世界最強の探索者
フェンリルの爪が天道の腹を突き破る。
「グルル…」
フェンリルは牙を見せ笑う。
成功した、やはりこいつらは防御力はそれほど高くない。
攻撃力もそれほどだったが、技と技術で翻弄されていただけでやはり脆い。
それにあの忌々しい灯り。
これほど明るい世界で戦うのは初めてだった。
暗闇の中なら一瞬で殺せたはずなのに、明るさのせいで動きも鈍くなってしまった。
しかしついに殺した。
あとはあの年老いたほうだけだ、おかしな技を使うが、力がない。
負けることはないだろう。
「ぐはっ!」
「龍之介!!」
血を吐く天道、焦る佐々木。
そしてフェンリルが次の獲物へと襲い掛かろうと手を抜こうとする。
しかしフェンリルの頭に疑問符が浮かぶ。
「グル!?」
抜けなかった。
まるで万力に絞められたような力で、貫いた腕が抜けなかった。
そして。
ガシッ!
貫いた腕をものすごい力で掴まれる。
死にかけのその存在に。
「逃がさねぇぞ…」
天道は意識を失っていなかった。
それどころかフェンリルの手を強く握る。
腹筋で固めて動けなくする。
「爺さん!!」
「わかっとる!!」
天道が叫ぶよりも早く佐々木が動き出す。
フェンリルは焦る。
まずい、これではガードすることも逃げることもできない。
切られた肩を無理やり動かし左手で、天道の首を貫こうとする。
しかしもう一本の手で受け止められる。
大剣を手放し、右手でフェンリルの左手を。
左手で貫かれたフェンリルの右手を。
暴れるフェンリル。
そのたびに血が噴き出す。
しかしピクリとも動かない。
「ああぁぁぁあぁ!!!!」
「グガァァァア!!!!」
フェンリルは噛みつきを繰り出す。
しかし天道は右手をフェンリルを掴みながら差し出した。
その獰猛な牙へと差し出す。
「やるよ! 俺の右手を!!」
そして天道の手がかみ砕かれる。
骨まで砕けてちぎれかける、しかしそれでも離さない。
絶対にここで離さない。
「その代わり!」
天道の力は説明がつかない。
いうなれば火事場の糞力。
死に瀕した人間の底力、守ろうとしたのはこの国。
生まれ育って30年近く。
見捨てるにはこの国には、大事な人ができすぎた。
だから絶対に離さない。
ここでこいつを殺さなければどれだけの犠牲がでるか。
だから絶対に離さない。
全身がきしみ血が噴き出す、すでに命の灯が消えかける。
それでも絶対に離さない。
なぜなら自分には、つけられた称号があるから。
世界最強の探索者と。
自分でも笑ってしまうほどの称号があるから。
ならば答えなければならない、出なければこの名が廃る。
だから絶対に離さない!
「お前の命と交換だぁぁぁ!! やれぇぇ!! 爺さん!」
「よくやった! 龍之介ぇぇ!! 覇邪一閃!!」
無防備なフェンリルの首へ最高の一撃。
天道に封じられガードすること叶わず。
そしてフェンリルの首が飛んだ。
ここに神話の魔物の一柱が倒れた。
一人の探索者の命と引き換えに。
…
「俺の右手より先に団長を!」
ここは、東京の病院。
あの後すぐに運び込まれた。
多くの探索者が運び込まれる。
そこに満身創痍の天道も運び込まれた。
右手を失ったが緊急ではないため、手術待ちの竿人もその報告を聞き医者に嘆願する。
「こ、この傷では……私の腕では…」
その医者は、すでに諦めかけていた。
止血されているとはいえ、腹を貫かれた人間を助けるのは無理だと。
それに下手に執刀すれば責任を押し付けられるかもしれない。
「私のヒールでは、血を止めるのが精一杯でした! お願いします! 先生!」
「龍之介! あきらめるな!! 目を閉じるなよ!」
田中や恋、佐々木と多くの関係者が病院へと駆け寄った。
タンカに乗せられた龍之介は虚ろな目と青い表情で虚空を見つめる。
(俺は死ぬのか……まぁ悔いはねぇな)
恋人を作らなかった龍之介。
天蓋孤独の身を貫く独身貴族。
寂しくもあったが、自分の職業では誰か特定の人物を作るわけにはと思っていた。
なぜなら今日この日が答えだから。
(姉貴は悲しむかな……意外とケロっとしそうだが…)
誰かを残していなくなる。
その辛さを身をもって実感している龍之介。
だから一人で生きていこうと決めていた。
それでも唯一残された肉親は天道みどりは悲しむだろう。
優しい人だから。
この場にはいないが、きっと戦ってるんだろう。
正義感の強い天道の姉は、きっと今も誰かを救っている。
(唯一の心残りは……この国を護れたか…)
フェンリルですべてが終わりのわけがない。
そもそもあの巨大な蛇もいる、そしてきっとこの後には。
(希望は、あいつらだけ…か。無責任だがあとは頼むわ)
思い浮かべるのはいつも坊主と嬢ちゃんと呼ぶあの二人。
今更名前で呼ぶのも恥ずかしくそのままだが、あの少年の燃えるような瞳は信じさせてくれる。
だから、あとは託すことにした。
きっとあいつらなら…。
(世界を救ってくれ、剣也。レイナ……俺は少し休…む)
そして龍之介は目を閉じた。
「団長! 団長!!」
「龍之介!!」
天道を呼ぶ声があたりにこだまする。
天道龍之介は目を閉じた。
最後の顔は笑顔で健やかだった。
…
「許さんぞ!」
そこに息を切らせて現れる白衣の戦士。
他の病院から連絡を受けて全力で向かってきた一人の戦士。
「私からこれ以上友人を奪うことは許さんぞ!」
息を切らせた現れたのは。
「伊集院先生!」
「緊急手術の準備を! 私が執刀する!」
「え?」
「ぼさっとするな! 一秒も無駄にできん!」
傍にいた看護師に命令する。
あまりの迫力にすぐに走り出し準備を始める看護師。
「あ、あんたここの医者じゃないでしょ!」
すると先ほど諦めた医者が声を上げる。
「諦めたものが口を出すな! ここからは私の戦いだ!」
「あんたなら救えるってのか!」
「それはわからない。しかし私は患者を殺すことを恐れない」
「あ、あんた誰なんだ! いや、待て見たことがあるぞ。あんた…も、もしかしてあの伊集院か!?」
「あぁ、そうだ。誰よりも患者を殺してきた……最低の外科医だ」
誰よりも患者を殺し、誰よりも患者を救ってきた伊集院。
世界最高の外科医と称される死の外科医、しかしその話はまたいつか。
わかっているのは、彼には患者を殺す勇気があり、それでも救う力、救いたいという思いがあるということ。
世界最高の外科医の名は伊達ではないということだけ。
「お願いします、伊集院先生」
オペへと向かう伊集院に田中が頭を下げる。
「彼とは10年来の友ですからね。奪わせませんよ」
(神なんかに……私の友人を奪わせてたまるか)
そして伊集院の戦いが始まった。
彼は戦うその小さな武器で。
これが私の装備品。
これ一本で運命を切り裂き、自然の摂理すら歪めてみせよう。
エントロピー増大の法則に、不可逆の法則に、真正面から喧嘩を売って否定してやる。
それこそが、人が生み出した神への挑戦。
医術なのだから。
(今日こそは勝たせてもらうぞ)
「メス!」




