追放された下っ端呪術師~僕がすごすぎて凡人には理解されなかったみたいです。今更戻って欲しいといわれてももう遅い、一万人の部下ができたので~
「カース・グレイ、クビだ。次の任務には顔を出さなくていいぞ」
「……え?」
ダンジョンから帰還し、今晩はどのお店で食べようかなどと考えたいたところに、パーティリーダーのザッシュから突然そんな台詞を吐き捨てられた。
僕はわけがわからず立ち止まると、他のパーティメンバーはザッシュの方へと歩みを進めた。
「見ての通り、他のパーティメンバーと話し合った結果だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕、何か大きなミスや、みんなの気に障ることをした? もしそうだとしたら謝るから!」
かつては落ちこぼれの寄せ集めと嘲笑されたザッシュパーティは、いざ蓋を開けてみると破竹の快進撃で、次々に難関ダンジョンをクリアしていった。
今や後ろ指を指す者は誰一人として居らず、エース・オブ・ルーキーの呼び声が高かった。
順風満帆、どこにも問題があるようには感じなかった。
「いいや、お前は何もしていない」
「だったらどうして!?」
「あー、言い方が悪かったわ。お前はパーティに何の貢献もしていないってことだ」
「そうよそうよ」「荷物持ちの方がまだ役に立つぜ」
外野、つい先ほどまで一緒にダンジョンへ潜っていたパーティメンバーからも野次が飛んだ。
「僕だって何もしていないわけじゃないよ!」
僕は裁判で無実を証明するような口調でいった。
「モンスターを弱体化させているんだっけか?」
「ただ弱体化させているわけじゃなくて、能力を吸収して――」
「――どっちでも変わらねえよ! 前線に立ってモンスターの注意を引くわけでも、荷物を持つわけでもなく、治癒スキルを使えるわけでもなく、居ても居なくても変わらない無能の分際で分け前だけはしっかり寄越せという」
「今だって、みんなの方が僕よりもたくさんのお金を貰っているはずだよ」
僕は勇気を振り絞って反論した。
この一年ほど、僕の分配金をちょろまかしていることは知っていた。
後衛に比べて、前衛は装備の消耗が激しいので、メンテナンスに多くのお金が必要なことは知っていた。
一言くらい声をかけてくれてもいいのに、と少し不信感を抱きながらも、僕は文句一つ垂れずにパーティのために尽くしてきたのだ。
「当たり前だろ? 報酬っていうのは働きに応じて支払われるものだ」
ザッシュは悪びれる様子もなくいった。
僕たち冒険者の主な収入は、ダンジョン内で発見されるオーパーツの売却額である。魔物を倒すことで得られる魔石も小銭稼ぎにはなるが、ほとんどの冒険者は一獲千金を夢見てダンジョンへ潜るのである。
「お金の問題なら、僕の分配金を少なくしてもいいから、パーティに置いてもらえないかな」
僕は低姿勢で、屈辱的な申し出をした。
身寄りもなく、貯金も大してないので、いきなりパーティをクビになるのは死活問題だった。
次のパーティが決まるまで、泥水を啜ってでもしがみ付かなければならなかった。
「お断りだね。お前が居るとパーティの士気が下がるんだ。どうしてもパーティに参加したいなら、金を払えよ」
「あはははは、それいいね」「がはははは、ザッシュはやっぱり天才だな」
ザッシュと不愉快なメンバーは下品な笑い声をあげた。
僕のこの三年間は一体何だったんだろうか。
様々な感情が脳裏で鬩ぎ合い、涙という形で僕の目から溢れ出た。
その日は食事を取る気力すら湧かず、僕は布団の中でダンゴムシのように丸くなった。
「きっとこれは悪い夢だ、目が覚めればいつも通りの日常に戻るんだ」
僕はそんな起こりもしない夢物語を念仏のように何度も唱えながら、いつしか眠りに落ちていた。
翌朝、僕の腹の虫は卑しく大きな声で鳴いた。
僕は家にあった干し肉や芋を蒸かして食らった。
あのまま布団の中で植物にでもなればいいと思っていたが、三大欲求の一つ食欲には抗えなかった。
昨日の今日だが、いつまでも不貞腐れているわけにはいかなかった。
最低限の身なりを整えると、僕は重たい足取りで冒険者ギルドへ向かった。
ダンジョンへ潜るには冒険者ギルドに登録する必要があり、冒険者ギルドはすべての冒険者とダンジョンを管轄している。
