太陽が昇る
「やぁ剣也君。すまなかったな。いきなり呼び出して」
田中さんが迎えに来てくれたので車に乗り込む剣也。
「いえ、50階層も思ったより簡単に攻略できたので」
50階層を攻略した剣也達。
明らかに一段上の強さではあったのだが、それでも勇者と錬金術師の二人は苦戦をせずに突き進んだ。
途中45階層、因縁深いあのゴブリンキングとの闘い。
剣也はタイマンを申し出た。
レイナは了解し、その戦いを見る。
かつての強敵、命にすら触れられた存在。
本来ならトラウマとなってもおかしくない状況。
それでもその化物と相対したとき、彼は笑った。
剣を構えて前を向く。
まるであの時の借りを返せることに喜びすら感じているように。
あの時はレイナと二人で戦った。
二対一で何とか倒した、レイナの攻撃で隙を見せたゴブリンキングの首を切った。
なら一人で勝てるのか。
しかしそれは杞憂に終わる。
かつての弱かった錬金術師はもういない。
ゴブリンの王をたった一人で切り伏せたその少年は正真正銘の強者と呼ぶにふさわしい。
「ゴブリンキングですら、君には相手にならなくなったか。成長速度が異常すぎるな」
「そうですかね、僕としては必死なだけですが」
「大ボスはどうだった?」
「そうですね…」
49階層の大ボス。
この階層は通常階層に精霊がでる。
いつかもらった精霊の冠もドロップしたし、精霊と呼ばれるよくわからない光の塊が多く漂っている。
精霊といえば優しいイメージがあり、小さな身体に羽が生えた妖精のようなものをイメージしていたが、違った。
実体は、よくわからない光の塊、しかも近づくと魔法としか言えない攻撃をしてくる。
火の玉や、電撃、氷の槍なんかも打ってきた。
装備品がある世界で、魔法のような不思議現象があってもおかしくはないのだろうが。
そして49階層の大ボス。
まるでそれは精霊の王。
ぼんやりとした存在ではなく、明らかに人型の火の塊だった。
しかし深淵龍の装備の魔法半減と防御力を突破することはできずに、中心のコアのようなものを剣也に両断されて霧散した。
「その防具が、それほどの性能をもっているなんてね」
「ところで田中さん、今日錬金するものって何なんですか?」
「……剣也君、治癒の腕輪が錬金できたというのは本当かい?」
「はい…39階層のクラーケン、それからドロップした回復の指輪を進化させたらできました。一応言われた通り持ってきましたよ」
あれから回復の指輪を進化させた剣也。
するとなんと治癒の腕輪になった、しかし能力を見て剣也は落胆する。
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装備説明
・治癒の腕輪Lv1(Lvによる上昇なし)
Aランク レア度★★★
能力
・重傷を回復する。(外傷のみ)
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つまりこの装備は外傷に対してのみ効果が発揮されるのでガンなどの治療には使えない。
実は治癒の腕輪自体はあれからいくつか出土しており、何度か試されているのだが傷と呼ばれるものにしか効果がない。
たとえば脳梗塞は、脳の血管が破れることが原因なので修復可能だ、しかしガンはそうはいかない。
そういった身体のエラーに関しては機能しなかったのだ。
そうこう話しているうちに田中さんの会社へと到着する。
そして案内されたのは、田中さんの部屋、そこにいるのはもう一人。
「天道さん? こんばんわ!」
「おぉ、来たか。坊主」
「一体どうしたんですか? 田中さん。今日の用事って?」
すると田中さんが席に座るように促す。
言われるがまま席に座り、田中さんの口が開くのを待つ。
「剣也君、君の力を貸してほしい。治癒の腕輪を進化させてほしいんだ」
「治癒の腕輪をですか!?」
「あぁ、そしてそのできた装備で私の妻で、龍之介の姉の田中みどりに装備させてくれないか」
「坊主、俺からも頼む…」
天道さんと田中さんが立ち上がって頭を下げる。
「そ、そんな頭を上げてください! 僕にできることなら何でもします! お二人にはどれだけお世話になったか」
「それでも私の都合だから……失礼でなければ代金も払おう」
「いいです、いいです! 錬金するぐらい!」
田中さんが胸ポケットから小切手を出す。
その態度に剣也はあたふたと手を振り断る、いつものように笑って頼んでくれた方が気が楽なぐらいだ。
「ありがとう、そういってもらえると嬉しいよ。いささか緊張していてね。もしかしたら今日妻に会えるのかもしれないと思うと」
(そうか…もしうまくいけばみどりさんが目を覚ます可能性があるのか)
「でも失敗しても坊主が気にすることはねぇからな。すまねぇな。プレッシャーかけるような真似して」
「いえ、でもAランク装備が9個ないと錬金できませんよ? そんな量用意が…」
国家戦力級のAランク装備。
それを9個集めるということは生半可なお金では済まない。
「あー、私だ。もってきてくれるか?」
すると田中さんが、電話で連絡を入れる。
ドアが開き社員の方だろうか、いくつかの箱を持ってきた。
その数9つ。
「心配いらない。Aランク装備9つだ。100億近くするが、仕方ない」
「100億!?」
一つ一つで軍事ヘリよりも優秀なこの装備達の値段はやはり破格の高さ。
一般人では手が出ないし手に入れることもできない。
