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おっさん達の意地

「さぁ、みんな! 田中君の言う通りだ! 立ち上がろう!」


 八雲大臣がさらに鼓舞する。

からげんき、それでもまだ全員目が死んではいなかった。

それをみて八雲大臣が提案をする。


「どうだろうか、ここは一つ。円陣なんて」


 体格のいい八雲大臣が円陣を提案した。

きっと学生時代はスポーツで鳴らしたんだろう。

円陣という原始的で精神論に頼ろうと。


「円陣ってもう私ら40からのおっさんですよ?」


 職員たちは困惑する。

ほんとにやるのか? という疑問を浮かべそれでも中心に集まってくる。

八雲大臣がさぁさぁと手をこまねくのでしぶしぶと。


「こういう時だからこそ、一丸となるべきだ、おっさんが円陣したっていいじゃないか! 田中君、頼めるかい?」


「これでも元高校球児ですから任せてください! さぁみんなで肩を組みましょう。少し酸っぱい匂いがするが断じて加齢臭じゃないですよね?」


 みんなの顔に少し崩れた笑顔が戻る。

田中の自虐ネタに少しの笑い声が漏れ出した。


「うーん、やはりそうだ。これは戦う男の匂い。これを臭いとは言わせないですよ。私は」


 確かに酸っぱい匂いがするがお風呂に入らずに頑張り続けた戦士の匂い。

恥ずかしがりながらも円陣を組む職員たち。

掛け声は田中に任せられた。


「皆さんが思っている通り、なかなかに厳しい状況です」


 円陣を組む。

田中の声に全員が耳を傾ける。

その表情には不安が混じる。


「しかし希望もある。私が知る限り期待には絶対に応える少年が今たった二人で塔の頂上を目指しています」


 剣也とレイナ。

その二人のことは知っている。

詳しくは知らないが破竹の勢いで攻略してきた二人だと。

それに少女のほうは、勇者だということも。


「彼らの年は16、私は38。ここにいる皆さんのお子さんはいくつですか?」


「私は昨年娘が生まれました!」

「私には中学生の男の子が!」

「ふむ、私の子供もちょうど高校2年生だな」

「俺はいませんが、坊主と嬢ちゃんのことは気に入ってます。それにでっかい借りがある」


 次々と自分達の子供の年を、護るべき家族を思い浮かべる。

天道龍之介も円陣に加わり剣也とレイナを思い浮かべる。


「私には子供がいません、しかしあの二人にはどうしても世話を焼きたくなる。きっと子供がいたらと思わずにはいられない。

そんな子供たちが誰よりも危険な任務に向かっているのです。愚直に、まっすぐ強欲で、そして優しい少年と少女があの魔塔へと。命を懸けて」


 全員が頷く。

田中を眺め、真剣な目で。

その目には、静かに燃えていた。


「ならばこそ、大人の私達が折れてどうします」


「あぁ、その通りだ」

「まだまだ子供には負けたくないな」

「おっさんの意地みせてやりましょう!」

「この国を救うんだ、家族を救うんだ」


 そして田中も頷く。

みんなが思い浮かべるのは家族の顔。

娘、息子、嫁、母、父、祖母、祖父。

ここにいるすべての人間に誰かしら守りたいものがいる。


 ここで諦めることが意味することは、それらを諦めることと同義。

ならば。


「絶対に守ろう、諸君! 護るべきもののために」


 八雲大臣も声を上げる。

田中も頷き、最後の掛け声へ。


「まさかこんな漫画のようなことをいう日が来るとは思いませんでした。じゃあ皆さん! 気合を入れて! 腹の底から声を出しましょう!」


「世界を救うなんて大層なことじゃなくてもいい、友人、好きな人、愛する人。家族。皆さんのそれぞれの最も大事な人達を守るために!」


 そして大きな声で、まるで甲子園の円陣のように。


「大人の意地を見せてやろぉぉ!! この国を救うぞぉぉぉぉ!!!」


「おぉぉぉぉ!!!!!」


 おっさん達の青臭く、汗臭い円陣。


 胸の奥から熱い何かがこみ上げる。


 精神論? 大いに結構。 

魂こそが最も大きな力になるのだから。

魂こそがこの世で最も強い武器になりうるのだから。


 今なら何日だって徹夜できそうだ。

鼻息を荒くするおっさん達の意地。


 そして神話の魔物対策会議が開始された。



「田中さん! 大阪からあの魔獣についての情報が!!」


「よし、こちらへもってきてくれ!」