冒険者ギルドには求人情報掲示板も置いてあり、僕が足を運んだ目的はこれだった。
早速、条件に合うデバッファーを募集しているパーティがないか探してみると、乾いた笑いが出るくらい募集がなかった。
求人でデバッファーの募集がほとんどないと聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。
その一番の要因が、何をしているのか伝わりにくいという点である。
手応えはデバフをかけた術師本人にしかわからないし、魔物の動きを少し鈍くしたり、皮膚や鱗を脆くしたりしても、余程腕の立つ者でなければ戦闘の最中にその些細な変化に気付けないからである。
求人がないのであれば、自分を売り込むしかなかった。
パーティ希望掲示板に、自分のプロフィールを書いた紙を貼りだして、スカウトの目に留まるのを待つしかなかった。
僕は受付で用紙をもらってくると、早速記入を始めた。
年齢:17歳
性別:男
役割:デバッファー
等級:シルバー
持病:なし
能力:魔物の能力を吸収して、弱体化させる
自己PR:植物系からドラゴン系まで、あらゆる魔物の能力を等しく吸収できます。
その他希望するパーティや特筆すべき事項:仲間を思いやることのできるパーティがいいです。
慣れていないせいで、たったこれだけのプロフィールを記入するのに、随分と時間を取られてしまった。
「こんな感じかな」
僕は自己プロフィールの用紙を机に置き、立ち上がって見下ろしてみた。
遠目から見てどこかおかしくないかを確認した。
あとはこれをパーティ希望掲示板に貼り出すだけである。
「ん?」
パーティ希望掲示板の方へ視線をやると、人だかりができていた。
僕が用紙と睨めっこしている間に、何かあったのだろうか。
「すいませーん、通してくださいー」
僕は人だかりを掻き分けて、パーティ希望掲示板の前に出た。
すると、そこには不自然な空間ができていた。
パーティ希望掲示板の前に佇む少女を中心に、半径五メートルくらい誰一人として立ち入ろうとしなかった。
皆少女に興味はあるけど、迂闊には近付けないといった雰囲気である。
パーティ希望の用紙を貼り出さないわけにもいかなかったので、僕は周囲の視線などものともせず、少女に肩を並べた。
普段の僕は触らぬ神に祟りなしと、周囲の野次馬に混じって事の成り行きを傍観する側だったが、失うものがなくなって気が大きくなっていたのかも知れなかった。
画鋲で用紙を掲示板に貼り付けていると、少女は物珍しそうに僕の方を見詰めた。
「あなたは確か……、えーっと、ほら、あのエース・オブ・ルーキーの、今時珍しいデバフに特化した、趣味は野鳥観察で、十五の時にダンジョンで八針縫う怪我をして――」
少女は僕の細かい個人情報まで覚えているようだが、肝心の名前だけは出てこない様子だった。
記憶力がいいのやら悪いのやら。
「――カース・グレイスです」
僕は思わず助け舟を出した。
「そう! カース・グレイス!」
少女と目が合った。
まだあどけなさは残るが、将来は間違いなく絶世の美女になるであろう端正な目鼻立ちをしていた。
「そういう君は……」
少女の顔はどこかで見たことがあるような気がした。
しかし、面識はない。
こんな美少女の知り合いを忘れるはずがないからだ。
だとすれば、僕はこの少女のことをどこで見かけたのだろうか。
「私のことを知らないなんて、失礼しちゃうわね」
「ごめんなさい」
「私はピュアコレクト王国の第三王女ユーリアよ。外からこっちを見ているのが私の執事兼護衛のバトラーよ」
身長二メートルはあろうかという恰幅のいい老紳士が、窓の外から鋭い眼光でこちらの様子を窺っていた。
「第三王女……?」
いわれて、僕は思い出した。
ユーリアの容姿は、ピュアコレクト王国の女王とそっくりだった。無論、実際にお会いしたことはないけれど。
他の冒険者がまったく彼女に近付こうとしない理由が、今更わかった。
王族の一声で僕ら平民の首はたんぽぽの綿毛のよりも簡単に飛ぶ、それがこの王国のルールである。
みんな下手に第三王女のユーリアと接触して、機嫌を損ねることを恐れているのである。
(あれ、もしかして僕、処刑されてもおかしくないんじゃないの?)