ダンジョンでも50階層以降しか出土することのないAランク装備。
「これをすべて使ってもらって構わない。やってくれるか?」
天道さんと田中さんが真っすぐと剣也を見る。
剣也はゆっくりと頷いた。
それをみて田中さんは笑顔で微笑む。
そして錬金を開始した。
「これが錬金か…初めて見たな。坊主それは?」
「これが錬金の種です。Aランクだとオレンジ色なんですね。この種と治癒の腕輪を、錬金!」
レベルアップ♪ 治癒の腕輪Lv2
レベルアップ♪ 治癒の腕輪Lv3
レベルアップ♪ 治癒の腕輪Lv4
祈るように、天道は手を前にして願う。
静かに、まっすぐと剣也を見つめる。
レベルアップ♪ 治癒の腕輪Lv5
レベルアップ♪ 治癒の腕輪Lv6
レベルアップ♪ 治癒の腕輪Lv7
それは田中も同じこと。
鼓動の音が聞こえてくる、愛する人を目覚めさせることができるのか。
それがこの錬金にかかっている。
自分の力で今まで切り開いてきた道を誰かに託すのはとても怖い。
でもなぜだか確信している自分にも驚く。
きっと彼なら、彼の力なら。
レベルアップ♪ 治癒の腕輪Lv8
レベルアップ♪ 治癒の腕輪Lv9
錬金を行う剣也の両手にかかっている。
かざす両手に輝く腕輪、そして最後の一つを錬金する。
確かに声に出して、意思をもって錬金する。
「錬金!」
進化♪ 完治の指輪LvMAX
眩い光が部屋を包む。
剣也にとっては初めて見るSランク。
初めて錬金されたSランクという存在の武器。
「これが…」
そして剣也がその指輪を見る。
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装備説明
・完治の指輪LvMAX
Sランク レア度★★★
能力
・状態異常、外傷を完治させる。
(速度は本人の治癒力に依存する)
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(すごい、これならもしかしたら母さんも、みどりさんも…)
その指輪の効果を見た剣也の表情が明るくなる。
「じゃ、行こうか…」
3人はその装備をもって即座に病院へと向かった。
田中さんと天道さんは何も話さない、いや何も話せないのかもしれない。
期待してはいけないと思っているのだろう。
もしうまくいかなかったときに剣也への負担になると思っているのかも知れない。
だから無言で3人は病院に向かう。
静寂が空間を包み、より緊張感を増す。
「みどり…」
「初めまして、みどりさん」
「じゃあ坊主、預かっていいか」
一同は病室に入る、後ろには伊集院先生も待機してくれている。
そして剣也は初めて見るその女性に挨拶をした。
この人がみどりさん、10年もの間眠っていた田中さんのお嫁さん。
「綺麗だろ? 眠っているだけなんだ…本当に眠っているだけで……寝坊すけなだけなんだ…」
田中さんが眼鏡をはずす。
その目には涙が潤む。
いつ目覚めるかわからない最愛の人、その人のために10年戦った戦士。
そしてもう一人。
「……じゃあ坊主、すまねぇが貸してくれるか」
田中さんの隣に座る天道さんも大きかった背中も小さく見える。
それほどに小さく、頼りなく、一人の姉を心配する弟の背中。
それでも彼も10年間戦い続け世界最強に至った戦士。
「はい…」
そして剣也は指輪を天道さんに渡す。
天道はその指輪を見て、田中さんに渡す。
「指輪……一世さんがつけてあげてください」
「そうだね」
田中さんがみどりさんの手を取る。
青白く細い指、筋肉は削げ落ちやせこけている。
それでもきっと美人なのがわかるほどには綺麗だと思った。
「ふぅ……よし」
深呼吸を入れ、治癒の腕輪を外す。
ピーピーピー!!
治癒の腕輪を外したことで心臓メーターが止まり警戒音がなる。
そしてすかさず完治の指輪を左手の薬指に装着する。
警戒音が鳴りやみ、優しい光が指先から広がる。
青白かった身体に色味が戻っていく。
(頼む…みどり)
(姉貴…起きてくれ)
祈る二人、眠る女性。
それを後ろから見つめる剣也と伊集院。
月が昇って日は落ちている。
しかし病室の中はとても明るい。
直後、みどりが跳ねる。
まるで突如血が廻ったかのように、今まで滞っていた血管が血を通す。
顔色は、より明るくさっきまでとは明らかに違う。
「ゴホッ!」
「みどり!」
「姉貴!」
せき込む女性に天道と田中が飛び上がる。
ゆっくりとその目が開いていき、こちらを見る。
「あ˝あ˝」
かすれた声がみどりから出る。
しかし徐々に完治の指輪の効果で喉も潤う。
焦点があっていなかった目がまっすぐと二人を見つめる。
「あ˝あ˝、あ˝れ? 一世? 龍ちゃん? めっちゃ老けた?」
その声を聞いた田中から大粒の涙がこぼれる。
天道も同様に、目頭を押さえる。二人がみどりを抱きしめる。
「へぇ!? どうしたの二人とも」
「あぁ……あぁ、老けたよ。ほんとに。本当に年をとった」
「なんで泣いてんの? なんか記憶が曖昧なんだけど」
「おはよう、姉貴。寝過ぎだよ……まじで」
抱きしめる二人に、驚く一人。
語りつくせないほどの言葉があるが今は何も出てこない。
一つだけ言えることは、どれだけの年数がたったとしても本当に気持ちは変わらない。
変わらぬ愛を誓った二人、切ることはできない姉弟の血のつながり。
たったの10年だ。
「おかえり、みどり」
「おかえり、姉貴」
本物の愛、は風化しない。




