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05 事件概要その1、目指すは真相解明


 部屋の扉がノックされる。

 誰かが返事をするよりはやく扉は開けられ、妙齢の女性が姿を現した。

 

 スーツの上に白衣を纏う研究者然としたその女性は、おっとりとした風貌をしていた。

 何より目を引くのは、両目の下で鏡合わせに揃う泣きぼくろだろう。


 妙齢の女性—— 都菊(みやこきく)、陰理研究所現所長は手元の資料を机に置くと、ゆるりと口を開いた。


「検査の結果ねぇ、先月の死体遺棄事件と十三年前の事件の痕跡が一致したわぁ。犯行の手口から未解決事件のリストを洗いなおすと、他に十四件ほど同一犯の可能性が上がったのよぉ。ほんとぉ、いやになるわねぇ」


 都はため息混じりにゆるゆると述べたてる。彼女はソファに腰掛け頬杖をついた。

 顔を傾け揺れた髪が、彼女の肩を滑り落ちる。


「プラス一だ」


 神楽が都の話に付け加えるように口を挟む。

 都は驚いたように、眠たげな目を開いた。


「全部で十五件です。蘭の証言で新たな被害者が確認されました」


 香織がさらに付け加えるように口を開く。

 都は細い眉を下げて、ひどく残念そうな表情を浮かべる。

 しかし彼女は、こうしてはいられないとでも言うようにゆるく首を振った。


「はやく犯人を捕まえなきゃねぇ……。蘭ちゃんの証言ということだけど……」


 名前を呼ばれた蘭が都の方を向く。


「素顔は、確認できたかしらぁ?」

「ううん。切った箇所がとけるみたいに崩れたんだけど、すぐに帽子をかぶられて見えなかった」


 普段の間延びした声とは違う、真剣な蘭の物言いに場の切迫感が増す。


「男か女だけでもわからなかったのか」


 神楽の問いに、蘭は首を横に振る。


「わかんない。背はわたしより低かったけど、顔だけじゃなくて体格も変わっちゃうかもだし」


 蘭の言葉を受けて神楽が腕を組む。彼の目の前にあるのは、犯人との関連が疑われる未解決事件のリストだ。


「被害者は女の方が多い。自分より弱いやつを狙ったのか?」

「ならば死体遺棄事件の方が少々奇妙なことになります。被害者、成人男性だったのでしょう?」


 神楽と香織が意見を交換しあう。しかしどれだけ言葉を交わせども、犯人像は一向に浮かんでこない。


 二人が真剣に話し合う傍ら、蘭は眉を寄せ、顔をしかめて虚空を凝視していた。


「らんちゃんたらぁ、大丈夫?」


 都に返ってくるのは否定も肯定もしない唸り声。

 神楽は少しばかり申し訳なさそうな顔をしかめている。彼なりの申し訳なさの表れだ。

 一方、香織は呆れたと言わんばかりのため息を吐いていた。


「一度まとめなおしてみましょうかぁ」


 都は立ち上がると、部屋の奥からホワイトボードを取り出した。


「時系列順に話しましょうねぇ。まずは十三年前の事件から、らんちゃんどうぞぉ」


 ホワイトボードに『十三年前』とだけ記した都が、まるで学校の先生のように蘭を指名する。指名された蘭は腕を組んで考えて、そして口を開いた。


沼池(しょうち)さんの妹さんが殺された事件」


 沼池。沼池友也(しょうちともや)。彼は蘭たちと同じく、陰理研究所に所属する異能者だ。


 都は一つ、丁寧に頷くとホワイトボードにペンを走らせる。


「正確にはぁ、沼池くんの妹が行方不明になった事件ね。ここで彼はぁ、何者かによる『共鳴反応』を確認している、と」


 共鳴反応——異能者は能力発動時に冷光を発する。この時、他の異能者が近くにいると、その人の能力発動の有無を問わず冷光を発する現象。


「なんだっけそれ」


 蘭の隣に座る香織が彼女の脳天を小突く。神楽が無言のまま目頭を押さえる一方、都は困ったように眉を下げて笑っていた。


「蘭、今見て覚えろ」


 神楽は立ち上がって部屋の明かりを落とすと、おもむろに腕を上げる。


 暗闇の中、テーブルに置かれていたカップが小さく揺れる。

 重力に逆らい、水が宙に立ち登る瞬間、蛍火のようなうすぼんやりとした冷光が、神楽の周囲で瞬いた。

 次いで蘭と香織の周囲でも小さな冷光が瞬く。


 けれどもそれは一瞬のこと。神楽が能力の使用を中断するとそれらはたちまちかき消えてしまった。


 部屋に再び明かりがつく。


「思い出した! 暗いところ限定『異能者が近くで何かしたぞ気をつけろレーダー』ね!」

「わけのわからん言葉で喋るな」


 神楽はげんなりとした表情で頭を押さえる。彼とは対照的に、蘭は随分すっきりした顔をしていた。


「はいはい、続けるわよぉ」


 都が皆の注意を引きつけるように、手を叩く。

 彼女はホワイトボードに記された『十三年前』に次いで『共鳴反応』と記していた。


「沼池くんはねぇ、当時十七歳。家出をした妹の利佳ちゃんを迎えに行く途中にぃ、共鳴反応を確認。直後ぉ、背後から殴られ気絶。以降、利佳(りか)ちゃんの姿は誰にも確認されていない……」