ユーリアとのやり取りを反芻して、僕は全身から嫌な汗が噴き出した。
(どうしてこんなに不幸が続くんだ……)
何か縁起でも悪いことをしてしまったかと、僕は走馬灯的に近頃の出来事を思い返した。
ダメだ、思い当たる節がない。
自分でいうのも何だが、僕は同年代の一般的な冒険者と比べても慎ましく生きていると思う。
これまでの人生で誰かと喧嘩どころか、揉めごとらしい揉めごとを起こしたこともなかた。
「おーい、もしもーし」
ユーリアはずいっと顔を近付けて呼びかけた。
「ごめんなさい」
僕は反射的に頭を下げた。
「え、急にどうしたの?」
「だって、僕が無礼を働いたから、処刑するつもりなんですよね」
「その考えの方がよっぽど無礼よ!」
「あわわ、ごめんなさい」
今度こそ本当に怒らせてしまったかと思いきや、ユーリアは特に機嫌を損ねるわけでもなかった。
「ところで、カースは何をしているの?」
ユーリアは僕が手に持った用紙を見ながら首を傾げた。
「これはパーティ希望の用紙です」
「パーティ希望?」
王女に隠し立てする意味もなかったので、僕は昨晩のザッシュたちとのやり取りを話した。
話を聞き終えたユーリアは憐憫の表情を浮かべていた。
「そのような人間性に欠陥を抱えた人たちが、巷ではエース・オーブ・ルーキーと持て囃されているのね。王国の品格が落ちているのも納得だわ」
ユーリアは深刻なため息をついた。
「はぁ」
僕は相槌を打つことしかできなかった。
「ちょっとそれ見せてみて」
「え、別に面白いものではありませんよ」
「何を恥ずかしがっているの。ここに貼り出そうと思って持ってきたのでしょ?」
「それはそうですけど」
「いいから見せなさい!」
ユーリアは僕の手から用紙をひったくるように取った。
(手癖の悪いお姫様だなぁ)
ユーリアはしばし僕のプロフィールを読み進め、やがて眉を寄せて小難しそうな顔をした。
「ここに書いてあることは本当なの?」
「はい、本当ですけど」
ユーリアの口調は、何か良くないものを見付けた時のそれだった。
「ちょっと来て」
ユーリアは僕の手を掴むと、冒険者ギルドの外まで引っ張っていった。
僕に拒否権はなかった。
そのまま強引に馬車の中へと押し込められた。
「あの、僕はどこへ連れて行かれようとしているのですか?」
「返答次第では王城へ連れて行くわ」
「え? やっぱり、処刑するんですか?」
僕は泣きそうな声でいった。
「そんなに処刑がお望みかしら」
ユーリアはニコニコと笑いながらいった。ただし、目は笑っていなかった。
「せめて孫の顔を見るまでは生きていたいです」
「がっつり長生きするつもりね。そんなに怯えなくても、悪い話をするわけじゃないわ」
「と言いますと?」
「私も専攻は呪術だからわかるの。あらゆる魔物から等しく能力を吸収するっていう出鱈目さがね」
ソーサラー、ヒーラー、バッファー、デバッファー、アストロジャーそれらをひっくるめて呪術と呼ぶのである。
「そうなんですか?」
「あなたねぇ……。ただ火球を飛ばして魔物を焼くのとはわけが違うわ。能力を吸収するということは、カースは魔物の特性を完全に理解してから術式を構築しているはずよ」
ユーリアは苛立ちを通り越して呆れている様子だった。
「理解と言いますか、魔物の体内を流れる魔力から、この術式が有効かなって感覚で使っているだけです」
「それは流転の魔眼による恩恵よ。魔物の体内を流れる魔力なんて普通は見えないもの」
「へぇ、そんなに凄いものなんですか?」
僕は他人事のように聞いた。
正直いって、これが当たり前だと思っていたから、改まって褒められても実感が湧いてこなかった。
「えぇ、まさしく逸材よ。ザッシュたちのような、君の真価に気付けない間抜けなパーティから解放されてラッキーだったわね」
「はは、ラッキーですか……」
僕は思わず笑ってしまった。
僕は自分の身に不幸が降りかかったと感じていたが、ユーリアはそれを幸運だといった。
それだけで、気持ちが軽くなるようだった。
「ここからが本題になるけど、王国は近々呪術師団を再編しようという話だわ。行く当てがないのだったら、私が団長に推薦してあげましょうか」
