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第五話


 その国に名領主としてうたわれた有名な伯爵がいた。


しかし彼は二人の子供を残し、四十歳という若さで亡くなった。


原因は働き過ぎによる過労である。


 葬儀の後、伯爵の父である先代領主は、安心して後を任せたはずの息子の早過ぎる死をまだ信じられずにいた。


その名領主の忘れ形見である兄妹も、祖父母と同じように毎日嘆き悲しんでいる。


「お父様、おとうさまあああ」


伯爵令嬢は十六歳、銀色の髪と優しげな茶色の瞳をしている。


「お父様はご自分のことは顧みず、何もかもすべて領民のため、わたくしたち家族のためにずっと働きどおしでした」


伯爵令息は十七歳、父親と同じ銀色の髪に青い瞳。


「ああ、そうだな。 何度忠告しても『愛する者たちのためだから』と」


祖父は後悔を滲ませた顔で頷いた。




 伯爵家の墓所は領地を見渡せる小高い丘の上にある。


葬儀の数日後、見慣れない親子がそこを訪れた。


中年の男性とその息子らしい青年の二人連れ。


ふたりとも力仕事を生業としているのか、たくましい身体つきをしている。


 遠い地で伯爵の訃報を聞き、どうしても墓参りがしたいとやって来たそうだ。


平民にしては身なりは良さそうだが、言葉使いは貴族とは思えない。


彼らに墓所の場所を訊ねられた門番はそう感じた。




 毎日のように墓所に通っていた伯爵家の令嬢と、その親子は必然的に出会う。


その父親は伯爵令嬢の姿を見て、目を見開いて驚いた。


「そ、そっくりだ」


その親子の家族で妻であり母親だった女性に、髪の色以外、本当に良く似ている。


ふらふらと父親が令嬢に近付いて行く。


「あの、どちら様でしょうか」


令嬢に付き添っていた侍女が顔を顰め、親子との間に入った。


「し、失礼いたしました。 あまりにも妻に似ていたもので」


伯爵令嬢と聞いて父親は慌てて後ずさる。


息子のほうは金色の髪と茶色の瞳で、ただ黙って美しい令嬢を見つめていた。




 伯爵令嬢は彼らから話を聞きたがった。


「わざわざ遠くから父のためにいらしたのでしょう?。


生前の父はあまりお友達がおりませんでしたから、どんなお知り合いなのか、お聞きしたいわ」


溺愛されて育った令嬢は世間知らずなところがあった。


 侍女にとっては不本意であったが、仕方なく墓所のベンチに座って話をすることにした。


「直接お話したことはないんっす。お顔をちょっと拝見しただけでして。


ですが、妻共々、伯爵様には本当にお世話になりまして」


見知らぬ男性の裏表のない賛辞にほんのりと頬を染める令嬢は美しく愛らしい。


「お若い伯爵様はとても慈悲深くていらして、駆け落ちしたわしら二人だけで生活出来ないのを哀れに思われて」


子爵家を飛び出してしまい仕事のない父親を辺境の地で働けるよう手配してくれた。


そして、ようやく稼げるようになってから、伯爵様から妻と子供を引き合わせてもらったのだと。


父親は熱心に話し続けた。




 しばらくして、侍女からそろそろ切り上げるように促される。


「本日はわたくしの我がままに付き合っていただき、ありがとうございます」


「とんでもございません、お嬢様。 こちらこそ、ありがとうございました」


令嬢の気さくな笑顔もまた妻に似ていると、父親はうれしそうに何度も礼を言う。


わたくしも亡き母に良く似ていると言われますの。


そうしますと、わたくしの母とそちらの奥様は姉妹のように良く似ているのでしょうね」


令嬢は、ふたりともこの世にいないことが残念でならない、と悲し気に微笑んだ。


「本日お会い出来たのもきっと神、いえ、母のお導きでしょう」


青年は笑って深く感謝した。


 すぐに自分たちの町に戻るという親子に令嬢はあとでお礼の手紙を送ろうと思いついた。


「お二人のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


しかし、その親子が滞在しているという子爵家の家名を聞いて、少し驚くことになった。




「あの、その子爵家はわたくしの母の実家ではございませんか?」


母親が亡くなってからあまり付き合いがない。


領地が遠いせいもあるが、父親である伯爵が、


「若くして子爵の娘を死なせてしまったのは私の落ち度だ」


と、直接的な親戚付き合いを遠慮していた。


「え?」


親子のほうも驚いている。


「そういえばそうでしたなあ」


あまり深く考えない父親が苦笑いで頭を掻くと、青年が顔色を青くした。


「父さん、そんな大切なこと先に言ってよ」


詳しいことを知らなかった青年が父親を小突きながら囁く。


親子は、令嬢の母親の実家である子爵家の使用人であった。


 令嬢は親子を伯爵家に招待し、兄である伯爵令息も交えて話そうと言い出した。


青年は固辞しようとしたが、父親は伯爵令嬢に絆され承諾する。


親子はそのまま伯爵家の馬車に乗せられ、館に向かうことになった。




 伯爵家では次期伯爵位を賜ることになっている令息がいた。


先代領主である祖父母は、亡き父の弟である騎士爵家に出かけている。


 伯爵家の次男であった叔父は、若い頃から王都で騎士として働いていた。


先日、叔父も葬儀のため伯爵領を訪れたが国軍の騎士である彼は多忙のため、すぐに王都へと戻ってしまう。


その時に叔父家の子供たちとゆっくり話も出来なかったと言って、祖父母の方が王都へと向かったのである。


喪が明け次第行われる伯爵位の継承式の打ち合わせも兼ねているそうだ。




 先日、令息は急いで王都へ戻ろうとする叔父に声をかけた。


「もっとごゆっくりなさればいいのに」


叔父は生家である伯爵家にはほとんど帰って来ない。


今回のような近親者の冠婚葬祭でもなければあまり話をすることもなかった。


叔父は脳筋らしく、あまり言葉を飾ったり、貴族らしい言い回しを得意としていない。


そんなところも周りの人たちから好かれている。


「うむ」と叔父は立ったまま懐かしそうに家の中を見回す。


「しかし俺にとって、ここは『両親の家』ではなく『兄の家』だ」


甥である令息が首を傾げると、彼は自嘲気味に苦笑した。


「俺は兄上には嫌われていたからな」


それでも嫌いにはなれなかったと小声で呟く。


 叔父は、驚いた顔をする甥の肩に手を置いて、その青く冷めたような瞳をじっと見つめた。


「お前は兄上に良く似ている。


あまり根を詰めるな、適当に息を抜けよ」


父親が仕事のし過ぎで亡くなったせいで心配しているのだろう。


甥は「はい」と微笑み返す。


自分は叔父を嫌っていないと、そう主張するように。




 叔父との会話を思い出した令息はふと考える。


「父様の息抜きって何だったんだろうな」


令息がそんなことを考えながらぼんやりと窓の外を見ていると、妹の乗った馬車が帰って来たのが見えた。



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