 都はのろのろと話しながら、けれど忙しなくキーワードを記していく。

 

 発話と筆記のスピードはちぐはぐで、慣れない者が見れば気持ち悪さを覚えるだろう。


「さあて」


 都が切り替えるように三人を振り返る。


「異能者が能力発動時に発する冷光はぁ、通常ぉ痕跡を残しません。しかしぃ。例外的にこれが痕跡として残るケースがあるわねぇ。ではかおちゃん、この例外とはなぁに?」


 都は再度、教師の真似事をする。指名された香織は不服そうな顔をしていた。しかし答えないわけにもいかず、彼女はつっけんどんに言葉を返す。


「能力発動と同時に人体を損傷させること。これによって相手の体細胞に異能の痕跡が残ります」

「さっすがかおちゃん、だいせいかぁい!」


 笑顔で手を叩いて喜ぶ都に対して、香織は心底つまらなさそうな顔しかしない。

 しかし都はそんなことは歯牙にもかけず、再びホワイトボードに向き直る。


「さてここで時間が飛んで先月ぅ、死体遺棄事件が発生。第一発見者は沼池くんね。当時ぃ、沼池くんは川沿いで共鳴反応を確認。奇しくも十三年前に妹さんが失踪した場所付近だったみたいよぉ。ここでバラバラ死体を発見、と」


 都によって、ホワイトボードに『バラバラ死体』の文字が書き加えられる。


「遺体はねぇ、手足が切断された状態で発見。ついでに全身の皮膚が剥がされていてぇ判別不能。持ち物も衣服から財布まで、根こそぎ奪われて、身元を証明する手立て無し。そこでぇ――」

「共鳴反応検査が行われた」


 ゆっくりとした都の説明に、痺れを切らした様子の香織が割り込んだ。彼女は手にしていたグラスを下ろし、玲瓏な瞳を都に向ける。


「疑問があります。あなたは先ほど、『先月の死体遺棄事件と十三年前の事件の痕跡が一致した』とおっしゃいました。しかし、バラバラ死体に付着した痕跡に対して比較する痕跡は十三年前に負傷した人間……沼池のもの。あてにならないのでは?」

「人間の細胞は六、七年で入れ替わる。香織が言うのも最もだ」


 香織の意見を、さらに神楽が補強する。都は口元に手をやって、何かを思案している様子だった。


「とりあえず犯人捕まえて、話聞けばよくない?」

「あのですねぇ。その犯人を捕まえるため、私共は今ここで話をしておりますのよ?」


 蘭の短絡的な発言に、香織は苛立ちとも呆れともつかない言葉を吐く。

 そんな彼女の反応を見て、蘭は理解できないと言わんばかりに首を傾げる。


「はいはい、議論は説明の後よぉ。話を戻すわねぇ」


 都は再度、手を叩いて場を仕切りなおす。


「死体に付着していた痕跡を解析した結果ぁ、犯人はねぇカメレオンにまつわる異能者と判明。そこから導き出したのは姿を変えられる、もしくは操る、といったところ。らんちゃん大丈夫ぅ?」

「だいじょーぶ!」

「元気があって、とぉってもよろしい!」


 蘭と都のやり取りは、まるで園児と保育士のよう。


 苛立った表情の香織がポケットから煙草を取り出した。しかしそれは、すぐさま没収される。


「だめよぉ。研究所は全面禁煙。なによりあなたは未成年。美人が台無しよぉ?」


 都は没収した煙草を白衣のポケットにしまい込む。

 

 香織の顔は、不快な表情を浮かべてなお美しい。


「私の美貌と趣向品に一体どんな関係がありますのかしら?」


 香織は目つきを鋭くさせて、凶暴な獣が威嚇するかのように都を睨みつける。しかし都は動じるどころか、香織に向かって穏やかに微笑んでさえ見せた。


「保護者代わりの私が、見過ごすはずがないでしょお?反抗期も可愛いけれど、ほどほどになさいねぇ。さぁっ、続けましょっかぁ」

「……狸が」


 毒づくように香織は吐き捨てた。

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