「田中さん! あの動画を見て分かったことが! あの遠吠え、一度で一つしか光源を消せません!」


「よく見つけた!」


「蛇のほうですが、自衛隊の援護で何とか埼玉県に足止めできるかもしれません!」


「なんとしてもあいつをあそこからうごかすな!」


 せわしなく動き回る職員たち。

そして田中の作戦が発表される。


「まずヨルムンガンド、あれを倒すことは放棄する」


「それは…」


「あの魔物は目につくものを攻撃しているようだ、ならば武装ヘリなどの航空戦力で時間を稼げる」


 あの蛇の周りを飛び回り、気を引いて時間を稼ぐ。

なぜならもう一体の魔物の方がはるかに危険度が高いから。


「そしてあの人狼の魔物。名をフェンリルと呼称することにする。今わかっていることは二つ」


 そして田中が大阪から送られてきた情報を整理したことを説明する。


「まずあの魔物は装備品を持つ探索者を見つけると優先的に攻撃を仕掛けているそうだ。

一般人も目に付けば攻撃を仕掛けるが仮に装備品を持つものとそうでないものなら前者を襲う」


 それは報告にあったとおり。

全員が理解している。


「そしてこれが最も危険な能力だが、やつが吠えると光が消える。光源から奪っているのか太陽の光ですらその周辺では見えなくなる」


 人間の目では暗闇の中あの魔獣の動きをとらえることができない。

光の中ですら、あの神速の動きをとらえることは難しいだろう。

しかもその光を吠えるだけで奪うことができるのだから、考えれば考えるほど勝ち目がない。


 ただの暴力だけですらギルド日輪を全て壊滅させていた可能性もある。

加えて暗闇を作る力、想像するだけで身震いする。


 しかし田中の目には微塵の恐れも映さない。

そして確かな声でこういった。


「だから私が考えた作戦を話そう、至急準備が必要だ」



 翌日 昼。


「じゃあ、頼んだよ。お願いすることしかできなくて心苦しいが」


「まさか俺が世界を救うことになるなんてな。田中さんちゃんと後で英雄として報道してくださいよ?」


 日向竿人、世界最高の盗賊。


「遊びじゃないのよ、サオ。今も何人もあの魔物の犠牲になってるんだから」


 戦う僧侶、樋口 恋。


 まず作戦の第一段階はこの二人。


「へいへい、じゃあ田中さん行ってきます」


 相変わらずの軽口の竿人が件の魔物へと向かった。

まるでヘンデルとグレーテル。

大量の探索者の死体があの魔物の居場所を教えていた。


「では、田中さんいってきます」


「あぁ、頼む」


 そして作戦が開始された。

宵の明星による神話の化物、フェンリル討伐作戦が。



「グルルルッ!」


 その魔物は飢えていた。


 その魔物は憎んでいた。


 かつて自分を滅ぼした存在。

そしてその存在がつけていた神の力を。


 悠久の時を経て復活した神話の化物フェンリルは怒っていた。


 だから殺す。


 だから奪う。


 元居た場所では多くの人間が神の武器をもっていた。

たくさん殺して少し気分が晴れた。


 そして次は東へ。


 さらに多くの人間がいそうだ。

神の武器を持った人間が。


 食いたい、食い殺したい、かみちぎりたい。


 忌々しいあの太陽も食い殺したい。


 すると獲物が向こうからやってきた。


 どうも一人のようだ。

人狼の前に現れたのは一人の男。


 この男も今まで戦った人間に比べれば少しは強そうだが、所詮は人間。

食い殺せばすぐに死ぬ。


「ウォォォォン!!」


 そして太陽の光は失われた。

闇があたりを包み込む。


 こうすれば匂うはずだ。

恐怖に震える人間の匂いが。


 しかしその男からは匂わなかった。

一切の恐怖の匂いが。

微塵も恐れていないようだ。


 フェンリルは首をかしげる。

しかしすぐに些細なことと考えるのをやめた。


 どうも恐怖を感じていないようだが、ならば思い出させてやる。


 命を奪われる恐怖を。


「ほんとに暗くなったな。まじで強そう、勝てそうならやっちまおうと思ったがこりゃ無理だわ、ほとんど見えないし」


 そして竿人はまっすぐフェンリルを見据えて言い放つ。


「とりま始めますか! 名付けて!」


「グァァ!?」


「恋の逃避行作戦!」


 暗闇の中突如竿人の姿がフェンリルの前から消失した。

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