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最終話

最終話ですので、少し長めです。


 そして伯爵邸に着いた父親は伯爵令息の顔を見て、さらに驚くことになる。


「ふえぇ、伯爵様だあ」


直接言葉を交わしたことはないらしいが、その整った容姿は一目見ただけでも忘れられないほどだったという。


敬愛する父に似ているといわれてまんざらでもない兄は妹の提案を快く引き受けた。


来客用の部屋に伯爵家の兄妹、そして子爵家で働く親子が座るとお茶と菓子だけでなく高級な酒も運ばれてきた。


「伯爵様には本当にお世話になりまして」


飲みなれない高価な酒に父親の舌が滑らかになる。


青年のほうは成人しているが酒はあまり好まないらしい。


もっぱら伯爵令息が酒の相手をしていた。


「ほお、子爵家に縁のある方を奥様に迎えられた上に、私の父に援助してもらっていたと」


伯爵令息は駆け落ちの話などを、青い瞳を輝かせて興味深そうに聞いている。


「ええ、ええ。 ですが、妻が子供を産んでから身体を壊しまして」


父親の話では、病気で働けなくなった母親を子爵家で面倒を見てもらえるよう伯爵が手を貸したというのである。


 本当はその母親は子爵家の末娘であったが、その辺りは息子にも話せず、子爵家でも勘当した者として平民扱いされていた。


それでも子爵令嬢の血を受け継いでいる青年に対し、子爵家では使用人以上に優遇している。




 笑顔の裏で、何だか胡散臭い話だと思いながら伯爵令息は聞いていた。


頬を染めて妹を見る親子のことも気に入らない。


この親子をどうしようか。


幸い、今日は礼儀に厳しい祖父母は不在だ。


だからこそ、こうして身元の怪しい二人を我が家に招待して歓待している。


祖父母が聞いたら、いくら甘やかしている孫娘のお願いでも門前払いで間違いない。


「良ければ一晩泊まっていけばいい」


令息は、酒に潰れてソファで寝てしまった父親に困っている青年に声を掛けた。


「はあ、申し訳ございません」


父親を客間で寝かせ、三人で軽い食事をした後、もっと話を聞きたがる妹を自室に下げさせる。


「君とは年齢も近い。 もう少し子爵家のことを訊きたいのだがよいかな?」


伯爵令息は父親譲りの貴族らしい笑顔で青年に話を持ち掛けた。


「え、ええ。 それはその、もったいないお話で」


伯爵令息は青年を改めて自分の部屋へ連れて行き、向かい合って座る。




「本当の話が聞きたいんだが」


令息から見ると、この青年と妹はとても良く似ている。


まるで兄妹のように。


まあ、母親がそっくりだというのだからそれは仕方がないのかも知れない。


しかし令息は、青年が妹を見る目が許せなかった。


「えーっと」


歯切れ悪く青年が顔を逸らす。


令息は一つため息を吐いた。




「そちらが伏せたいというのなら事情は明かさないままでも構わない」


伯爵令息の声は、先ほどまでの和やかな雰囲気とは正反対に冷たく響く。


青年は俯き、ぐっと膝の上の手を握り込んだ。


「だが、何故今頃になって現れたのだ。 父が亡くなれば自分たちの罪が無くなるとでも思ったのか?」


その言葉に青年がガバッと顔を上げ、令息の顔を睨みつけた。


「そ、そんなこと!」


どんなに親しい者たちが真実に蓋をしても、口さがない者はどこにでもいる。


彼は知っているのだ、真実を。


それでも。


「本当に伯爵様の墓に花を!」


「伯爵家の醜聞を餌に金でもたかりにきたのか」


「ちがっ」


青年は立ち上がろうとして、部屋の中に他に人がいることに気が付いた。


それは影と呼ばれる伯爵家の護衛である。




 かなう相手ではない。


青年は唇を噛み、俯いて肩を震わせる。


「父は、本当に伯爵様には感謝、していて」


「そうだろうね。 本当なら子爵令嬢と恋仲になっただけでも解雇。


