


「ええ、それが私です。実はこの髪ってもとは黒だったんですよ? 今の髪もまぁ綺麗ですが、本当は綺麗な黒髪だったんです…」


 生贄として燃やされたユミル。

その燃えるような赤は、煉獄の炎なのだろう。


「そして目が覚めると私は半神として受け入れられました。そして勇者の力も。その時に髪が真っ赤になっていましたよ」


 綺麗な赤い髪。

その髪をくるくると指で巻きながら悲しそうに見つめるユミル。

生きたまま焼かれた彼女にかける言葉が見つからない剣也は黙って下を見る。


「はは、すみません! ちょっと暗かったですね。そして彼らは私にいったのです。戦えと」


「そして神と契りを交わしたのです。魂の契約を。今思えばあの日からこれは決まっていたのかもしれません。

よくわからないまま契約した私は勇者としてある人物を倒すまで自我を失うことになります」


「なぜ自我を…」


「きっと出会ったとき、私が戦えないのをわかっていたんでしょうね……だって倒すべき相手は」


「最後まで私のために泣いてくれた、私の最愛の人だから…」


「ユグド…さんですか」


 レイナが絞り出すように声を出す。

物語としか知らないその話、でもきっとその人は。


「はい……ユグド。私の大好きな人…」


 思い出すその顔はまるで乙女の顔。

恋する少女は、きっと今もその思い人を思っている。


「そして私は彼と戦います。そこからの記憶は曖昧ですが、最後に彼によって胸を貫かれ、そして私が彼を貫いた。その記憶だけは残っています」


「彼と言葉は交わせたのですか?」


「いえ、彼の正気は取り戻せませんでした……最後に交わした言葉は私が生贄に捧げられる直前の言葉だけ」


「それは……とても辛いことです」


 レイナは胸が締め付けられる。

自ら愛する人を貫いた二人がどんな気持ちだったか。

想像すると心が痛くてたまらない。

映画ではユグドは正気を取り戻したはずだったが、そこはフィクションだったようで、彼は今だ狂気に囚われている。


「はい……あれ?」


 ユミルが過去を思い出す。

封じてきた思いを話すことによってこじ開けてしまった。

目には涙が徐々に溜まる。


「あ、ちょっと待ってくださいね……あれれ? なんで私…あはは、ちょっと待ってく˝た˝さ˝い˝」


 するとレイナが立ち上がってユミルを抱きしめる。

思い出して涙が流れていた、居ても立っても居られないレイナが優しく包み込む。


「落ち着くまで泣いてください……」


「ははは、いや、大丈夫、大丈夫です……本当に……うっうっ、うわーーん、本当はつらかったのーーー!!」


 するとユミルが大泣きしてレイナに抱き着く。

まだ年は剣也達と変わらない。

まだ理由は知らないが、好きな人をその手で殺しそしてこの塔で僕らを一人で待つ。

それがどれほどの試練だったのか、想像もつかない。


 ひとしきり泣いた後ユミルは鼻水をすすりながら話し始める。


「すみません、お見苦しいところを……」


「ううん、大丈夫」


 レイナとユミルはいきなり心が通じ合ったかのように仲良くなった。


「ふふ、優しいですね。レイナさん。えーっと話を戻します、といってもここから私の記憶は曖昧ですが」


 そしてユミルは再度話し出す。


「私は魔王を、ユグドを倒した…そう思っていたのですが、彼は立ち上がりました。私は彼を倒せなかったのです」


「それから世界は、魔物の軍勢とユグドによって滅びの道を進むのですが彼の怒りの矛先は人から神へと変わったのです」


「それは…きっと元凶が神だと知ったからですよね」


「はい、そして神と神器をもった神兵達は戦いました。しかし勝てなかった。彼はそれほどまでに強くすべてを滅ぼした。神界すらもロキの手引きによって」


「じゃあ、世界は……」


「滅びたでしょう。そのままなら、だから生き残った神は最後に決断したのです。世界を封印する極大儀式を」


「封印?」


「敗北を悟った神々は、世界に楔を打つことにしました。神界から伸びるこの星へと深々と刺さる巨大な楔を」


「それって……」


「はい、あなたたちが塔と呼ぶここは、この星ごと封印するための巨大な楔、封印したのは魔王と魔物達、神器。神の恩恵を受けたものすべて」


「そんな……」


「そして生贄に使われたのは多くの神兵、そして神々。まさに人柱としてこの楔という名の柱を成り立たせるためにこの塔で生涯を終えることになります」


 この塔にいたるところにあった居住区。

それはすべて神の兵達の居住跡。

一人また一人とこの楔を維持するために命を使った。


「しかし20年前。維持するためのエネルギーを失いつつある楔は顕現しました。ある目的のために」


「目的?」


「はい、そして私はその事実だけ伝えられて共に封印されました。ある目的のためにこの塔で一人、仮初の命を与えられ長い年月を封印された。それが私への罰なのでしょう。

そしてその目的とは封印が解けるそのとき、その時生きている人間達に闘う力を、もしかしたらあの時得られなかった特別な存在が生まれることを祈ってこの塔は顕現しました」


「それがダンジョン……」


 この塔の目的、それは世界への楔として魔王ユグドを封印すること。

そしてもう一つ、それは。


「はい、思惑通り神器を求めて多くの人間が塔に来た。私はより強い神器を渡すことができる人を探して。そして見つけたのです。少なくともあの時代の最強レベルの三人を。

その三人、それが天道龍之介、御剣剣也、そしてレイナさん。あなた達です」


「やっぱりあの時話しかけてくれたのは君だったんだね」


「ええ、私はこの塔でしか生きられない仮初の命でずっと待っていたのです。彼を倒せる可能性のある戦士を。

そして剣也さん。あなたの職業【錬金術師】とは、神達ですら予測できない特別な職業。その可能性は未知数です。

勇者と錬金術師。この二人ならきっと……」


 そしてユミルは立ち上がった。


「こちらへ来ていただけますか?」


 二人が連れていかれたのは最も奥。

階段を下りた先の一つの扉。


「ここが楔の最も下層」


「下? ここは塔の下なのか?」


「はい、あなた方は上ではなく下へと向かっていたのです」


 徐々に上がっていると思っていた剣也達。

しかし実態は下へと進む、封印された魔物を徐々に解放し塔に配置していたユミル。

ならば奥に行くほど魔物が強くなっていくのも理解できた。

なぜなら最も下こそ最も封印が強い場所だから。


「この扉の先に彼がいます」


「彼?……もしかして!」


「はい、かつて世界を恨み、世界を滅ぼそうとし、そして神々すら滅ぼした」


 そしてユミルは扉を開ける。

そこには一人の少年が眠っていた。

胸には上から伸びた楔が刺さる。

その表情は安らかに眠っているだけのようにすら見えた。


「私の愛する人、魔王ユグドです」


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