「その申し出は非常に嬉しいのですが、どうしてそこまで良くしてくれるんですか?」
ここまで虫のいい話だと、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
「カースは運命という言葉を信じている?」
僕の問いには答えず、ユーリアは問うた。
「運命ですか?」
「そう、運命。私は呪術師団の再編を一任されて、凄腕と呼ばれる呪術師たちを数多く見てきたけれど、誰も彼も名ばかりの馬の骨だったわ。そして今日、たまたま冒険者ギルド前を通りかかって、何となく気晴らしに入って、ちょうどパーティをクビになったカースと出会った」
「確かに運命的かも知れませんね」
「カースもそう思うわよね!」
ユーリアは嬉しそうにいった。
そういった運命的な出会いを求めていたのだろうか。
「わかりました。ユーリア王女の期待に応えられるよう、がんばります」
「ふふふ、いい返事よ。そうと決まれば礼服を仕立てた方がいいわね」
「何のための礼服ですか?」
「今度の夜会に、呪術師団の団長として出席してもらうわ。カースにとっては楽しい余興になると思うわ」
数日後、僕は各界の著名人が集まる夜会の壇上に立っていた。
僕の前では、ユーリアが堂々とした立ち振る舞いで挨拶をしていた。
呪術師団の団長任命権はユーリアが持っているので、とんとん拍子で話が進み、僕はまだ見ぬ一万人の呪術師たちを率いることとなった。
いきなりこんな見ず知らずの若者が団長と紹介されても、きっと多く者が反発するだろう。
その辺りのことを考えると頭と胃が同時に痛くなるが、今はこの後の挨拶をきちんとこなすことだけに集中しよう。
ユーリアは形式ばかりの挨拶を終えると、続いて呪術師団再編の話題へと移った。
「もう噂などで耳にしている方も多いと思いますが、王国呪術師団の変革のために、外部から新たな呪術師の方を招来しました」
会場中の視線が一斉に僕の方へと集中した。
「みなさん初めまして、只今ユーリア王女からご紹介に与りましたカース・グレイスと申します」
僕は組み合わせの悪い絡繰り人形のようなぎこちない動きで自己紹介した。
緊張しすぎて意識が飛びそうだった。
「カースが何者か補足しておくと、本日会場にも足を運んでもらったザッシュ率いるパーティを、つい先日無能だからとクビになったそうです」
ユーリアが指し示すと、会場内で小動物のように固まっていたザッシュパーティがスポットライトで照らされた。
「私は一目見た瞬間にカースの才覚、流転の魔眼の保有者だと気付きましたが、ただの凡人に過ぎない彼らには、自分たちがどれだけ仲間に恵まれていたのか理解できなかったのでしょう」
ユーリアの言葉に、会場中から蔑みを含む薄ら笑いが起こった。
冒険者として名を馳せ、王国の直属となり、行く行くは男爵位を授かるというのが、所謂一流といわれる冒険者の道筋である。
これだけの権力者の前で醜態を晒したことは、ザッシュたちの希望に満ち溢れた道が閉ざされたことを意味していた。
僕は壇上から表情を青褪めさせるザッシュ一行を見て、愉快痛快とはならなかった。余りにも彼らが惨めで、この上僕まで笑うのはかわいそうだと思ってしまったからだ。
ただ彼らは運命の悪戯で悲劇に見舞われたのではなく、自ら選んでこの結果を招いたので、同情はできなかった。
かくして僕は、僕の才能を認めてくれたユーリア王女の元で新しい人生を始めることになったのである。
ユーリア王女から猛烈なアプローチを受け、より一層深い関係になったのは、また別の話である。
お読みいただき、ありがとうございます。
「面白い」「続きが読みたい」と思った方は、ブックマークまたは広告下の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしてくださると嬉しいです。
何かしら反応があるとモチベーションに繋がります!
現在「押し付けられた呪い装備がデメリットを打ち消し合って、ただの最強装備になりました。~さらにユニークスキルが開花して無敵となった僕は、全ての冒険者を従えるファラオとなる!!~」も連載しているので、読みに来てくださると嬉しいです!