もしくはとっくに亡き者にされていただろう」


 令息は内緒で祖父から父親の婚約時代の話を聞いていた。


そして、その中には封印されていた腹立たしい話もあったのだ。


次期伯爵だった父は誰にも知られないようにしていたが、影の配下たちの雇い主は結局のところ『伯爵家』なのである。


そうして次期伯爵には内密で子爵家と和解し、一番の被害者である彼のやりたいようにさせた。


「父はあなたたちを許した。


だが、『伯爵家』は今でも父の判断を甘いと思っているんだよ」


そう言って吐き捨てる令息の顔は、青年に心からの軽蔑を向けている。


「そ、それでも!」


そう言って顔を上げた青年に令息が冷たい微笑みを浮かべる。


「それでも、我々は血のつながった兄弟だとでも?」


ハッとした顔で青年の動きが止まる。




 確かにそうだった。


青年が令嬢に釣られてこの館に来てしまったのは、自分にとって弟と妹だと知っていたからだ。


一目顔を見たい。


そんな欲望を抑えられなかった。


 小さい頃に弟と妹がいたことは覚えている。


「それがいつの間にかいなくなっていて、両親に訊ねられないまま、それが当たり前になって」


青年の父親は、伯爵家の兄妹の母親が誰かは知らない。


父親自身には何の関係もないことだからだ。


でも青年にはもしかしたら、という思いがあった。


 母親と一緒にいたあの赤子の声を、小さな手を忘れたことはない。


「ずっと、ずっと自分の幸せな記憶と共にちゃんと弟妹は存在する。


……そう信じていた」


そして弟と妹は母親を恋しがって泣いたりしていないだろうか、と心配していたのである。


自分だけが独占して死ぬまで傍にいたことに引け目を感じながら。




「くくっ、あはははは」


令息は嘲笑した。


「父を裏切った女など母ではない」


あまりにも幼い頃に離れ、母親の温もりも覚えていない令息と令嬢。


哀れに思うまでもなく、彼らにとってそれはただの幻影でしかない。


「母の肖像画は無いんだよ、この家には」


伯爵と二人の子供の三人が並んで仲睦まじく微笑む家族画しかないのだ。


青年は、すでにこの伯爵家には母親の存在意義さえ無いのだと知った。




 夜の間に、青年は父親を担いで伯爵家を出ることにした。


影の配下が馬車を手配し、酔いつぶれている父親を乗せてくれる。


その男性の顔に青年は見覚えがあった。


「本当にお世話になりました」


相手は軽く頭を下げると無表情のまま青年を促し馬車に乗せた。


親子はそのまま子爵領へと戻って行く。


 その馬車を見送り、伯爵令息はほうっと息を吐いた。


やがて朝になれば妹がやかましく騒ぐだろう。


だが、彼女ももう成人した淑女である。


言い聞かせれば、幼い頃のように口を尖らせても、おとなしく従うはずだ。




 伯爵令息は亡くなったばかりの父の顔を思い出す。


いつも憂い顔をしていた父。


跡取りである自分には厳しく、そして優しかった父。


「父上、妹のことはご心配なく。 私がちゃんと見守り続けます」


いつかもし身分違いの恋人が出来たなら、娘を産ませ、そしてその後は自由にさせよう。


さりげなく本人たちには分からないように管理し、感謝さえされる支援をした上で見返りなど求めない。


父親が愛し、守り続けた母のように。


そして自分ならば、もっと上手くやれる自信がある。


「まあ、自由になった時は死にかけているかもしれませんがね」


家族への裏切りの代償は緩やかであっても『死』であるべきだ。


 次期伯爵となる令息は静かに微笑む。


それは決して兄の顔ではなく、ただ一人の恋する男の顔をしていた。



       ~ 完 ~


お付き合いいただき、ありがとうございました。

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