強欲ですが、金銭感覚がマヒします
お昼に上げようと思ったらもう2時…
「0が一つ、二つ、…? 数え間違いか? ひとつ、ふたつ」
僕は何度も数字を数える。
そんなわけはない、だってこんなのおかしいよ。
冷や汗が止まらないし、顔が真っ青になっていく。
きっとそうだ、僕は騙されたんだ、田中さんいい人だと思っていたのに。
ざんねんですよ、やっぱりうまい話には、裏があったんですね!
「剣也君、何回数えても変わらないよ……5000万だ」
「う、うそだ! ご、ご、五千万!?」
「細かい計算は、ここに書いてある通りだ」
計算方法は、こうなっている。
王の小手の末端価格は、一つ250万円だ。
それを、本来半分で買い取るところを特別待遇で150万円で買い取ってくれるそうだ。
そこから、騎士の小手を仕入れと同じ値段、つまり5万円で僕に卸してくれるそうなので、10個で50万。
つまりは、150万から50万を引いた額の100万が、僕が王の小手を一つ納品したときの利益となるそうだ。
それを月に50個納品する。つまり、100万円×50個で5000万円。
これが僕の月の収入。
ありえないよね? 僕もあり得ないと思う。
多分これは詐欺だよ、だって牛丼換算できないもん、何杯? 何日分? つゆだくだく?
「実際は、税金やらで半分近く持っていかれるがね、とはいえ十分な収入じゃないか?」
「十分もなにも、信じられません。こんな金額…我が家の家賃100年分です」
「例えがいまいちピンとこないが、とりあえずこれで病気のお母さんも、剣也君の妹さんの大学も問題なくなったんじゃないか?」
「はい、もしこれが本当なら感謝してもしきれないほどです…」
いまだ信じられない僕を見かねて、田中さんが用意していた箱からなにか装備を取り出した。
「そして、これも上げちゃおう、先行投資というやつだ」
「こ、これは! …なんですか?」
僕の大げさなリアクションの後の発言にずっこけそうになる田中さん。
その箱から出されたのは、金色の王冠に見える。
「これは、精霊の冠。 30階層以降でドロップする頭の装備だ」
「これをくれるんですか? とても高そうだ…」
「いや、それほどでもない。レアはレアなんだけどね、知力が上がるだけなので探索者ぐらいしか求めない。500万程度だよ、つけてみてくれ」
(500万を大したことないって、金銭感覚がマヒしてくる)
そして田中さんは、その王冠を僕に手渡す。
そして装備してから、外して目を凝らす。
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装備説明
・精霊の冠Lv1 Bランク レア度★★
知力を+500する。(Lvに応じて+20)
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「知力500!? それにBランク装備ですか!?」
「あぁ、錬金回数が50増えるから納品がそこまで君の成長の阻害にならないだろう?」
田中さんは、そこまで考えてこの装備を用意してくれたようだ。
詐欺師なんて呼んですみません、あなたは本当にもやしっ子です、モヤシ同盟は永遠に不滅です、破棄するなんて言ってすみません。
涙が出そうだ、ビジネスなのだろうがそれでもこの王冠から田中さんの温かさを感じる。
別にそこまで気を使ってもらう必要もないはずなのに…。
「はい! これなら納品しながらもっと強くなれそうです! 本当にありがとうございます!」
「はは! 気にしないでくれ、ビジネスだ。それに特A級といっただろう、大抵のわがままは聞くさ」
それから細かい納品の日や、振り込み口座などが決まった。
「それで、騎士シリーズだけど500個だ、持って帰れる量じゃない、これからどうする? 郵送しようか?」
500個…ただでさえ狭いあの家にそんな量がきたら床が抜けるし、寝る場所もなくなってしまう。
「ちょっと、今家が10畳しかなくて…」
「はは、そうだったね。これを期に引っ越したらどうだい? そうだギルド本部として新しい住処を探すといい。知り合いの不動産屋を紹介しよう」
さすがに手狭になってしまったので、いい機会だと剣也もその考えに賛成した。
そしてその場で決めることは、特になくなったので契約を完了させ退散することになった。
来月からお金は振り込まれ、納品が開始される。
「あ、そうだ、剣也君!」
「はい?」
帰ろうと立ち上がり、部屋を出ようとした時だった。
田中に止められ、剣也は振り返る。
「僕はね、契約している探索者には全員聞いていることがあるんだ」
「なんですか?」
そして田中さんは、ひと呼吸間をおいて、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気から一変する。
真剣な目でまっすぐと僕に問う。
「君は何のために、あの塔を目指す」
シンプルな問い。
なぜ、あの危険な塔を目指すのか、安全な仕事などほかにいくらでもあるのに。
なぜ、あの天高く聳える死の塔を目指すのかと。
剣也は考えた。
妹のため、母のため、自分のため。
いろいろな感情と目的が入り混じる。
憧れの少女に近づきたいから?
お金を稼いで家族に楽をさせてあげたいから?
ワクワクするあの世界が好きだから?
一つの答えなんてないのかもしれない。
だって…。
だって僕は強欲だから。
だから僕はこう答えた、素直な感情をそのまま言葉に変えて真っすぐ答える。
「すべてを手に入れるため…ですかね」
それを聞いて真剣な顔だった田中は豆鉄砲を食らったように驚く。
自分の予想を超えたセリフだったから。
家族のためとか、ワクワクするからとか、お金のためとか、そんなありきたりの答えをいいそうな模範的な学生の剣也。
「はは! なんて? すべてを手に入れる? ははは!」
そして笑いだす田中。
むすっと剣也は頬を膨らます。
「いや、失敬失敬、しかし、いいね。はじめてだよ、そんな答えは。なんて夢があって、なんて…」
その彼から出た言葉は、あまりにも真っすぐで、それでいて笑ってしまうほどに。
「強欲なんだ」
欲望のままの言葉なのだから。
次は夕方ごろあげます!
いよいよ、次の話から佐藤とのプライドファイト開幕!




